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Episode 48: ツクモ案件(不破視点)

 ほんま、今の暮らしは肩の力が抜けとる。

 朝は出勤して、店にある家具や家電をちょっと磨いて、回収したり分解して清掃したり、商品をお客さんに説明して……まあやることはいっぱいあるけども。

それでもリサイクルショップの仕事は思ってた以上に性に合ってる。

 もちろん力仕事もあるけど、前の職場みたいにノルマやら残業やらカスハラに追われることもあらへん。気楽でええ。家電も好きやしな。


 まぁ、ここに来れたんはなんだかんだで古田はんのおかげや。

同郷で、昔から顔見知り、何だかんだで腐れ縁や。

縁あって拾ってもろて、今はその店長と一緒に働いとる。見た目は小柄で人懐っこいタヌキ顔で不思議と人を安心させる空気があってな。あの人がおるから、俺も長続きしてるんやと思う。


 最近は、ちょっと気になるお客さんもできた。

若い兄ちゃんら3人組で、よく生活用品を買いに来る。

冷蔵庫やら鍋やら、下宿生みたいな買い物ばっかり。

普通の学生なら新品で揃えたがるやろに、わざわざうちに来てくれるんやから、ちょっと不思議やなぁと思っとる。金がないんやろうが…イマドキはちょいと珍しい。

元気そうやけど、どこか影があるというか……。

まあ、別に詮索はせぇへんけど、どんな生活してるんかと店員としては気になるんよな。


 ――そんなことを考えながら、今日も俺は店先で商品を磨いていた。


 磨いていたのはフロアランプのシェード。布でぐるぐると撫でて、ちょっと曇ってた部分がツルッと光を取り戻したときは、地味に気持ちいい。鼻歌が自然と出る。


 そのとき、奥の事務所から古田はんの声が聞こえた。電話やな。


「あー、ええ、はい……ほな今から引き取りに伺いますわ」


 ガチャリと受話器を置く音がして、古田はんが姿を現す。


「不破ぁ、ちょい行ってくるで。不用品回収や」

「はーい、気ぃつけて~」


 ひらひらと手を振り見送る。さて、どうせ戻ってきたら回収品の仕分けやら掃除やらせなあかんし、その準備でもしよか……と思ったら、タイミングよくまた電話のベルが鳴った。

 仕方なく受話器を取る。


「はい、リサイクルショップS駅前店、不破です」


 相手は別の支店の店長さん。


「あの、店長の古田さんいらっしゃいますか?」

「あー…すんまへん、さっき出てしもうててな。代わりに俺が承りますよ」


 一瞬、沈黙……受話器の向こうでため息が漏れる。


「……困ったな。ツクモ案件(ワケアリ)、なんですよ」


 ぴんと来た。心臓がずきんと鳴る。

 “ツクモ案件”――ウチでそう呼んでる代物。

長く使われすぎたせいか、持ち主の念が強すぎるのか、とにかくモノやのに“何か”が憑いとるやつ。

原因はバラバラやけど、そういうのをひっくるめてそう言うとる。


まぁ……ニンゲン自体も大概厄介なもんやしな。


「モノは?」

「オーブンレンジ一台です」

「……了解。そっちで抱え込んでもしゃあないやろ。こっちに持ってきてください」

「助かります。……十分後には着きますので」


 電話を切って、深々とため息をつく。


……ああ、またか。ほんまこの仕事、古田はん(祓える人)が店長やから成り立ってる部分あるよな。

俺は「なんかある」くらいならわかるけど未だに慣れへん。


 十分後。軽トラックが裏口に停まり、支店の店長さんが降りてきた。

 荷台から降ろされたのは、ピカピカのオーブンレンジ。正直新品にしか見えん。


「状態めっちゃええやないですか」

「そうなんですが……いろいろあって、回り回ってきたんです。タダでいいです」


 投げるように置いて、そそくさと帰っていく支店の店長さん。……え、あの人が逃げ腰って、どんだけヤバいんやこれ。


 正直嫌な予感しかしない……俺は恐る恐る近づいてレンジの扉を開けた。

 ――ぞわっ、と空気が冷える。


 庫内の奥、排気口のあたりに、異様に長い女の髪の毛がびっしり絡みついていた。


「うわっ、な、なんやこれ……! うぇぇ気持ちわっる!」


 背筋が総立ちになった。ガワは新品に見えるのに、中だけどう見ても異常や。あまりの気持ち悪さに胃の奥が冷たくなる。


 そのとき、裏口がガラリと開いた。古田はんがちょうど回収から戻ってきたとこやった。


「おー、不破。なんや、ええの来とるやん」

「ちょぉ!ええもんちゃいますよ、これ。ツクモ案件ですわ!」


 事情を早口で説明すると、古田はんはレンジをちらっと見ただけで言う。


「あー、こら結構な怨念こもっとるな」

「……見ただけでわかるん?」

「おう、簡単や」


 そう言ってポケットから小袋を取り出し、レンジの上にパラパラと塩をまいた。


「居ね」


 ――直後。


「ぎゃあああああああっ――!!!」


 女の断末魔のような悲鳴が、スピーカー全開みたいな大音量で響き渡った。

 俺は飛び上がり、尻もちをつきそうになりながら叫ぶ。


「うわああああっ!? な、なんや今の!? スピーカー仕込んでたんか!? 特殊効果やろ!?」


 全身震えっぱなしの俺を横目に、古田はんはレンジの扉をパタンと閉じ、涼しい顔で布巾を取り出した。


「はい、これで終わり。ツクモ落ち」


 ……あんたな、サラッと片付けすぎやろ。

 こっちは心臓止まるかと思ったんやぞ……!


「これって……結局なんやったんです?」


 恐る恐る聞くと、古田はんは顎をさすりながらレンジをじろりと見た。


「ぱっと見やけどな……若い女の怨念やな。どうせ、不倫やら心中やら、まぁろくでもない類いやろ」


 はぁぁ、と深いため息をつく古田はん。


「別にこれ自体が直接、誰かをどうにかしたわけやない。……せやけど、強い怨念にあてられて取り憑かれた。そういう扱いやな」

「取り憑かれた、て……。レンジが?」

「せや」


 サラッと言うもんやから、余計怖い。


「まあ、凶器とか、肌身離さず持ってたアクセサリーとかやと、こんなもんや済まん。こっちはまだ全然軽いほうや」

「……軽いんか、これで」


 俺の心臓はまだドクドク言ってるんやけど。


「生霊っちゅう感じでもないな。……ただ、だいぶ湿った怨念や。ジメジメしとる。とりあえず、よく乾燥させてから動作確認しとき」

「乾燥させるって、洗濯もんみたいに言わんといてくださいや……」


 思わずツッコむ俺を無視して、古田はんはもう事務所に戻る準備をしている。


「モノに罪はない。せやから店に出すで。……まあ事故扱いや、中古でも安めにしといたらええやろ。ほな、さっき回収してきた品と一緒に掃除よろしくな」


 言うだけ言って、事務仕事へスタスタ戻っていった。

 ……あの人、ほんま肝座っとるわ。

 まあ、気持ち悪かったのは事実やけど、今は別に何ともないし。俺も切り替えて、レンジを分解掃除することにした。

 外装を拭いて、庫内も洗剤で磨いて、乾燥を念入りに。


 「はい、ツヤピカ!」


 テッテレーとエフェクトが出そうな発言に自分で言って少し笑ってしまう。仕事ってのは結局こうやって形に残るのが気持ちええんや。

 掃除した商品をフロアに並べ、ようやく一息ついてレジに座ったところで――


「こんにちはー」


 自動ドアが開き、見覚えのある若い兄ちゃんが入ってきた。

 さっき言ってた気になる常連のひとり、流星くんや。


「おっ、いらっしゃい。今日も来てくれてんなあ」

「どうも。不破さん」


 なんか、ちょっと照れくさそうに頭を下げる。


「今日はレンジを探してて。……でも、オーブン付きのって高いんすよね」


 おお、ナイスタイミング。さっき掃除したばっかりのがあるやん。


「オーブンレンジ探しとるんか? 実はな、ええ商品が、ついさっき入ったんよ」

「え、マジっすか!?」


 目を輝かせる流星くん。

……あ、あかん。それは中から髪の毛ぼうぼう出てたレンジやった……けど。


言うべきか、まぁ、言わんでもええか!


「見た目は新品同然。オーブンもバッチリ。しかも安めにしといたるで」

「うおお、助かります……! でも、なんでそんな安いんです?」

「……まあ、事故物件みたいなもんやな」

「え?」

「気にせんでええ。ちゃんと掃除して、ピッカピカやから」

 

にこーっと笑ってレンジを示す俺。

 流星くんは一瞬きょとんとしたあと、


「うーん……まあ、不破さんが言うなら信用しますよ!」


と笑ってくれた。


 ……ごめんなぁ。まさか“ツクモ案件”(ワケアリ)やとは思てへんやろな。

ちゃんと処置はしたし、まあ……物に罪はないんや。俺も古田さんもそう言うてる!


大丈夫、大丈夫……多分な!ははは!


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