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Episode 75: 準備、夏に向けて

夏に向けてグリーンカーテンを作ろう、

そういう方針に決まった。


居間の空気が、さっきまでの勢いを少しだけ失ったあと。

敦史は思い立ったようにPCに向かい、もう一度画面に向き直った。


キーボードを叩く音が、さっきより静かだ。

調べ物をするときの、あいつ特有の「仕事モード」に入った感じだ。

一体何を調べているのだろう。


「……あー、なるほどな」


低く呟いて、画面を睨んだまま首を傾げている。


「何だ? なんかヤバいことでも書いてあったか?」


俺が身を乗り出すと、敦史は椅子に深く腰を預け、軽く息を吐いた。


「さっきのさぁ、グリーンカーテン用の苗。時期を調べたら今買うのは、ちょっと早いっぽいんだよね」


「早い?」


思わず聞き返す。

頭の中ではもう、夏の日差しと、青々とした葉っぱが揺れていたからだ。


「ああ、今だと店に出てる数も少ないし、日差しや気温の面から育ちが安定しないってさ。

ちゃんとしたものが揃い始めるのは、四月末から五月頭らしいから買うならその時だな。」


「……そっか」


季節って、思ってるより繊細なんだな。


「じゃあさ、種から育てるってのは?」


言った瞬間、呆れたような敦史の視線がゆっくり俺に向いた。


「流星、それさあ……本気で言ってる?」


「え、何かダメなの?」


「ダメっていうか……」


言葉を選ぶように、画面をもう一度確認する。


「ググったらカーテン用なら、窓一つにつき一株、多くても二株で十分らしいんだよ」


「へぇ、そういうものなのか」


「それを種からやるとだな――最初だから発芽率考えて多めに蒔くだろ?

→ 予想以上に生える → もっさり地獄 の完成になるぞ?」


「え……」


「これって最悪、日除けどころか、家が植物の蔓に侵食される未来しか見えねぇぞ」


そんな時修二が横から、淡々と追い打ちをかけた。


「流星……管理できないものを増やすのはやめておけ」


「……はい」


まったく反論できなかった。

頭の中で、ボロアパートを覆い尽くす緑の壁が、一瞬よぎったのは秘密だ。


「は~、苗は時期が来てから買いに行くって感じだな

あと、道具とかは何が必要かは後で調べておくからさ。」


敦史はそうまとめて、画面を閉じた。


「だから、今日の所はグリーンカーテンの動きは一旦保留」


「じゃあ今回の夏対策会議、ここまでか?」


「いや」


今度は即答だった。


「扇風機購入は、今から動いていいっぽい」


それを聞き修二が顎に手を当て、少しだけ考える。


「……不破さんの店、まだやってる時間か」


「多分な」


「じゃあ、見に行くだけ行くか。

今日買わなかったとしても、一旦値段と在庫を見ておくのも無駄じゃないだろう」


「よし、決まり!」


俺は立ち上がった。

畳の上では、いつのまにかクロがドラムスティックを両手で転がしている。


「クロ、俺たちちょっと出てくるけど――」


「……ぼく、いまはおうちでドラム、やりたい」


少しだけ、言いにくそうな声。

最近クロはドラムにはまっていてこういう遊びをすることが何度かある。


「あ、いいじゃん?紙皿用意しようか。

でもあんまりうるさくしたらダメだぞ」


「うん!」


即答だった。

妙にしっかりした返事に、少しだけ胸の奥が緩む。


「じゃあ俺たちは出かけてくるから、留守番頼んだ。

なるべく早めには帰ってくるからな!」


「わかった……いってらっしゃい!」


玄関を閉めた直後、向こうから小さくドラム代わりの紙皿を叩く音が聞こえた。



リサイクルショップに三人で来るのは、確かに珍しい。


「なんや、今日は団体さんやなぁ、最近誰か一人で来ることが多かったからな。」


レジ奥から不破さんが顔を出して、楽しそうに笑う。


「珍しいですかね?」


「確かに珍しいですね」


「……まあ」


三者三様の返事に、不破さんはますます機嫌が良さそうだった。


「なんやこれだけ大人数っちゅうことは、大型の商品購入の相談か?」


夏に向けての事情を話すと、身軽な足取りですぐに棚の方へ案内される。


「先に一言言っとくけどなぁ、実は今が一番安いわけやないんやで」


不破さんは、先に釘を刺した。


「一番下がるんは九月以降や、要らんくなってきてみんな売りに来よるからな。

だから今は時期外れっちゅうてもおかしくはない」


「なるほど、やっぱり季節ものの家電はそういうもんなんですね」


「……せやけどな」


声のトーンが、ほんの少しだけ真面目になる。


「数台まとめて欲しいなら、今も悪くない。

今の時期はメーカーやらが夏に向けての家電の新商品をバンバン出しよるんや。

だもんで返品できない量販店の旧型展示品なんかが、ちょうど回ってくる時期だったりもする」


「なるほど……」


「で、まずはこれや」


並んだ機種の前で立ち止まる。


「オススメはこういう置き型のサーキュレーターやなくて、

オーソドックスなこっちに扇風機にするんやな」


「え? サーキュレーターの方が場所もとらなさそうだし良さそうじゃないですか?」


「チッチッチ!甘いなぁ、考えがアマアマや!

まあなんとなくかっこよさげだし?特に若い子ォらにはよう言われるけどな」


不破さんは、少し笑ってから言った。


「サーキュレーターってな、容易に分解できへん機種も多いんや」


「……え」


「率直に言えば、洗えへんねや」


その一言が、やけに重かった。


「よう考えてみ、扇風機も夏中回してたら羽とかにホコリびっしりついてんの見た事無いか?

どんな扇風機もひと夏越したら、埃も湿気も吸うんやで」


「……うわ」

「さすがにちょっと、嫌すぎる……」

「健康上も良くないよな」


生活って、そういうところに現実が出る。

そんな埃や湿気まみれのサーキュレータを想像をして全員が身震いした。


結果、今の時期に早めに買っておこうと「扇風機」を四台確保した。

機種や大きさはバラバラだが、どれも国内メーカー製だ。

やっぱり日本製の方が壊れにくかったり、扱いが簡単だったりするらしい。

居間、PC部屋、台所、予備、そして電源タップも一緒に。


あとは大型のクーラーも一台、12畳用のがあったらしくそれを購入した。

クーラーは設置工事が必要なのと店長の古田さんが大型の買い取り出張に出ているとかで、

今店内には不破さんしかいないので店を空けられないらしい。

時間に余裕がある来月のヒマな時にでもまとめて配送と工事を手配してもらうことにした。

まだ急ぐものではないし、今日いきなりクーラーや扇風機が来ても

一旦どこに置こうとか迷うのでちょうどよかったかもしれない。

リサイクルショップも今ちょうど新生活の引っ越しシーズンなんかで忙しいんだそうだ。


そんな手続きも終わって店内を一回りしていると、

敦史がふらっとギターコーナー立ち寄っているのが見えた。

無意識、ってやつだろうか。


それを、不破さんは見逃さなかったらしい。


「お!敦史君もギター弾くんか?」


「いや……ちょっと見てるだけです」


「興味ありそうな顔しとるけどなあ、どうなん?」


「……あー、まあ」


敦史の顔が、わずかに固まる。


「俺もギターやってるんやけどな!興味あったら一緒にどうや?

……とか調子よく言いたいところなんやけど、俺ぁ教えるんはむっちゃヘタらしいねん。

前に教えた十和田ってヤツにそれでドヤされたことあるしなぁ。」


「えっ?十和田さんに教えてたんですか?」


「あ?あー!せやった!知り合いやったっけ君らとも!

せやねん、アイツ興味あるっちゅうから道具揃えてウキウキ教えとったんやけど

どーも俺の教え方はなんかな、感覚的過ぎて伝わりにくいらしいんや。

野球で言う『長嶋茂雄の教え方』みたいに擬音多すぎやからわからんちゅうてなぁ。」


そこまで聞いてなんとなく理解できた。

どうも不破さんは教える際に理論や技法というより、直観とか感覚的な表現になってしまうんだろう。

それを見ている敦史もちょっと戸惑っているようだ。


「まあ、だからもし興味あるっちゅうんだったらまあ十和田に教えてもらった方がええやろな。

あいつはなんちゅうかガッチガチの理論派やし?

アレやったら俺がちょっと声掛けして教えてもらえるか聞いといてみるか?」


「……マジですか」


一瞬、敦史の視線が揺れた。

期待と、ためらいが混じった目。


「……考えときます」


「ほな、それでええよ!

一旦話だけはしておくから習いたかったらアイツに声かけてやって。

俺もギター仲間増えるんは嬉しいからな!」


いっぱいいっぱいだとかなんだかんだ言って敦史、ちゃんとギターの事も考えててくれたんだな。


店を出ると、夕方の風が少し冷えていた。

さっきまで夏の話をしていたせいか、その冷たさが妙に新鮮に感じる。


まだ、扇風機も回っていないし、クーラーも動いていない。

ゴーヤの苗も、買うのはもう少し先だ。


それでも、確実に季節は進んでいる。

俺たちの生活も、それに合わせて、少しずつ形を変えていくんだろう。


そんなことを考えながら、俺は歩き出した。

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