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Episode 69: どこか遠くの空の下で(ユウキ視点)

ユウキは、ため息をひとつ吐いた。


キャンパスの隅、ベンチの上でスマホを握りしめたまま、PS公式アプリで自分のランクを確認していた。


WARHOUND。

昨年末に発売された、大学の友達につられて始めたFPSだ。

そして高校時代のライングループの友人四人ともほぼ同時にスタートして、同じ時間だけ遊んでいるはずなのに――


なぜか、ユウキだけが銀帯の上でずっと止まっていた。


「……はぁ。また負けた。なんでだよ」


今日だけで登校前に数時間はやっている。

回数にして十五戦。うち十戦は負け、残りの五戦は“なんとか勝ち”だ。

ちなみに他のメンバーのフォローのおかげで勝った感が強く、自分の動き方に全く納得いってはいなかった。


視界が急に開けると固まってしまう。

角から敵が出てくるタイミングを予測できない。

強い相手と当たると、どこから撃たれたか分からないまま倒される。

FPSの初心者から上級に上がる際に必ずぶつかる壁――それは頭で分かっていても、やっぱり悔しい。


「ユウキー!」


背後から声がかかる。

振り返ると、同じ学部のマサトとカイトがコンビニ袋をさげてやってくる。


「昼飯買った!ってお前、またWARHOUNDの事考えてた?」

「また同じとこで詰まってんの?」


図星すぎて返す言葉がなかった。


三人でベンチに座ると、マサトが袋から缶コーヒーを取り出し、ユウキに差し出してくる。


「ほら、カフェイン摂れよ。頭回るから」

「……ありがとう」


カイトが、ユウキのスマホで取った戦歴画面を覗き込んで「銀……またそこ?」と言った。


「言うな……分かってる……」

「お前さー、別に下手じゃないんだよ」

「だよな。最初の頃はむしろ俺よりキレ良かったし」


二人は慰めてくれている。

だが、ユウキ自身が一番分かっていた。


みんなが金帯に上がって、さらに上を目指してるのに……

自分だけ置いていかれてる。


マサトがふと思い出したように言う。


「そういやさ。昨日俺のバイト先の先輩が、めっちゃ分かりやすい解説動画上げてた人の話しててさ」

「解説動画?」

「うん。WARHOUNDの“上位ランクの壁”を説明してるやつなんだってさ。

なんか、友達の友達が見てランク一気に上がったとかなんとか」


カイトもスマホを取り出しながら言う。


「俺もチラッと似たようなの聞いたわ。『初投稿で無名だけど動きが異様にうまい動画』ってやつ。

 しらねー? WARHOUNDの」


ユウキは首を横に振った。


「全然知らない。

 でも最近結構そういう動画いっぱいあるだろ?見た事あるけどなぁんかイマイチでさ…」

「まあ試しに見ようぜ。これかな……あ、これこれ。

 『【WARHOUND】上位ランクで詰まる人の典型的ミスと改善ルート』」


タイトルを見た瞬間、ユウキの背筋が伸びた。

なんの変哲もないシンプルなタイトルなのに、今自分が必要なことが詰まっていた。


「……再生数、まだそこまで多くないけど、コメント欄めちゃ褒められてる」

「投稿者名……『Atsu_96』? 誰?」

「知らん。顔もほとんど小さく端に出てるだけだから、ほぼ分からんし、初投稿だからかこの動画以外ない。」


マサトが再生ボタンを押した。

スマホの画面に、落ちついた声が流れる。


《……〜なのでここは、初心者が陥りやすいポイントです。理由は“視界が開けるのが怖いから”。

 でも、ここで足を止めると上位帯では即抜かれます》


「え、なんか分かりやす……」


ユウキは思わず前のめりになった。


《まずは、角を曲がるときの“視点の置き方”を変えましょう。

 敵がよく来る角度は、ここ。

 このラインに視点を置くだけで、生存率が一気に上がります》


画面のキャラが動く。

滑らかで無駄がない。

素人がやったら絶対に迷うような場面でも、迷いが一切ない。

しかもさらっとやっているように見えて、完全に視聴者(見せ方)を意識した動き。

普通にランクマッチで他人と対戦している中、こういう風に動けるのは並大抵の事ではない。


ユウキの胸がゾワッとした。


「……この人、なんかプレイ上手すぎじゃね?」

「え、ちょっと巻き戻して……」


マサトが言う。

ユウキは再生位置を戻し、もう一度角の出方を見た。

動きの“理由”が全部、言葉と動作に合わせて説明される。


《敵が詰めてくるルートは、この3つです。

 初心者はこのルートを“全部見ようとして”左右どちらかの死角から撃たれます。

 見るべきは一つだけ。ここ》


ユウキは思わず声を漏らした。


「……まんま俺の負けパターン」


カイトも感心したように言う。


「なあ、これ本当に分かりやすいぞ」

「声も落ち着いてるし、なにより聞きやすくて早口じゃないのがいいな」


動画は続く。


《ランクが上がると、“待つ位置”が変わります。

 ここで構える人は初心者。

 そのすぐ後ろのここなら、上位帯でも十分通用する》


たった数分。

なのに、言われたことのすべてが“しっくり来る”。


ユウキは動画を見終えた瞬間、胸が熱くなった。


「……これ、今日やってみる」

「いいね、やってみろよ。絶対変わるって」


午後、講義が終わってダッシュで帰宅し、ユウキは早速WARHOUNDを起動した。


動画で言われたことをひとつずつ頭に叩き込む。

角の視点の置き方。

止まらないこと。

“見ないでいい角度”を見ないこと。

詰められたときの退き方。


最初はぎこちなかったが――

気づけば、動きが変わっていた。


「……お、撃ち勝てた……!」

「うそ……前なら絶対やられてた……!」


連戦していくうちに、ユウキは自分が“強くなってる”のを実感した。

そして――


ランクが、一段だけ上がった。


画面の中央に、金帯のマークが光った瞬間。


「……マジか……!」


思わず声が出た。

体の奥から熱が湧いてくる。

これだ。この達成感が欲しかったんだ。


すぐに画面をスマホで撮って

例の高校時代の友人グループにLINEを送った。


《今、金帯上がった!!》


数秒で返信が来る。


《は!?》

《今朝まで苦戦してるって言ってたじゃん、絶対嘘だろ》

《チート使った?》

《お前まさか別人じゃないだろうな?》


ユウキは笑いながら返した。


《いや、この動画見ただけ》

《意味分かるから見てみろマジで》


リンクを送ると、すぐに既読が並んだ。


《え、これめっちゃ分かりやすい》

《動きやべぇ》

《声落ち着きすぎだろこの人》

《サムネ地味なのに内容ガチガチのガチじゃん》

《誰だよこのAtsu_96って、すげぇ》


流れが止まらない。

この成功体験からユウキは早速同じ大学のプレイしているやつにも積極的に勧めてみることにした。



数日後、講義の前。

他学部の友人に声をかけられた。


「お前がさ、前に紹介した動画。WARHOUNDの。

 うちのゼミで今結構話題になってるんだけど」


さらに隣のクラスでも、


「WARHOUNDのやつだろ?

 あれマジで参考になるわ。

 友達に教えたら全員チャンネル登録してた」


いつの間にか、

学科内で“WARHOUNDの解説で動きがうまい謎の人”がちょっとした話題になっていた。


ユウキは少し誇らしい気持ちになる。

――こんなに“刺さる”って気づいたのは、自分たちが最初の方だったんじゃないか。


昼休み、マサトが言う。


「ねぇ、あの人の動画、次いつ上がるのかな」

「わかんね。けど絶対伸びるだろ、あれ」


カイトが笑って言った。


「なんかさ、“達人に教わった”って感じだよな」

「こんな教え方できる人いるんだな……」


ユウキはスマホを見つめて、小さく呟いた。


「……この“Atsu_96”って人、どんな奴なんだろ」


春風が吹き抜ける地方都市の小さなキャンパスで、無名の投稿者の名前だけがゆっくりと、しかしじわじわと広がっていく。


その頃本人は――

ボロアパートの和室で、動画の編集に苦戦しているとも知らずに。

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