表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/60

Episode 26:警戒

早朝、薄明るい住宅街の中――。


年末も近くなったある日、突然ボロアパートの近所にある放送スピーカーから、けたたましい爆音が鳴り響いた。

サイレンのような音が断続的に流れ、周囲の家々から人々が戸口を開けて外に出てくる。


「何の音だ?」


慌ててアパートの外に出た俺と修二は、音の方向を見やる。

廊下の奥、部屋の扉を少しだけ開けて敦史が顔を覗かせていた。

中にはクロもいて、怯えたように敦史の腕にしがみついている。


「……クロがびっくりしてる。

悪いけど、俺たちは中にいる、頼む」


敦史が低くそう言い、扉を閉めた。

かなりの大音量だったため、それを聞きつけた近所の住民たちが続々と顔を出す。

その中に、みっちゃん――近所に住むオバチャンの姿もあった。

みっちゃんは慌てた様子で、スピーカーの付近から小走りで戻ってくる。


「ああ、びっくりしたわ。こんな朝っぱらから何事かと思ったわ」


肩をすくめて息を整えるみっちゃんに、俺は思わず声をかけた。


「……大場さん、おはようございます。今の音、なんだったんですか?」


「あ~ら!おはよう、流星くん。ほぉんと、朝からお互い災難だったわねぇ!」


みっちゃんは不安そうに首を振る。


「たまたま近くを通ったら、放送スピーカーが突然大音量で鳴り出して……慌てて止めようとしたんだけど、何が原因かさっぱりわからなくてね。

ンモゥ、こんなこと初めてよ~!」


「この放送設備って、普段からこんなに音が大きかったりするんですか?」


「いえいえ、全然よ。

普段は市内の放送や町内会の呼びかけくらいしか使わないものぉ。

…これは本当に異常よ~?」


みっちゃんは困ったようにため息をついた。


「まぁ、詳しいことは町内会長さんに相談してみるつもり。

老朽化とかなのかしらぁ…しばらく様子を見るしかないわねぇ」


俺と修二は無言で頷き、アパートに戻ることにした。




アパートに戻ると、俺たちはこたつに腰を下ろし、顔を見合わせて軽くため息をついた。

まだ、あの爆音が耳に残っている。


「なんだか妙な音だったな……」


修二が首をかしげながら言う。


「誰かの嫌がらせか、機械のトラブルかもな」


敦史がクロをそっと撫でながら、少し笑みを浮かべる。


「まあ、今のところは特に変わった様子もないし、気にしすぎるのもよくない」


俺は窓の外の静かな町並みを見ながら言った。


「でも、何か変だとは思うよ。こんな時に、こんな音がするなんてな」


クロが小さく触手を揺らしてつぶやく。


「クロ、こわいけど……なにかあるかも」


そんな空気が、少しだけ俺たちの間に漂っていた。










――それは、ほんの数十分前のことだった。


人影もまばらな早朝の住宅街。

近所の路地裏で、大場美津子(みっちゃん)が静かに物陰にしゃがみ込んでいた。

手にしているのは、買い物袋に偽装された小型の盗聴装置。

古びたアパートの近く、見通しの悪い塀の影を選び、設置の準備を進めていた。


「……このあたりなら、ちょうど居間の位置かしらね」


ひとりごとのように呟きながら、盗聴器を取り出す。

しかし、起動した瞬間――

ブツッ、と不快なノイズとともに、機器がまるで拒絶するように沈黙。

液晶にエラー表示が点滅し、信号が途切れた。


「なに……? 反応しない?」


その瞬間、すぐ近くの町内放送スピーカーから――


「ピィィィィーーーー!!!」


という爆音が、けたたましく鳴り響いた。


「っっ!!?」


あまりの音に、咄嗟に身を縮める。

スピーカーの音量が突如跳ね上がったような異常な状況に、近所の窓がぱたぱたと開き、あちこちで「何!?」「うるさい!」という声が上がり始めた。

そこへ――アパートの玄関が開き、寝ぼけた顔の流星と修二が顔を出した。

私は素早く盗聴器を袋に押し込み、何食わぬ顔で二人に近づく。


「いやあ、びっくりしたわねぇ。私も止めようとしたんだけど、原因がさっぱり分からなくて……まったく、朝からこれじゃあねぇ」


自然な笑顔で言いながら、スピーカーから離れつつ、そっとその場を離れていく。


しばらく歩いたあと人目のない電柱の陰に立ち止まり、小型端末を取り出して呟いた。


「盗聴器がまったく反応しなかった……これはどういうこと?」


端末のログを確認するが、妨害信号や位置情報の記録はなく、異常が発生した原因は特定できない。

スピーカーの爆音も、どこから制御がかかったのか分からない。

しかも、出てきた若者たちは、無防備でまるで何も知らないような反応だった。


「偶然……? いや、でも……」


私は小さく首を振り、深いため息をついた。


「何かがある。でも、まだ正体は見えない……」


そして、最後にもう一度、背後にそびえる古びたアパートを見上げた。


「……この辺り、普通じゃないわね。もう少し調べる必要がありそうね」


そう呟きながら、静かに路地裏へと消えていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ