Episode 27: 最新資料(大場美津子視点)
キッチンに立つ大場美津子は、トーストにバターを塗りながら夫の湯のみを差し出した。
今朝の味噌汁はちょっと濃いめ、好みどおりに仕上がっている。
「ほらぁ、タイミングよくできたわよ~。
冷めないうちに食べてって!」
「ああ、悪いな。
今日も早いな、うちの奥さんは」
夫は新聞をたたみながら笑い、静かに箸を取った。
彼は定年間近の技術職、誠実で温厚な人だ。
――もちろん、彼は知らない。この朝食を作った手が、別の顔を持っていることを。
「行ってくるよ。
夕方は少し遅くなるかも」
「うん、気をつけてねぇ~!」
玄関でコートの襟を直してやりながら、みっちゃんは自然に微笑んだ。
それはごく普通の、どこにでもある夫婦の風景。
扉が閉まり、足音が遠ざかったのを確認すると――
彼女の表情が静かに切り替わる。
廊下の奥、小さな物置部屋。
その奥には、ごく普通の掃除道具が並ぶ棚がある。
彼女は棚の奥から小さな金属ケースを取り出し、そっと鍵を開けた。
中には、電子端末と封印付きの茶封筒。
差出人は《特機局・戦略諜報部》。
彼女の旧い職場、そして今も不定期で任務が届く“裏の職場”だ。
「……これが今朝届いた、最新の資料ってわけね」
読み慣れた文書の活字体が、静かな早朝の空気を切り裂いていく。
【極秘資料】
戦略諜報部・内部資料
件名:「四天王」実体化に関する予測報告書(第9改訂)
発行:特機局 脅威管理班(東部ブロック)
配布対象:統合分析チーム/現場工作員(レベルC以上)
◆概要
総帥自爆事件より約3ヶ月が経過。
彼が残した「四天王はいずれ現れる」という最期の言葉が、各部局に波紋を広げている。
以下に、現時点で政府が把握・想定している「四天王」の出現可能性をまとめる。
◆1. 出現形態の想定(複数パターン)
【A】都市部同時出現パターン(危険度:SS)
想定:四天王が首都圏・大都市を中心に一斉に現れる
目的:国家機能の麻痺、象徴的破壊
対応:都市監視ネットワーク/中央ヒーロー部隊強化済み
【B】地方分散型覚醒(危険度:S)
想定:冷凍保存・潜伏技術により、地方で個別に目覚めている可能性
特徴:潜伏期間中に市民に溶け込み、復興や偽装行動をとる可能性
対応:地方自治体と連携し、不自然な転入者・変動を監視中
【C】継承型再構築パターン(危険度:A)
想定:新たな“後継者”に四天王の技術・思想が引き継がれている
対象:SNS、動画配信などで「反正義的言動」を繰り返す者多数確認
対応:心理スコア・影響力評価に基づき上位20名を重点監視中
◆2. 想定人物像(イメージ共有)
要素
想定される特徴
年齢
20代後半〜40代
外見
戦闘訓練歴あり。身体改造・スーツ装備の可能性
性格傾向
高いカリスマ性/思想的忠誠心
居住地傾向
人目を避けた集合住宅や廃ビルに潜伏か
技術背景
超常能力or組織技術の継承
※注:これらは「総帥の思想に忠実な構成員」である場合の想定であり、
全ての候補がこの通りとは限らない。
◆3. 最新分析・危険度ランク
【観測事例A】T県での電子通信妨害(未確定)→調査継続中
【観測事例B】Y県での集団転入記録(複数の無職男性)→調査依頼中
【観測事例C】SNSでの「黒い影」動画拡散 →出所不明、工作可能性あり
◆現場注意事項
正体の判明は困難。戦闘力・対応力は予測不可能。
若年者・女性・高齢者の姿をしていても油断するな。
潜伏先で「生活のための偽装(就労・扶養など)」を行っている可能性あり。
◆特記事項:工作員への備考
「四天王」の実在は不明確だが、否定はできない。
彼らが“復讐者”か“守護者”かも、現段階では断定できない。
よって、早期の特定・接触・封じ込めが最重要任務となる。
「疑わしきは追跡せよ、ただし痕跡を残すな」
【最終備考】
“四天王”は実在するか否か未確認ながら、総帥最期の発言の影響は大きく、
現場判断による早期兆候の察知が強く推奨される。
潜伏先は都市・地方を問わず、正体を偽装した生活者として接触する可能性もある。
「ふぅ……」
読み終えた彼女はそっと端末を閉じ、封筒を元の箱に戻す。
彼女の表情には、緊張とも覚悟ともつかない影がさしていた。
「あの子たち、まさかね……。
でも……」
ふと、半月前に町内に越してきた若者たちの顔が浮かぶ。
少し幼く、でもどこか“芯”を持った目をしたあの少年たち。
まだ何も掴めていない。
だが、それがかえって気になる。
組織が出したプロファイル外の対象だったとしてもだ。
「……もう少し、観察が必要ね」
みっちゃんはゆっくりとカーテンを閉じた。
表の世界では“普通の主婦”として、今日も町内会の一員として動き出す。
だが、その裏で彼女は、
“国家最前線の監視者”
というもう一つの顔を、静かに呼び覚ましていた。




