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Episode 30: 年越しそばと夜中の初詣

「ねえねえ、なんでおそば、たべるの? クロ、おそばすきー。でも、なんでいまー?」


触手をパタパタさせながら首をかしげるクロに、俺は思わず笑ってしまった。


「年越しの夜には、“年越しそば”って言って、みんなおそばを食べるんだよ」


俺が言うと、敦史が続けた。


「そばって、細くて長いだろ? 

だから“長生きできますように”って意味もあるし、切れやすいから“ことしの嫌なことを断ち切る”って意味もあるんだってさ」


「ながいのに、ぷつんってなるの? へんなのー!」


クロはしばらく考えるように触手をくるくる回していたが、やがて笑顔になって叫んだ。


「クロ、ながいそば、たべて、げんきになるー!」


その声に、俺たちは思わず笑い合った。



年越しそばを食べ終えた居間は、ほんのり立ちのぼる湯気と、満ち足りた空気に包まれていた。

こたつの上には天ぷらの残りが並び、クロが「クロ、おいしかったー!」と触手をパタパタさせてご満悦だ。


「そばも白菜もうまかったな。月詩さんたちに感謝だな」


敦史が満足そうに言って、箸を置く。俺も深く頷いた。


「ふぅ……なんか、今年って、ほんと色々あったよな……」


ぽつりとつぶやくと、自然と部屋の空気が少し静かになった。


この年は激動の年だった。

手術を受けてポッドで寝ているうちに総帥が自爆して組織が崩壊してて……初めて仲間に会った。

そんな俺たちが動き始めた一年だった。


「そうだな。まさか、このアパートでこうして年越しできるなんて思ってなかったよ」



修二が紅茶のカップを手に、いつもの穏やかな声で言う。


「クロ、ともだちできた! うれしい!」


クロが目をキラキラさせて笑うと、敦史がにっこりして「俺もだよ」と頭を撫でた。


「PCもスマホも手に入ったし、少しずつだけど、前に進んでる感じはあるな。来年はもっと組織の再建を進めていきたい」


俺が言うと、全員が黙って頷いた。

この仲間と、こうして一年を振り返る時間がある。それだけで、心が少し軽くなる気がした。


「そういえばさ、初詣行かないか?」


修二がふと思いついたように言った。


「初詣?」


俺が聞き返すと、修二は「うん」と頷いた。


「朝ジョギングしてる時に見つけた神社があるんだ。

住宅街の中なんだけど、木々に囲まれてて落ち着いた場所なんだよ。

年越しのお参りに行ってみるのも、なかなかいいかもしれないって思ってさ」


「いいな、それ。クロも行きたいだろ?」


敦史が声をかけると、クロが「クロ、いくー!」と触手を元気に振り上げた。

俺たちは各自コートを羽織り、クロの入ったリュックを背負い、静まりかえった深夜の住宅地を歩き出した。



12月31日の夜、吐く息は白く、時折吹く風が頬に冷たい。

街灯の明かりがやわらかく足元を照らす中、俺たちは住宅地の細道を抜けていく。


やがて、木々に囲まれた小さな神社が姿を現した。

参道には提灯の灯りが点々と続き、控えめながらも神聖な空気が辺りを包んでいる。

そして、その奥には、年越しを迎えようとする多くの人々の姿があった。

家族連れやカップル、年配の夫婦に、部活のメンバーで年越しに集まったような学生たち。

焚き火の周りで手をあたためる子どもたちや、甘酒のふるまいを待つ行列もできていた。


「こんなに来てるんだな」


俺が小さくつぶやくと、修二が「この辺りじゃ地元の名所みたいだしな」と返す。

リュックの中でクロが、触手をそっと持ち上げて左右に揺らす。

その先端がきょろきょろと周囲を指すように動くのが、妙に生き生きして見えた。


「クロ、ひといっぱい……でも、きれい!」


リュックの中に身を潜めたまま、クロが小声で言った。

その声音に、初めて見る景色への驚きと、わくわくした気持ちが込められているのが伝わってきた。


「こういうの、いいな」


俺が言うと、敦史が「こういう“普通”の年越しっていうのも悪くないな」と笑った。

賑やかだけど、どこか落ち着いた空気。みんなが静かに年明けを待っている。

参道を歩いていると、クロが不思議そうに尋ねる。


「クロ、わからない、おまいりって、なにするの?」


「お参りってのはさ、神様に感謝したり、願い事をしたりするんだよ。手を合わせて、“今年もよろしくお願いします”って伝えるんだ」


敦史が優しく説明すると、クロは真剣な顔で頷いた。


「クロ、がんばる! ともだち、ふえるといいなー!」


「クロなら絶対増えるよ。俺たちも一緒に、頑張るからさ」


そう言うと、クロはにっこりと笑った。

その表情が、なんだかすごく眩しくて――俺の胸に、あたたかいものが広がった。

やがて、遠くの方から「ゴーン……」と除夜の鐘の音が響いてきた。


夜空の下、静かに重なるその音に、俺たちは思わず立ち止まる。


「……もうすぐ新しい年だな」


修二がぽつりと呟く。


「新しい年、か」


俺が空を見上げていると、クロも触手をぴょこんと上げて一緒に見上げた。

最後の鐘の音が鳴り響き、新年が幕を開ける。


「新年、明けましておめでとう!」


敦史が明るく言うと、クロが「クロ、あけましておめでとー!!」と全力で叫んだ。

俺と修二も笑い合いながら「おめでとう」と言葉を交わす。

ささやかだけど、確かに新しい年の始まりだった。

本殿に着くと、俺たちは並んで順番にお参りをした。

鈴を鳴らし、静かに手を合わせる。目を閉じて、願う。


「新年、俺たち四天王がもっと強くなって、総帥の意志をちゃんと継げますように」


隣から聞こえてきた小さな声が、心に響いた。


「クロ、ともだち、ふえるように……!」


その声に、思わず笑みがこぼれた。願いの形は違っても、きっと同じ気持ちだ。

参拝を終え、神社を出るころには空気がほんの少しやわらいでいた。

木々の間からこぼれる住宅街の明かりが、やけにきれいに見えた。


「今年は、もっと前に進もうな。組織再建、ちゃんと形にしていこう」


俺が言うと、


「だな。収入になるかは未確定だけど…動画編集も続けて、もっと発信できるようにしたい。

まだストック貯めてる実験段階だからさ。」


敦史が意気込み、


「焦らず、一歩ずつ進んでいこう」



修二が静かに頷く。


「クロも、がんばるー!」


クロが元気に触手を振る。

俺たちは肩を並べ、笑いながらアパートへの帰り道を歩き出した。

今年、四天王の新しい一年が、こうして始まった。


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