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Episode 61: メンバー

部屋の戸を開けたとき、敦史はこたつに突っ伏したまま、うめき声のような「あー……」を漏らしていた。クロはその隣で、敦史が読んでいたらしいプリントを片づけている。そのちらかりようからどうやらなにかを頑張ったらしい形跡が見える。こたつの端にはまだ温かいココアのカップが置かれていた。


「ただいま。……あー、その、帰ったぞー」


声をかけると、敦史が顔だけゆっくり上げた。目つきは疲れているのに、俺が肩から提げているものを見た瞬間だけ、ぽかんと口が開いた。


「……流星、それ何だよ」

「ん? これ? ショルキー。買っちゃった」

「ショルキー?なんだそれ。買っちゃった、じゃねえよ。

なんでこのタイミングでそんなもん増えてんだよ」


敦史がこたつに頬を押しつけたまま、ぼそりと文句を言う。修二は荷物を置いてコートを脱ぎながら苦笑いを返した。


「いや、俺たちも色々あってな。流星、先に説明してやれよ」

「……あー、その。敦史、ちょっと落ち着いて聞いてほしい」

「めちゃくちゃ嫌な予感しかしない。あーあーあーあー聞きたくない。」

「まぁまぁ……」


俺はショルキーを壁に立てかけ、敦史の正面に座った。クロも隣にちょこんと座り、じっと何が起こるのかと居た様子で俺を見ている。


「まず今日、リサイクルショップに行ったんだよ。その帰りたまたま修二が仕事終わりで合流してさ。で、帰りがけに大場さんに会ったんだ」

「……あの、やたらテンション高い近所のおばちゃん?」

「そう、その大場さん」


敦史が眉を寄せる。ここまではまだ平和だ。問題はここからだ。


「で、大場さんにさ、『若い男の子が何人もあのボロアパートで共同生活してるってどういう子たちなのかと近所でけっこう噂になってる』って言われて……まぁ、そこまでは普通なんだけど」

「そこまでもだいぶ普通じゃないだろ、まずい流れだな」

「で、ちょっと話してるうちに、なんか流れで……修二が『俺らバンドマンなんで!』って言っちゃって」

「…………」


敦史の顔が、こたつからゆっくり持ち上がって修二を見る。


「なぁ修二。なんでクール担当がなんでそんな爆弾投げ込んでんの?」

「いや、なんか、勢いで……」

「勢いでバンドマンにはならねぇだろ」


ジト目で修二を見る敦史に俺は再び声をかけた。


「敦史、まぁ落ち着けって。それ聞いた大場さん、めちゃくちゃ喜んでてさ。“今どきの若い子はバンドとかに興味はあるわよねぇ〜!”みたいな感じで」

「なんで肯定までされてんだよ……」


敦史が頭を抱える。ここまでの反応は予定調和だった。


「で、流れで修二が歌わされることになって、それがめちゃくちゃ上手かったから納得されちゃった」

「待て待て!どんな流れだよ!」


「いや、違うんだって」修二が渋い顔で言う。


「大場さんが“聴かせて!”ってすげぇ食い気味に来たから、拒否すると余計こじれると思っただけで……」

「こじれるとかそういう問題じゃないだろ! なんで二人で勝手にバンドマンだって既成事実作ってんの!」


敦史の嘆きがリビングに響いた。

俺は手を合わせて、深く息を吸う。


「でもバンドマンなら金なくて集団で住んでてってのも説得力あるだろ。それにお前もここに住んでるし…そこで相談なんだけどな」

「……嫌な予感しかしないから、あえて聞くわ。俺に何をさせたいわけ?」


「敦史、ギターどう?」


「は!?ギターどう!? じゃねぇよ!」


こたつ布団がばさっと揺れた。敦史が勢いよく上半身を起こす。


「俺、楽器なんてやったことねぇし!」

「でも、前に子供の時ゲームで”ギターフリッパー”ってやつ、だいぶハマってやってたって言ってなかった?」

「……う……いや、それは……あるけど……!」


図星らしく、敦史は視線を泳がせた。


「ほら! 指の動きはある程度慣れてるだろ? 実機でもいけるんじゃね?」

「バカ言うな。画面のレーンと本物の弦は全然違うわ。ギター舐めんな!」

「いやでも、才能の片鱗ってやつが……」

「ないわ」


即答だった。


「それに、ギターってちゃんとした人から教わらないと無理だろ……?」

「そこでさぁ、不破さん。」

「は?」

「あの人なんか趣味のバンドでギターやってたらしくって……ってなんか嫌そうだな?」


俺が言うと、敦史がしょぼしょぼとした顔になった。


「いや……別に不破さんが嫌いとかじゃない。ただ……なんか、あの人、距離近いというか……初対面からフレンドリーすぎるというか……」


修二も軽くうなずいた。「確かに、敦史とはテンポが合わなそうだったな」


「俺、ああいうの苦手なんだよ……。あの感じで『俺に任せてやぁ!』って肩ぐいっと掴まれたら、多分その場で電池切れる」

「でも、他に経験者知らないし教えるなら一番適任なんだよなぁ……」

「だから余計に悩むんだよ!」


敦史はこたつに沈み込むように倒れ込んだ。

その横で、クロが壁際のショルキーを見て、小首をかしげていた。


「……流星。

これ……なに?」


指しているのは、もちろん俺のショルキー。


「ああ、これ? 楽器。さっき言ってたショルキーってやつ」

「がっき……?」


クロはこたつからぴょこっと顔を出し、首をかしげる。

相変わらず“知らないもの発見した”時の顔だ。


「押すと音が出るやつ。ほら」


ケースを開けて、鍵盤を軽く押す。


「……!」


クロの目が一気にまんまるになった。

その様子に若干空気が和んだ。


「……おい流星。そういやまずなんでショルキーなんて買ってんだよ。弾けんの?」

「いや、一応自己流だけど弾ける。ちょっと懐かしくて弾きたくなって買っちゃったんだよね。

それをたまたましょっていたせいもあって、大場さんへのバンドマンって説明も妙に説得力出ちゃって…」

「ぬああ!軽率がすぎる……!」


そう言うと、敦史はただ黙って天井を見つめた。しばらくして、ぽつりとつぶやく。


「……俺さ、最近、流星の話を聞いてちょっと勉強してんだよ」

「え?」

「大検。来年春頃に受けられたらなって……。総帥のことも、色々考えるようになって……俺だけなんにもできてなかったし。だから、これ以上覚えること増えると死ぬんだよ……うぉぉ」

「敦史……マジですまん」


言葉に出さないけど、修二の表情も優しくなっていた。


「でもまぁ……ギターは触ってみてから考えるくらいなら、別に……って思うけどさ」

「ほんとか!?」

「まあギタフリにハマってやってただけあって興味がないわけじゃないし……。

でも本気でバンドやるとは思ってねぇからな!? あくまで“大場さん対策”だからな!?」

「わかってるわかってる。でも助かる!」


敦史は大きくため息をつき、こたつに戻った。


「……春に向かって、なんか色々変わってくんだな」


その言葉に、俺らは自然とうなずいた。



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