表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

Episode 4: 総帥の最後の言葉


「……開けるか?」


修二の低い声が、静まり返った部屋に響いた。

俺たちは顔を見合わせたが、誰も動けなかった。


目の前の封筒――おそらく総帥の遺書。

その存在の重みに、思考が追いつかない。


俺は手の震えを抑えながら、ゆっくりと封筒を開いた。

中からは、手紙と分厚い封筒、それに薄いもう一通の封筒が出てきた。


手紙を広げると、そこには総帥の達筆な字が並んでいた。


「諸君へ。


もしこれを目にしているならば、わが戦いが敗北に終わったことを意味する。


改造手術の直後、私の予後不良により余命3ヶ月と判断された折、急遽、組織の再編と総力を挙げた最終攻勢を決断した。

本来ならば諸君と再び対話する機会を設けたかったが、それを果たせず、深く遺憾に思う。


流星、お前は母を失った悲哀を乗り越え、わが存在を恩恵と捉えてくれた努力家である。


修二、お前は孤児院にて孤独を経験しつつも、わが指導の下で強靭な精神を育んだ。


敦史、お前の潜在能力は未だ開花の途上にあり、自由な環境での発展を望む。


クロ……お前は科学の力で生まれた大切な子である。

しかし人ではない改造人間の幼いお前には、この世は一人で生きていくには厳しい環境だと思う。

山中に植樹適地の土地を取得済みであり、そこに植え付けられれば自然と調和し、樹木として命を永続できる可能性がある。

手間をかけて申し訳ないが、残された者にその措置をお願いしたい。


仮に敗北した場合、ここにある200万円を贈与し、諸君には自らの意志で生活を構築することを望む。

この朽ちた住居は暫定的に居住可能と判断される。

この金銭は、諸君が自由に生きるための力となるだろう。

だが、どんな時も忘れてはならぬことがある。

それは、己の力をもって弱者を守ることに他ならぬ。

そのことを胸に刻み、歩むべき道を選ぶのだ。


忝いお願いではあるが、これがわが最終の遺志である。

――総帥」



読み終わった瞬間、分厚い封筒の中からくしゃくしゃになった現金が出てきた。

……200万円。

ピン札じゃないその札束が、総帥の切実さを物語っていた。


(こんな状況でも、俺たちの生活を考えてたんだな……)


「……総帥らしい、しっかりした文章だな」


思わずそう呟いた。重みが、じわじわと胸に染みてくる。


もうひとつの薄い封筒に気づいた。「敦史へ」と書かれている。

俺はそっと、それを敦史に手渡した。


敦史は困惑した表情を浮かべながらも、封筒を開けた。

中から出てきたのは2枚の書類。


1枚には「財前 敦史」――死亡扱いの記載。

もう1枚は「佐藤 敦史」――新しい戸籍のようだ。


「……それって……?」


思わず声が漏れる。

修二はじっと書類を覗き込み、「何だこれ……?」と眉をひそめた。

クロは視線をちらりと向けたが、触手をモジモジと動かすだけで反応は薄い。


敦史は2枚の書類を見つめたまま、唇をかんでいた。

……何か、過去と決別する覚悟がいるような内容なのか。

わずかに手が震えていた。


「総帥……敗北って、どういうことだよ……どこにいるんだ……?」


俺の呟きに、再び部屋が沈黙に包まれた。


余命3ヶ月。

総力戦。

ポッドで眠っていた俺たちを残して、総帥はすべてを終えた……?


今がどんな時代で、世界がどうなっているのかすら分からない。

ただ、空気だけが張り詰めていた。


「……待てよ。こんな状況だけど、せめてお互いのことくらいは知っておきたくないか?」


場違いかと思いつつも、思わず口をついた。

だが、他の3人は意外にも素直に頷いてくれた。


「そうだな。俺は修二。施設育ちで、孤独だったけど……総帥に拾われた」


「……俺は敦史。ニートだった……けど、それ以上はいいや。恩がある、それだけだ」


敦史は書類を握りしめたまま、目をそらして言った。


「俺は……流星。母子家庭で、母が亡くなって、途方に暮れてた時に助けられた」


話すことで、ほんの少しだけ、空気が和らいだような気がした。


クロは首をかしげていた。


「ナニ……?」


自己紹介という概念自体が分かってないらしい。

触手で床をトントンと突きながら、どこか幼い仕草を見せていた。


「……クロ」


赤い目をこちらに向けながら、ポツリと名乗った。


(見た目に反して、子どもみたいな存在なんだな……)


そのときだった。


「遺書ってことは……まさか、総帥……もう、この世にいないのか……?」


俺の呟きに、クロの赤い目が大きく見開かれた。


「トウチャン……トウ……イナイ……?」


声が震え、その場に崩れ落ちた。

触手が床を這い、赤い目から涙がこぼれる。


「トウチャン……カエッテキテ……! トウチャン……イナイ……ダメ……!」


嗚咽が静かな部屋に響いた。

先ほどまでの無言の存在感とは一転、まるで幼子のように泣きじゃくる。


「トウチャン……アイタイヨ……!」


敦史が驚いたように呟く。


「クロ……お前、こんな幼いのか……?」


書類を握ったまま、目を丸くしていた敦史。

その視線の奥には、戸惑いと、それ以上に「放っておけない」感情が滲んでいた。


修二が静かに言った。


「人ではないと書いてあったけど……それでも、総帥にとっては大切な子だったんだろうな」


その声は、静かであたたかかった。

どこか、哀しみを含んだような響きだった。


……俺も、クロの泣き声に胸が締め付けられた。

総帥の遺言――「自由に生きてほしい」


けれど、総帥がどこにいて、どうなったのかも分からないまま。

何を頼りに、どう生きればいいのかも、まだ見えない。


重苦しい空気が、部屋を静かに包み込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ