Episode 3: ここ…知ってる場所だ!
「悪いが、そのことについて詳しく聞かせてもらえるか?」
角の男――の渋い声が、古びたアパートの室内に響いた。
全員の視線が、一斉に俺に集まる。
(うっ、プレッシャーが……)
でも確かに、俺はここを知っている。
「えっと……俺、前にヒーローショーのバイトをしてたんだ」
ゆっくりと口を開く。
「大学に入ったばかりの頃でさ。
母子家庭で金がなくて、学業の合間に割のいいバイトを探してたんだ。
ヒーローショーの悪役……着ぐるみはキツかったけど、結構稼げた」
……今にして思えば、あのバイト先も総帥が裏で関わってた組織の一部だった。
誰も口を挟まず、静かに聞いてくれている。
ありがたいけど、ちょっと気まずい……せめて相槌でも打ってくれよ。
「あー、それで……そのとき、首都圏近郊のK県に応援に駆り出されたことがあって。
そこで、ショーのスタッフが一時的に使ってた休憩所が――このアパートにそっくりだったんだ」
「そっくり……?」
仮面の男――が眉をひそめる。
声はまだ少し刺々しいが、先ほどより落ち着いている。
「コンクリの壁にヒビが入ってて、木の床がギシギシ軋む感じとか。
窓から見える景色も……なんか見覚えがあって」
そう言って、俺は窓に近づいた。
曇ったガラス越しに外を覗く。
……やっぱり、間違いない。
「ここだ。K県のあのアパートに間違いない」
「K県……?」
角の男が腕を組んだまま、低く呟く。
敦史も窓際に来て、外を眺めたが――すぐに顔をしかめた。
「確かに普通の住宅地だけどさ。
こんなボロアパートに閉じ込められてるって、どういう状況だよ」
「……」
触手の怪人――は何も言わず、じっと外を見ていた。
無言なのが、逆に不気味だ。
「それに……ふぁ、ハックション!」
俺のくしゃみが、静けさを破る。
「寒いな……この部屋、妙に冷えてないか?」
全員が気づいたように、身を縮める。
たしかに、ここは異様なほど寒い。
体の芯から冷えるような、冬の空気だ。
(……俺、ポッドに入ったの6月だったよな?
こんなに寒いってことは、かなり時間が経ってる?)
「季節が変わってる、ってことか?」
角の男が冷静に言ったが、その声にもかすかに緊張が混じっていた。
「ふざけんなよ! 冬かよ、これ! 凍えるなんて聞いてねぇぞ!」
仮面の男が突然声を荒げた。
「……サムイ」
触手の怪人が、低く呟いた。
あの巨体の触手が縮こまっている。
植物の見た目をしているからか意外と寒さに弱いらしい。
「仕方ない……再変身するか。
怪人スーツなら多少はマシだろ」
角の男の提案に、俺と仮面の男が頷く。
触手の怪人はそのまま、赤い目で静かにこちらを見つめている。
(あいつは変身してないままで寒さをしのげてるのか?)
俺は目を閉じて変身を起動させた。
スーツが再展開され、体を覆うと、冷気が和らいでいく。
「……確かに、こっちのほうがマシだな。手がかりを探そう」
そのとき――
「……?」
触手の怪人がゆっくりと床の隅に移動し、触手で何かを拾い上げた。
封筒。
それを、こちらに差し出してくる。
赤い目が、じっと俺を見ている。
(なぜ、俺に?)
俺はおそるおそるそれを受け取った。
封筒の表には、手書きの文字があった。
――遺書
「……え?」
思わず声が漏れる。
「遺書……!?」
俺が叫ぶと、角の男が眉をひそめ、敦史は驚いた表情で固まった。
「ふざけんなよ! 遺書って何だよ!? 誰のだよ!」
仮面の男が怒鳴った。
……俺も分からない。
けれど、状況があまりに合致している。
総帥がいない。ポッドが隠されていたこのボロアパート。
――まさか、これは……。
「……開けるか?」
角の男が、低く静かに言った。
全員が顔を見合わせたが、誰も動けなかった。
そのとき、ふと気づいた。
「……そういえばさ、俺たち、まだ名前も知らないよな」
俺の言葉に、みんなが一斉にハッとした。
(名前も知らないまま、こんな状況に巻き込まれてるって……)
「……修二だ」
角の男が短く名乗る。
その渋い声が、どこか落ち着きをくれる。
「俺は敦史だ! こんなときに自己紹介って、馬鹿じゃねーのか!」
敦史は苛立ちを隠さず、吐き捨てるように言った。
「……ナマエ?」
触手の怪人が、ぼそりと呟く。
無骨な見た目に似合わず、子供のような口調だ。
「……クロ」
短くそう言った。
(……クロ、か。見た目は全身緑なのに……)
「俺は……流星。よろしく、ってほどでもないけど」
場違いな自己紹介だけど、不思議と名前が分かったことで少し安心できた。
「で、遺書はどうするんだよ……!」
敦史が再び声を上げる。
頭の中はまだ整理できていない。
けれど、目の前の封筒が、何か重大な“終わり”を告げている気がして――
俺たちの間に、重い沈黙が落ちた。