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Episode 59: 擬態相談会

こたつの上で、クロが描いたスケッチブックを広げていた。

青いカラーペンでぐるぐると描かれたのは、人の形――のようなものだ。

腕も足もあるけど、ところどころ蔦がはみ出している。

それを見て、敦史が「……ホラー映画のポスターか?」とぼそりと言った。


「ちがうよ! これは“クロ人間”!」

「いや、なんかこえーよ」

「むうぅ、こわくないもん!」


クロはツタの先をぴょこぴょこと動かして抗議した。

こたつの熱気で、触手の先が少しだけしおれて見える。

最近はだいぶ暖かくなってきたが、外にはまだ出してやれていない。


――冬が終わる。

その実感が日に日に強くなるこの時期、クロの“外に出たい欲”も高まってきていた。


「もう少ししたら桜が咲く季節だな」


俺がそう言うと、休暇の修二が洗濯かごを抱えながらうなずいた。


「うちの近くの公園、梅が終わったら一気にピンクになるよ。クロ、見たいか?」

「ピンク!見たい!」


即答。ツタが勢いよくこたつ布団から飛び出して、俺の膝に巻きついた。


「でも外はダメだろ、今のままじゃ」


敦史が冷静に言う。


「いくら春でも、リュックの中に植物の怪人入れて花見ってわけにもいかねえしな」

「……そうなんだよな」


俺は苦笑しながら、クロの頭をなでた。


「この前、雪見せたときみたいに人型になれたらいいんだけどな」

「んー、あれは……庭ならいいけど外はなぁ……」

「たぶん、ヒトとちょっとちがう……クロ捕まっちゃう」


クロは少ししゅんとした声を出した。

そう、あれは冬の終わりに“雪を見せてやろう”とした日のこと。

擬態能力で“人っぽく”変身できるんじゃないかと思って試したら――

できあがったのは、どう見ても「服を着せられた観葉植物」だった。

遠目には人型だがツタがうねうね動くたびに、明らかに”人外”感が否めなかった。

関節の動きとか、明らかに人とは違ってた。あれは特に怖かった。

正直都市伝説で語られる正体不明の怪異で、「くねくね」がいたらこんな動きなんじゃないかと思うほどだ。

クロも何か違うというのはわかっているようで、あれ以来外出の話は自然としなくなっていた。

だが、クロのスケッチブックに描かれた“人間らしい形”を見ると、あいつなりに考えてるんだなと思う。


「なあ敦史。博士に聞いてみねえか? あの擬態の仕組み」

「陣内博士?」

「そう。あの人、クロの構造つくった張本人の一人だし」

「たしかに、俺らで考えるより早いかもな」



――というわけで、その日の夕方。



俺たちは居間の隣のPCの部屋で、陣内博士とのオンライン会議を開いた。

画面の向こうに現れた博士は、相変わらずの様子で、寝ぐせのままコーヒーをすすっていた。


『ふむ、擬態についてねえ……君たち、根本的に誤解してるかもしれないのぅ』

「誤解?」


修二が首をかしげる。

博士は老眼鏡を押し上げて、指で図を描くように空をなぞった。


『“擬態”というのは、本来“環境に溶け込む”ための機能じゃ。

 カメレオンの皮膚が周囲の色に合わせて変わるとか、蛾の羽が木の皮に似るとか、そういうものなんじゃな。

 つまり、“誰かに変身する”っていうのはまた別の話なんじゃよ』

「え、じゃあ人間になるのは無理なんすか?」


俺が聞くと、博士は苦笑いを浮かべた。


『理論上は“別物”だが……君たちのクロは、どうにも理論外の様なんじゃ』

「理論外?」


『うむ。そもそも、サイズが変わるのがもうおかしい。

 キャベツくらいの大きさからぬいぐるみサイズになったり、逆に膨らんだり――

 普通の有機体なら、そんな体積変化ありえないんじゃよ。どこに物質が行ってるのか説明できない……』

「……つまり、謎のままってことか」


敦史がため息をつくと、博士は肩をすくめた。


『うむ。正直、あれは私たちの設計外の現象じゃ。

 でも、だからこそ“可能性”もある。君たちが言う“人間っぽい形”というのも、

 もしかしたらこの“体積のゆらぎ”を利用して出来るかもしれないがね』


クロが画面の中の博士をじっと見つめている。

博士はその視線に気づき、少し優しい声を出した。


『クロ。君自身がどんな“形”をなりたいかを、もう少し見つけることが大事かもしれん。

 周囲が教えられることは少ない。君の内部で見つかるはずじゃ』

「……クロが、見つける?」


『そう。焦らなくていいんじゃ。成長は、芽が出るみたいにゆっくりだからの』



通信が切れると、こたつの上に静けさが戻った。

クロは少しだけ考え込むように触手を動かしていた。


「なあ、落ち込むなよ。博士も言ってたろ? 時間かかるって」


俺がそう声をかけると、クロは小さく首を振った。



「ちがうよ。なんか、わくわくする」

「わくわく?」

「うん。“どうなりたいか”って考えたこと、なかったから。

みんなと同じ形になれたらって、そればっかり思ってたけど……

いまはちょっと違うの。

“クロはクロのままで、どうなれるんだろう”って、考えるのが楽しい」


その言葉に、俺も敦史も修二も黙った。

外に出られないことを悲しむんじゃなく、自分の中で受け止めてる――

こいつなりの答えを、見つけ始めてるのかもしれない。

“かわいそう”だなんて思うのは、たぶん俺たちのほうの勝手だ。


「クロさ」


修二が静かに言った。


「お前、今のままでもいいよ。外に出られなくても、ちゃんと“ここにいる”だろ」

「うん。でも……リュックの中からでも、外見るの好きだよ」


クロはツタの先で自分のスケッチブックを指した。

そこには、新しく描かれた小さな絵――

公園のベンチで、リュックから顔を出した自分と、その隣に座る俺たち四人。

青い空の下で笑っていた。


「絵うまくなってんな」


敦史が照れくさそうに笑うと、クロは得意げに「そうでしょ」と胸(?)を張った。


「見て、これくらい描けるようになった!」

「すげぇな。もう小学生レベルだ」

「ほめてる?」

「もちろん」


以前聞いた事がある、”怪人にしては成長が遅い”と。

総帥のとこで聞いた話だと、他の怪人は命令しか聞けなかったらしい。

でもクロは違う。あいつは“考える”んだ。

俺たちと一緒に生活していく中でようやく最近「カタコト」な言葉から「会話」として成立してきている。これは今までの怪人とは確実に違う。

クロ自身が成長してきている証拠なのだ。


笑い声がこたつの中に広がった。

窓の外では、まだ冷たい風が吹いている。

でも、カーテンの隙間から差し込む光は少しずつ春の色に変わってきていた。


「なあ、春になったらまたどっか行こうぜ。クロも連れて」


俺が言うと、クロがぱっと顔を上げた。



「行く! 今度は……お花のあるとこ!」

「草花でも桜でも、どっちでもいいな」

「じゃ、リュックの中にちゃんとカメラ仕込んどくか」



敦史が冗談っぽく言い、修二が「映えるかな、それ」と笑う。

外に出ることが目的じゃない。

外の世界を一緒に“感じる”ことが、大事なんだ。

クロの存在が、それを思い出させてくれる。

その夜、俺は洗面所で歯を磨きながらふと窓の外を見た。

街灯の下、植え込みの枝先に小さな芽がついている。

淡い緑が、確かにそこにあった。



「……芽吹いてんだな」



呟くと、背後からクロの声がした。



「めぶく?」

「新しい葉っぱが出ること。春が来るサイン」

「ふふ……クロも、めぶいてる?」

「たぶんな。お前、ちょっとずつ変わってるよ」


――春が来る。

クロも、俺たちも、少しずつ形を変えながら進んでいくんだろう。

俺は歯ブラシを置き、窓を閉めた。

部屋の中の空気が、少しだけあたたかかった。

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