Episode 74: 迎える危機
「……なんか今日、ちょっと暑くないか?」
最初にそう言ったのは俺だった。
居間の床に座り込んだまま、背中を伸ばし、天井を見上げる。
窓は開いている。風も、まあまあ通っている。
それなのに、それなのに、湿度のせいか空気がなんだか重い。
「え~? まだ春に入ったばっかりだろ?」
徹夜明けなのか眠たげな敦史がこたつから顔を上げる。
最近、遅くまで作業をすることが多いからか、これがいつもの調子だ。
「昼間ちょっと暑かったくらいで、騒ぎすぎじゃない?」
「いや、違うんだよ」
俺は首を振る。
「この感じ……来る」
「何が」
「恐ろしい夏がだよ」
一瞬、その言葉に沈黙した。
修二が、洗い物を終えて台所から戻って来た。
そしてタオルで手を拭きながら、俺を一瞥した。
「……まあ確かに流星の言う通り、今日は少し暑かったな」
「ほら~~~!」
「いや、修二まで乗らないでくれよ……流星のテンションの収拾がつかないだろ」
敦史が即座にツッコミを入れる。
「まだ気温的には平年並みだし、ニュースでも――」
「いや!今はニュースはどうでもいいんだよ!問題はここだ! この家だ!」
おもむろに俺は立ち上がり居間を指差すと、クロが畳の上で首を傾げた。
「……いえ?なんで?」
「クロ、夏って知ってるか?」
「……あつい、きせつ?」
「そう。めちゃくちゃ暑い」
「とっても?」
「ああ、あのむわっとした湿度の高い空気の中で息をするだけでも、すごい疲れるんだぞ」
俺と修二が畳みかけると、クロの触手が少し警戒するように揺れた。
「……それは、たいへん!」
「よくないだろ?」
「よくない!」
その言葉に修二が頷く。
「しかも、このアパート――」
そう言いながら、天井の角を見る。
「クーラーが、ない」
全員の視線が、自然と同じ場所へ集まった。
「……あー!」
敦史が、納得したような声を出す。
「そういや、そうだったな」
「いやいや!“そういや”で済ませていい問題じゃないんだよ!
というわけで――夏対策・緊急会議を始める!」
「うわ~こういう時の流星めんどくせえな……
急にテンション上げるなよ、気温よりそれがまず暑苦しい」
敦史がため息をついた。
「で、結論は?」
「まずクーラー導入!!!」
「はい、解決、これで解散」
「ちょ……待て待て待て!問題はそこからだろ!」
それを聞いた修二が腕を組み、淡々と言った。
「まず、この居間、PC部屋、台所が繋がってるこの一帯が一番問題だな
だからこのエリアを冷やすなら3部屋分、それなりに大型のエアコンが必要だ。」
敦史が即座に追撃する
「いや待てよ……二階の各々の個人部屋にも導入となると、
工事費、本体代、電気代も全部嵩むな。
正直、今の家計だと普通に金欠で詰む計算じゃ……」
「……たいへんなの?」
クロが小さく呟く。
全員が費用を考えると沈黙してしまう。
今の収入を考えても、現実はなかなかに経済的に重い。
「……じゃあ」
敦史が、PCに向かいキーボードを叩き始めた。
「…真夏は命にかかわるからある程度仕方ないとして、
初夏や熱くなり始めてもまだまだ大丈夫って言えるように、出来る限りクーラー以外の対策を探すしかないか」
「おっ来たな、文明の力!検索!」
「……ツッコミが雑だな」
そんな俺に呆れつつも画面を見ながら、敦史が読み上げる。
「すだれ、扇風機、冷感寝具……」
「まあ、一般的っていうかこれらは定番だな、すだれとかはホムセンで、本格的に夏になる前に不破さんの所で扇風機を仕入れてこないと……かな。」
「そうだな……何台かの扇風機を確保と、直射日光を避けるすだれ、こうすればフル稼働のエアコンよりは電気代は抑えられるだろうが、それでも本当の真夏では限界はあるだろうな」
修二が補足する。
「う~ん……あと……これ……なんかで見た事があるんだけど」
敦史の手が止まる。
「グリーンカーテン?ってやつ」
「うん?なんだそれ」
「あー、なんか俺もネットとかで見た事しかないんだけどさあ、
植物で窓を覆って、日差しを遮るやつってあるだろ。アレのことだ。
植物は……あさがおとか、ゴーヤとか、きゅうりを植えるらしいな」
「なんだって?」
俺は、立ち上がった。
「それだ!経済的! 遮光! 食材もGET!最高じゃん!」
「えぇ、そこ?発想が主婦じゃん……」
「おっ?なんだなんだ褒めてる?」
「ったく、これが褒めてる風に聞こえるか?」
そんな俺らのじゃれあいの最中、修二は真面目に考え込んでいた。
「なるほど、グリーンカーテン……合理的ではあるな。
エアコンを数台買うよりも確実に費用も抑えられる。」
クロが、そっと手を挙げた。
「……それは、いきもの?」
「そうだ、植物だぞ」
なんだか、話がまとまってきた。
「つまりだ」
俺は拳を握る。
「今年の夏は――グリーンカーテンで戦う!」
「なんだそれ、クーラーどこ行ったんだよ!」
「クーラーは当然として、併用だ併用!」
「……それでも真夏の35度超えの時は、無理せず電気代を消費しても生き残るんだぞ」
「さばいばる?なの?」
敦史は呆れたように笑った。
「はぁ~あ……悪の組織の会議とは思えんよな、コレ」
「ああ、でも夏っていう強大な敵を生き残るための作戦会議ではあるな」
修二が淡々と返す。
クロは、よく分からないまま頷いた。
「……なつ、こわい。
でも、みんないるなら、だいじょうぶ」
「そうだぞ、協力作戦だ!」
「うん!……みんなで、なつをこえる!」
「ああ、全員でな!」
ふと、思う。
金の話をして、家電を悩んで、野菜を育てる話をしている。
今の俺たちは怪人でも、正義でもない。
「……なんかさ」
「ん?」
「俺たち、なんとかちゃんと生活してるよなぁ」
誰も否定しなかった。
それが、少しだけ嬉しかった。




