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Episode 60: ショルキーと歌声

夕方のバイト帰り、なんとなく足がいつものリサイクルショップに向かっていた。


不破さんが働いてる、あの店だ。

俺は最近なんとなくあそこに寄り道する癖がついていた。アパートの生活に必要なものはひととおり揃ったとはいえ、まだちょっとした道具が足りないときに便利だからだ。

大きな自動ドアを通ると、特有の古いプラスチックの匂いと、スピーカーから流れるJ-POPのカバー曲が混ざった空気が広がっている。


「お、流星くんやんけ。今日もなんか探しもんか?」


カウンターから、不破さんが片手を上げて声をかけてきた。いつもの飄々とした笑顔。今日はなんだか癖毛がやや暴れている。


「いや、今日は特に用ってわけじゃないでんすけど……なんとなく」

「なんとなくで来る若者、ええやん。うちはそういう店やねん。

な~んでもあるけど、な~んでもない店。迷い込んだもん勝ちやで!」


意味わかるような、わからないようなことを言いながら、不破さんは棚に値札を貼り続けている。

俺はいつものように、冷蔵庫・掃除機・電子レンジあたりの白物家電コーナーを眺めながら店内を一周した。


――その時だった。


「あれ、こんなコーナーあったっけ…?」


ふと、通路の奥の一角。ギターが壁に何本も吊られ、小型アンプや管楽器。ドラムやキーボードなんかも一通り置いてあるスペースが目に入った。

若干そこだけ黒っぽい壁紙が張られ青白いLEDとかパープルの安っぽい照明で照らされるなど、妙にメロい雰囲気が作られている空間だ。


「不破さん、ここ楽器なんて扱ってたんすか?」


声をかけると、不破さんは嬉しそうにハハッと笑った。


「せやねん。完全にワシや古田店長の趣味や。ま~……中古屋いうても、ちゃんとした楽器専門店みたいなレベルやないで? ピンキリすぎて逆におもろいコーナーになっとるわ」

「へぇ。なんか意外っすね」

「ワシ、こう見えて昔バンドやっとってな、ギターも弾けるで。ちょっと自慢やけどな」


胸を張る不破さんを見ながら、俺は壁の一番下に置かれている細長い黒いソフトケースが気になった。ギターのサイズにしては、なんか違う。


「それ、ギターじゃないんすよね? キーボード……?」

「お、そこ目ぇ付けたんか。ショルキーやショルキー。ヤマハの『YSH-45』っちゅう、昔の量産型や、リーズナブルだし当時そこそこ数も売れてたやつなんやで」


名前は聞いたことない。でも妙に懐かしいフォルムだ。

不破さんはしゃがんでケースを取り出し、チャックを開いた。


「ほれ、この赤いヤツ」


中から出てきたショルダーキーボードは、ところどころ色あせて古びていた。赤いボディは日に焼けて部分的に白っぽくなり、シールを剥がしたらしい跡が散っている。


「うわ……これ、結構使い込まれてますね」

「せや。なんかアニメかなんかの影響で軽音っちゅーかバンドブームあったやろ?

前持っとった子がそのブームん時になんや貼りまくっとったらしくてな。音は問題ないんやけど、見た目はまあ……アレやな」


不破さんがアンプをつないで鍵盤を軽く叩くと、キラッとした電子音が鳴った。

――その音に、胸が少しざわついた。


「お?流星くん、ピアノ経験者なんか?」

「んー……一応、親がちょっと教えてくれて。自己流で弾いてただけっす」

「へぇ、そらええな。ほな触ってみるか?」


渡されたショルキーを抱えた瞬間、すこしだけ手が震えた。

母さんがいなくなってから、鍵盤に触れるのはずっと避けていた。


押してみる。


ポロン、と安っぽいけど温かい音が返ってくる。

――ああ、この感じ。

ただ音が鳴るだけのはずなのに、胸の奥のほこりが一気にふき飛ぶような。


「なんか……懐かしいですね……」


ぼそっと言うと、不破さんがにやりと笑った。


「ふふ~ん、これは買う流れやな?」

「値段、いくらっすか?」

「三千円」

「……やっす!」

「見た目ボロいしな、めっちゃ出た型で市場にも余っとる。今回は動くいうだけでギリギリ値ぇつけてんねん」


買うかどうか数秒悩んで――すぐ決めた。


俺の六畳半の部屋にでかいキーボードは置けない。でもこれなら壁に立てかけられる。

そして何より、なんとなくまた音を触りたい気持ちが湧いてきた。


「じゃあ、これ買います!」

「おお、気持ちええ返事や。ほな他に袋いらんよな? そのまま背負っていき」


――こうして俺はショルキーを手に入れた。






店を出て数分歩いたところで、駅の方から修二が歩いて来ていた。


「あれ、流星?お前も帰りか?」

「あ、修二。おつかれ」


修二がこっちを見た瞬間、俺の背中のケースに目を留めた。


「……また不破さんとこで買い物してきたのか? 今度は何だ?」

「あ、ショルキー。ちょっと弾きたくなってさ」


そう言うと、修二の顔が一瞬だけ驚き、それからふっとやわらかく笑った。


「いいんじゃないか。自分のもの買ったの久しぶりだろ、お前」

「え、怒らないの?」

「怒るわけないだろ。むしろ安心した。毎回調理器具とか生活用品ばっかり買ってくるから、なんか気になってたんだよ……」


その言葉になんだか気恥ずかしくて頭をかいた。


「ま、俺も人の事は言えないが、お前も割と組織にどっぷりだからな。趣味があっていいと思う。」


てっきり無駄遣いだと怒られるかと思ったが、思いがけず優しい言葉をかけられてちょっと照れた。

そのまま二人でアパート方面へ歩いていると――


「まあまあまあ! 偶然ねェ二人とも!」


とんでもない音量で声をかけられた。

振り返ると、近所のオバちゃん・大場さんが大きな買い物袋を抱えて立っていた。

悪い人ではないのだが、スピーカーで有名なおばちゃんで俺らはちょっと苦手としている。


「ど、どうも……」


厄介な人物に捕まってしまったと思ったのもつかの間……。


「そういえば最近ねぇ、若い男の子が何人もあのボロアパートで共同生活してるってどういう子たちなのかしらと近所でけっこう噂になってんのよ~?」


心臓が跳ねる。

噂⁉

目立つのを避けるために大人しく暮らしていたはずだが……流石に周辺地域から浮いてしまうのはまずい。


(やばいぞ……どうごまかす……?)


説明の言い訳を必死に脳内で探していると――


「……実は俺たち、バンドマンなんです」


修二がさらっととんでもない爆弾を投げた。



「……は?」


その言葉に大間さんが乗り気で一歩前に出た。


「バンドマン!?」


修二は動じず、涼しい顔で続ける。


「ええ。始めてまだ浅くてお金ないんで、みんなで共同生活してバイトしながら活動してて……」


大場さんは一瞬で納得しかけたような顔になった。


「まあ今どきの若い子はバンドとかに興味はあるわよねぇ〜! で、修二君は何の楽器なの?」

「俺ですか? ボーカルです」


即答だった。

思わず修二の顔を覗き込む。


(ちょっ…おいおいお前絶対そんなつもりじゃなかっただろ……!)


間髪入れず次は俺に矛先が向く。


「じゃあ流星くんは?」

「ええっと……キ、キーボードなんですよ!ホラこれ!」


背中のショルキーが証拠として都合よく存在してるので否定できなかった。

年季の入ったケースをちらっと横目で見た大場さんは再び矛先を修二に向けた。


「まあまあまあ!そうなのお?じゃあ、ちょっと歌ってみてちょうだいよぉ!

あ、全部じゃなくてサビだけでいいから~。あの…ほら、なんだっけ、テレビでよく流れてた…あれよ、あれ!」


うわあああああ!頼むからこれ以上はやめてくれーーーー!!!


そう叫びたかったが、修二は逃げなかった。


「いいですよ」


街灯の下、軽く息を吸い――

静かに、伸びやかに歌いだした。


誰もが知っているサビの一節。

あの歌の有名すぎるバラード。

それが夜道に溶けるような澄んだ声で響き渡る。


数十秒で終わったのに、まるで空気が変わっていた。


大場さんの目がまん丸になる。


「……あらまあ。本当にすごく上手いのねぇ……!びっくりしたわ!」

「ありがとうございます」


修二が少し照れて笑うと、大場さんは完全に“納得”した顔になった。


「そっかぁ、そういう子たちだったのね。応援するわよ!」


そう言い残して、マシンガントークの続きを置き去りにするように去っていった。



その後ろ姿を見送った俺と修二は、同時に大きく息を吐いた。


「……修二、お前すげぇな、というかめちゃくちゃ歌上手ッ」

「いや……勢いで……まあ、元々歌うのは好きだったんだがな」

「でも最悪の危機は回避はしたな」

「ああ、そのかわり、とんでもない設定が増えたけどな……悪いな流星」


バンドマン……確かにとんでもない設定が付いてしまった。

しかしまあ、説得力としては申し分はない……無いのだが確かに頭は抱える設定だ……。

その事にお互い気が付いて二人で顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。


背中のショルキーが、妙に軽かった。

なんとなく――帰ったら久しぶりにガッツリ鍵盤を触ってみようと思った。

……バンドマンとしては下手な演奏は出来ないからな!

※本文内に出て来たショルキーの型番は架空のもので実在しません

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