Episode 12: 現状把握(修二視点)
「ちょっと思ったんだけどさ…やっぱ米が食べたいよ。
米! コメ! 日本人の魂だろ! ってことで、リサイクルショップで炊飯器を買いに行こうと思うんだ。」
流星が袋からシャンプーを取り出しながら、勢いよく宣言する。
どうやら今回も全員で動こうという空気だ。
食に関してはブレないやつだが、正直、俺も若干米が恋しい。
炊飯器は確かに必要だろう。
けど、この街に来てまだ日が浅い。
近所の店の場所すらよく分かってないし、公共施設や病院の位置も把握できていない。
スマホも地図アプリも使えない今、自分の足で覚えていくしかない。
それに、毎回全員で動くよりも、役割を分担した方が効率がいいはずだ。
「俺は別行動にする。街の施設を回って情報を集めてくるよ。」
「えっ、一緒に行かないのか?」
流星が眉をひそめて聞いてくる。
たしかに、ここ最近はずっと一緒に行動していた。
流星はにぎやかなのが好きなんだろう。
でも、今は少しでもこの街のことを把握しておきたい。
「お前は炊飯器を買いに行くだけだろ? その方が早いだろ。
俺は地図を頭に叩き込んでくる。」
「そういえば、アパートの中もまだちゃんと調べてないよな。
地下みたいに、他にも部屋があるかもしれないし、総帥の何かが残ってる可能性もあるだろ。」
敦史が思い出したように言い、クロも「クロ…ちょうさ…やる!」と触手をピンと伸ばす。
確かにそれも一理ある。
意外な発見があるかもしれないし、調査する価値はある。
――ということで、流星はリサイクルショップ、敦史とクロはアパートの捜索、そして俺は街の調査と、それぞれ行動を分けることになった。
「炊飯器だけでいいんだよな?」と念を押す流星に、 「無駄遣いすんなよ」と返す。
「炊飯器は生活の要だぞ!」という返事が、なぜか特撮ヒーローの決め台詞みたいで、思わず笑ってしまった。
俺はアパートを出て、市役所通りへと足を延ばす。
市役所、警察署、消防署、裁判所、ハローワーク、病院といった公共施設が整然と並んでいて、住宅街の雑多な雰囲気とはまた違う静けさが漂っている。
まずは市役所に立ち寄り、玄関口のラックで街の地図や施設案内のパンフレットを手に取る。
本当なら写真を撮って共有したいところだが、スマホがないのでそうもいかない。
今は記憶に頼るしかない。
あとで流星や敦史に情報を共有しよう。
パンフレットを確認しながら玄関を出たところで、背後から突然声をかけられた。
「おい、君! ちょっと待ってくれ!」
振り返ると、スーツ姿の小柄な男が汗をぬぐいながら駆け寄ってきた。
「ごめん、急に呼び止めて。
実は、東京から現場の許可を取りに来てるんだけど、急病で人手が足りなくてね。
君、体格もいいし、どうかな? バイトする気はない?」
状況がうまく飲み込めないまま、男は名刺を差し出す。
「ああ、ごめんね。僕はこういう者でね。
今回、急に人に休まれて本当に困っていて……。
もちろん手伝ってくれたら、日当はきちんと出すよ。」
名刺には確かに「岩岳興行・部長 高橋」とある。
がんがくこうぎょう?
どうやら岩盤や土木工事系の会社なんだろうか。
「現場で助かる」という言葉が耳に残る。
それに当面の生活費の問題もある。
必要なものをそろえているうちに、残った資金はどんどん減っていく。
リスクはあるが、詳細を聞いてからでも判断は遅くない。
「…検討します。
詳しく話を聞かせてもらえますか?
ただ……今、スマホを持っていないので連絡手段がないんです。」
「そうか、それなら明日、朝にまたここに来てくれればいい。
現場を一度見てから判断しても構わないよ。」
高橋と名乗った人は満足げにうなずいて去っていった。
名刺をポケットにしまいながら、手にしたパンフレットを見つめる。
再建も大事だが――この街での生活を安定させる。
それがまず最初にやるべきことだ。
夕方、アパートへ戻ると、建物の前に見慣れない50代後半の女性が立っていた。
やせ形で派手な花柄のエプロンを着ており、いかにも「近所の噂好き」という風貌だ。
「あ~らあなた! あそこのアパートの人?
最近誰も住んでなかったのに、いつの間に引っ越してきたのかしら?
この私が気づかないなんてっ!」
勢いよく話しかけてくる。
こういうタイプは正直苦手だ。
目立たないようにしていたのに、厄介な相手に目をつけられた。
女性は大場美津子と名乗り、そのまま質問攻めにしてくる。
「若い子があのアパートに住むなんて最近じゃ珍しいわよ!
まあ~家賃がべらぼうに安いって話だけど。
ところであなた、仕事は? どこから来たの?」
…情報を広められるのは避けたい。
流星や敦史はともかく、クロの存在を知られるわけにはいかない。
「ええと、越してきたのは数日前です。
業者を使わずに荷物は最小限で…」
なんとか話を濁そうとするが、相手の勢いは止まらない。
「そうなの? それで、あなたおいくつ?」
そこに、ちょうどリサイクルショップのトラックが到着した。
古田さんの運転で、流星が炊飯器とともに帰ってきたらしい。
荷台には炊飯器の他に食器セットと簡易テーブルまで載っている。
「ちょっと待て、簡易テーブルまで買ったのか?」
「せ、生活に必要だろ?」
確かに必要ではあるが、話が違う。
「炊飯器だけって言ったよな?」
俺が苦笑いしながら言うと、美津子さんが古田さんに気づいた。
「あらぁ! 古田ちゃん、久しぶりじゃないの! 最近どうしてるのォ?」
どうやら二人は顔見知りらしい。
美津子さんの興味が古田さんに移ったことで、こちらはなんとか難を逃れる。
「あ、まあ、それなりに元気でやってます。」
古田さんもどこか疲れた笑みで応じている。
どうやら、古田さんもあのタイプは苦手らしい。
そこへ、ちょうど5時のチャイムが響いた。
「あらァ! いっけない、もうこんな時間!?
急いで夕飯の支度しなきゃ!」
そう言って、美津子さんは慌ただしく去っていった。
まるで嵐のような人だった。
古田さんが小声で言う。
「あのオバチャン、みっちゃんには気をつけろよ。
根掘り葉掘り聞いてきて、勝手に話を盛って言いふらすんや。
昔な、ワイがここに住んでたときも、ちょっと彼女が来ただけで『古田が結婚するらしいで』って噂になったからな…。
ある意味、才能やで。」
流星と顔を見合わせる。
この街、油断できない。
それにクロの存在が知られたら、ただでは済まない。
今後しばらくは、警戒と行動に慎重さが求められるだろう。
家具を運びながら、俺は流星に釘を刺す。
「次は買いすぎないようにな」
頭の隅で、みっちゃんの甲高い声が、まだ反響しているような気がした。
その頃、大場美津子は自宅の薄暗い部屋で通信機を手にしていた。
「大場より報告。例の建物に10代の若者が居住。
ターゲットと異なるが、監視は継続。」
その目に宿る光は、噂好きのご近所オバチャンとはまったく別の、鋭利な冷たさを放っていた。




