Episode 6: 買い物狂騒曲
ボロアパートに、重い空気が漂っていた。
総帥の遺書、くしゃくしゃの200万円、そして、俺たちの“決意”。
でも、今はそんなシリアスなことを言ってる場合じゃなかった。
俺たちは“悪の四天王”として立ち上がった――……のはいいけど、
まず直面したのは、想像以上に現実的な問題だった。
「クロ……さむい……はっぱ……しおれる……」
クロが赤い目を潤ませながら、触手を縮こませて震えている。
2メートルもある巨体が、寒さに耐えきれずしおれていく様は、まるで巨大な観葉植物だった。
そう――クロは植物由来の怪人らしく、寒さにめっぽう弱いらしい。
しかも、人間じゃないから当然、全裸がデフォルト。
服なんて着てない。
俺たちも今は怪人フォルムのままだが、これにはエネルギーを使うためガンガン体力を消耗するという欠点がある。
つまり――まず、服がないと生きていけない!
正義に復讐する前に、俺たちはまず「服がない」という圧倒的現実に打ちのめされた。
「……このままだと、本当に体がもたないな」
修二が穏やかに言いながら、周囲を見回した。
俺、修二、敦史、クロ。
全員、服なし。
このままじゃ正義と戦うどころか、体力消耗&風邪をひいて全滅だ。
総帥……せめて服くらい、残しておいてほしかった……!
「服って、どこで買えばいいんだ? この辺、まったく知らないぞ」
修二が言い、敦史も肩をすくめた。
「K県なんて、来たのが初めてだしな」
「クロ……さむい……リュウセイ……」
クロが俺の名前を呼びながら、ぴたっと寄ってくる。
だがスマホもPCも何もない俺たちに、調べる術はない。
「……あ、そういえば。近くにモノクロがあった気がする」
昔のバイトで来たときに、確か見かけた覚えがある。
「そうか、それなら――悪いけど流星、行ってきてくれないか?」
修二が言った。
「え、俺が!? 買い物とか苦手なんだけど……」
「俺は服、買ったことない。昔は着られる服がなかったし……」
敦史がボソリとつぶやく。
(……着られる服がなかった?)
気になるが、今はツッコんでる余裕はない。
「でもさ、なんで俺? 他のやつが行ってもいいだろ?」
「いや、流星……冷静に見てくれ」
修二が苦笑いしながら言った。
「俺はこの角と鎧みたいなゴツイ見た目、敦史はいかにもな仮面と鋭い目つき、クロは……言うまでもないな。
こんな姿で外に出たら、悪の怪人として通報されて一発でアウトだ。
しかし... 流星だけが、なんとか“ヒーロー寄り”のフォルムなんだ。
しかもこの辺の地理も分かるのは、お前だけだ」
「クロ……さむい……!」
……仕方ない。
確かに俺のスーツはベースは黒寄りだがヒーローデザインでも通用する。
比較的マシな見た目なのは否定できない。
「……分かったよ。俺が行く」
「助かる。この現金の一部を持って行ってくれ。全部は危ないしな」
修二が現金を渡してくる。200万のうちの8万、妥当な金額だ。
俺は変身後の通信機能を起動した。これでアパートの3人とやりとりできる。
「じゃ、行ってくるわ……」
そして俺は、怪人フォルムのままアパートを出た。
量販店「モノクロ」に到着すると、早速トラブル発生。
入り口で店員に止められる。
「すみません、コスプレの方のご入店はちょっと……」
「ちょ、ちょっと待ってください!
これはテスト撮影中の特撮番組の衣装で、ロケバスが間違って帰っちゃって……!
着替えも携帯もないんです!
とにかく、スタッフ用の服と靴だけでも買わせてください……!
どうかお願いします!」
咄嗟にバイト時代の経験から捻り出した嘘を並べ立てた。
店員は当然困惑顔。
その奥から、責任者らしい店長が登場した。
事情をもう一度説明すると、しばらくの沈黙のあと――
「……分かりました。どうぞ。ただ、手短にお願いします」
半ばあきれ顔だが、同情はしてくれてるようだった。
店内は予想通り、視線の嵐。
「何の撮影だ?」
「ヒーローショーか?」
……うるさいな。こっちは命がけなんだよ!
通信で叫ぶ。
「俺はL、修二はXL、敦史はMでいいよな!?」
「ズボンは調整できるタイプで頼む。靴も忘れずにな」
修二の声が冷静で、逆に腹立たしい。
……はいはい、了解ですよっと!
俺は調整ゴム付きのシャツとズボン、スニーカーをカゴに入れる。
問題は――クロだ。
2メートル超え、触手つき。そんな服、当然売ってない。
「……毛布とかないかな」
と呟くと、店員が「膝掛けなら」と案内してくれた。
俺は5枚まとめてカゴに放り込む。
レジで支払い。
反射的に「領収書ください」と言ってしまった。
「宛名はどうされますか?」
「あ、無記名で!」
バイト癖が出たけど……意外とカモフラージュになってるかも?
受け取ったレシートを見ると、11月22日――
ポッドに入ってから目覚めるまで5か月近くたっているって事か……。
どうりで寒いわけだよ。
ボロアパートに戻ると、もう変身が限界だった。
「……疲れた……もう無理……」
床に倒れこむと、修二が迎えてくれる。
「お疲れ様、流星。本当に助かった」
早速、買ってきた服に着替える。
俺はLサイズのパーカーとズボン。動きやすくて丁度いい。
敦史はMサイズを着て、鏡を見ながら呟いた。
「……こんなぴったりした服、初めてだ。ダサいけど……まあ、いいか」
「文句あるなら、次は自分で行けよ」
「……それも面白そうだな」
え、意外と乗り気? キレるかと思ったのに。
修二も着替えながら言った。
「これなら動きやすい。これからの活動に丁度いいな」
シンプルな服装が修二の体格のいいのも相まって、やけに様になってる。
……やっぱイケメンは得だ。
「イケメンは得だな」
「……完全に同意」
敦史、お前も完全にイケメン側だろ……。
クロには膝掛けを巻いてやった。触手がピラピラ元気に動いてる。
「流星……これ、あったかい……! はっぱ、げんき……!」
よかったな、クロ。
修二が感心したように言った。
「あのロケバスの言い訳、よく出てきたな。
どうやって思いついた?」
「ああ~、あれは昔、地方のヒーローショーで帰りのロケバスが先に帰っちゃって、
着替えがなくて泣きながら買いに行ったことがあってさ……」
敦史がポツリ。
「……ふーん。悪くないアドリブだな。……でも、不運だったな」
少し同情してくれてる……のか?
クロが触手をパタパタと動かして、にっこり。
「流星、すごい!」
「いや、当時はマジで泣きそうだったけどな……」
修二が笑う。
「モノクロの場所も分かったし、今度はみんなで行こう。俺も行きたい」
敦史が目を輝かせる。
「服って、こんな安く買えるのか。次は俺が選ぶ!」
なんか、意外にもノリ気だな……。
そんなふたりを見て、俺はふと思いついた。
「よし、着替えたんなら――次の買い物に行こうぜ!」
「……何を?」
修二、敦史、クロがそろって首をかしげた。
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