Episode 1: 状況、見えない!
「えっと……初めまして、ですよね?」
自分の声が、やけに反響した。
……俺の名前は、流星。
怪人化の手術を受けたはずだ。
それははっきり覚えている。
けど――この状況は聞いていない。
目の前には、見知らぬ三人。
角付きの大型アーマーを着た男。
仮面をつけた細身の男。
それに、無数の触手が蠢く……怪人。
全員、俺と同じく「怪人」の姿だった。
おそらく、俺と同時期に手術を受けた仲間……なんだろうか?
記憶を辿る。
俺は、母を亡くして途方に暮れていたとき、総帥に拾われた。
あの人は俺にとって、恩人だった。
でも、こんな状況は聞かされていない。
勇気を出して声をかけたのに、三人とも、こちらを一瞥しただけで無言。
……いや、この沈黙、かなりキツい。
(誰か、何か言ってくれよ……!)
「多分、お互い初対面だろ」
角の男が、渋い声で短く返してきた。
見た目はゴツいのに、落ち着いた口調だ。
意外と冷静なやつかもしれない。
だが、再び沈黙。空気が重い。
気まずさに耐えきれず、俺は周囲を見渡した。
狭い部屋。
金属製の壁はやたらピカピカで、どこかハイテクな雰囲気を醸している。
4つの大きなポッドが並び、低い機械音が響いていた。
壁のパネルはチカチカと明滅し、照明もやや薄暗い。
(そういえば……俺、このポッドに入ったんだった)
改造手術のあと、総帥の指示でポッドに入った記憶がある。
怪人としての力をなじませて安定させるため、しばらく眠る――そう聞いていた。
確か、時期は6月だったはず。
でも、今は何月なんだ?
それに、この部屋……まったく見覚えがない。
そんな不穏な空気を破って、若い男の声が響いた。
「ふざけた状況だな!」
仮面の男だった。毒々しい怪人スーツを着た、頭脳派っぽい見た目。
だが声には苛立ちが滲んでいる。
…まぁ、この状況じゃ無理もないか。
「落ち着け。状況が分からないんだ」
再び、角の男が落ち着いた声で返す。
……やっぱり頼りになりそうだな、この人。
「……ドコ?」
低くくぐもった声が、ポッドの方から漏れた。
触手の怪人が、静かにポッドを見つめている。
2メートル近い巨体、赤い目が光り、触手がぬるりと動いた。
(……こ、怖ぇ)
その威圧感に、つい目をそらしてしまった。
「知るか! 俺もポッドで目覚めたらここだったんだ! 総帥はどこだ!?」
仮面の男がこちらを睨みつけ、怒鳴った。
「総帥……?」
角の男が眉を寄せた。
その言葉に、俺もハッとした。
(そうだ、総帥がいない!)
俺たちを導いていた、あの総帥の姿がどこにもない。
あの人は、90を超えてなお鋭さを失わない、伝説の戦士だった。
「俺、6月にポッドに入った記憶しかない……ここ、知らない場所だ」
自分でも戸惑いながら言葉が漏れる。
眠っている間に、どれくらいの時間が経ったんだ?
移動された可能性だってある。
その時、仮面の男が苛立ちを爆発させた。
「そんな話はどうでもいい! どうなってるんだよ!」
「……ドコ?」
触手の怪人が、再び呟く。
赤い目がこちらに向くたびに、心臓が跳ねる。
「ちょっと、いいか」
角の男が一歩踏み出して、全員を見回した。
場を仕切ろうという空気をまとっている。
「総帥がいないのは確かだ。……それに、何かおかしい」
「おかしいって?」
「静かすぎる。俺たち以外に、誰の気配もない」
言われてみれば、確かにそうだ。
手術を受けたときは、研究員やら他の怪人たちでごった返していた。
基地ならもっと人の気配があって、研究員やモニターが稼働しているはずだ。
なのに、やけに静かすぎる。
「なんで、俺たち4人だけなんだ……?」
誰かが、そう呟いた。
正体も目的も分からない4人が、未知の空間に閉じ込められている。
「……一体どうしたんだ、総帥。
まさか……」
仮面の男の声が低く落ちる。
年齢を考えれば、あり得なくもない話だ。
その言葉に、背筋がぞわりとした。
「いや、もし総帥なら……何かヒントを残してるんじゃないか?」
角の男がそう言ったが、どこか自信なさげだった。
俺も、他の3人も、頭の中が全然整理できていない。
重苦しい沈黙が、部屋を満たしていく。
このピカピカの部屋。知らない仲間たち。消えた総帥。
――俺たちは、どうなってしまったんだ?
「……本当に、状況が分からない……!」
その言葉が、思わず口から漏れた。