Episode 20: メモの住所(前編)
クロが免許や身分証を見つけてくれたおかげで、ついに総帥のメモに書かれていた住所に向かう準備が整った。
12月中旬のボロアパートには、相変わらず隙間風が吹き込み、寒さが身にしみる。
こたつを囲んで、修二、敦史、クロと一緒に最終確認をしていた。
「クロ、すごかったな!
おかげでやっと行けるよ」
こたつの中から顔を出したクロが、嬉しそうにぴょこっと反応する。
「クロ、うれしい…!
がんばる!」
その無邪気な声に、自然と笑みがこぼれた。
敦史はパソコンの画面を見ながら、淡々とつぶやく。
「Googleマップで途中までは確認できたけど、山の奥だな。
まさに“ポツンと一軒家”って感じの場所だ」
「母ちゃんが好きで、テレビでよく見てたな…」
ふと思い出しながら言うと、「Y県ってぶどうが有名なんだろ? ついでに買って帰ろうかな」と冗談めかして付け加えた。
だが、修二が静かに首を振る。
「今はぶどうの時期じゃない。
それに、衛星写真で見ても建物の詳細はわからない。
念のため、警戒は怠るな」
「……ぶどうの時期、そこ突っ込むのかよ…!
いや、まあ、確かに、変な場所だったら面倒だしな」
敦史もぶっきらぼうに同意する。
修二の冷静さと敦史の実務的な視点には、いつも助けられている。
地図はコンビニでプリントし、ナビ付きのレンタカーも手配済みだった。
「ナビ付きの車、借りるの初めてだからちょっと緊張するな」
そうつぶやくと、修二が穏やかに答える。
「俺が運転するから安心しろ」
「おぅ、頼りにしてるよ」
本音だった。こうして4人で行動できることが、なんだか嬉しい。
翌朝、レンタカーで出発した。
修二が運転席、俺が助手席。
後部座席には敦史と、クロの入ったリュック。
安全のため、リュックは敦史の膝の上だ。
雲一つない冬空が広がっている。
Googleマップの表示通り、分岐点までは順調だった。
「天気もいいし、ドライブって悪くないな」
助手席から外を眺めながら言うと、敦史が皮肉っぽく返す。
「…まあ、道がまともなうちはな」
確かに。舗装路の間は快適だ。
リュックの中から、クロの声が聞こえてくる。
「クロ、おでかけ…うれしい!」
敦史がリュックを軽く叩いて、ぶっきらぼうに応じる。
「お前、いつも楽しそうだな。
まあ、静かにしてろよ」
素っ気ないけど、優しさを感じる。
だが、分岐点を過ぎると状況が変わった。
道は細くなり、ナビも途切れがち。
木の枝が車に擦れる音がして、不安がよぎる。
「本当にこの道で合ってるのか…?」
つぶやくと、修二が落ち着いた声で答える。
「地図と緯度経度を照らし合わせよう」
助手席から地図を確認しながら、修二の指示に従う。
だが、未舗装の道に入り、車体が大きく揺れ始めた。
「クロ、ガタガタ…こわい…!」
リュックの中のクロが怯えているのが分かる。
敦史がやや苛立ち気味に言いながらも、リュックにそっと手を置いた。
「ったく、大丈夫だよ。
ただ揺れてるだけだ」
その言葉に、クロが小さく返す。
「クロ、敦史…ありがとう…」
思わず後ろを振り返ると、敦史が「…何だよ」とそっぽを向いた。
照れ隠しだろう。
こういう時、敦史はちゃんと優しい。
しばらく進むと、道はさらに狭くなり、明らかに私道に見える。
敦史が判断するように言った。
「ここからは私道っぽいな。
誰かに聞かないとマズいかも」
その時、前方から地元ナンバーの白い軽トラックが近づいてきた。
停車すると、20代後半ほどの女性が降りてくる。
緑色に染めた髪、派手な化粧にアクセサリーが目を引くが、革ジャンと作業着の組み合わせがアンバランスだ。
たぶん仕事中なんだろうけど、全体的にパンクっぽい雰囲気が漂っていた。
「アンタたち、こんな山奥で何してるんだ? 不審者かと思った」
警戒した目でこちらを見る。
たしかに、知らない車がこんな場所にいれば不審者に見えるのも無理はない。
「実は、この住所を探していて…」
素直にメモを見せて伝えると、彼女は少し眉をひそめた。
「それ、うちのじいちゃんの家だよ」
驚く俺たちをさらに警戒するような目で見つめながら、彼女は続けた。
「じいちゃんの知り合いにしては若すぎるだろ…。
最近、闇バイトとか強盗も多いしさ…」
疑いを晴らすために、頭を回す。
総帥のことは説明できない。
咄嗟にこう答えた。
「亡くなった俺たちの祖父が、昔この辺に知り合いがいるって言ってて…。
その人を探してるんです」
できるだけ自然に話すと、彼女はしばらくメモを見て、俺たちを見て考え込んだ。
総帥が残した達筆すぎる文字――明らかに高齢者の筆跡だ。
「…まあ、確かにこの字は若造のものじゃないな。
裏表なさそうだし…案内してやるよ」
渋々といった様子で軽トラックに戻る。
その時、後部座席からクロの声が聞こえた。
「クロ、みどり…!
キラキラ…?」
緑の髪やアクセサリーに反応したらしい。
敦史が小さくため息をつきながら言った。
「髪の色だ。静かにしてろ」
「クロ、しずかに…する!」
一生懸命な声に、思わず笑みがこぼれた。
軽トラックのあとをついて、さらに山道を登っていく。
道はますます狭くなり、木々が車に覆いかぶさる。
ガタガタと車が揺れるたび、リュックの中からクロの不安そうな声が聞こえた。
「クロ、ガタガタ…こわい…!」
敦史がまたぶっきらぼうに応える。
「だから大丈夫だって。
もうすぐ着くから、我慢しろ」
「クロ、がまん…する…」
敦史の言葉に、クロも少し安心したようだった。
やがて、木々の間から建物が姿を現した。
古びた日本家屋と、その隣に建てられた新しい倉庫。
人が住んでいる気配はあるが、この山奥にこんな場所があること自体が異様に思える。
「…何の場所なんだ、ここ?」
思わずつぶやくと、修二が冷静に応じる。
「中に入る前に、周囲を確認しよう」
その時、軽トラックから女性が降りてきて言った。
「今、じいちゃん家にいるから、呼んできてやるよ」
目の前の建物を見つめながら、胸が高鳴る。
この先に、総帥の手がかりがあるのだろうか──。




