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Episode 11: ドラッグストアで節約と絆を

昼前、俺たちはボロアパートの居間に集まり、こたつに入って昼食を取っていた。


今日のメニューは、俺が作ったサンドイッチ。

スーパーで買った安いパンに、冷蔵庫の残り物――サラダチキンとレタスを挟んだだけのシンプルなものだ。

炊飯器がないから、ご飯ものは作れない。

節約生活の中では、これが限界だ。食器洗い用の洗剤すらまだ買っておらず、仕方なく紙皿でしのいでいる。

ティッシュもふきんもないため、手が汚れれば水で洗うしかない。

総帥が遺した200万円。その貴重な資金を慎重に管理していかなければならない。

居間には、総帥の遺書が置かれていた。その存在が、節約生活の重圧を改めて感じさせてくる。


冷蔵庫の食材は、あと数日分。

家計簿をつけようにも、スマホはなく、ノートやペンすらこのアパートにはまだ揃っていない。

冬の寒さが身に染みる中で、貧乏暮らしの現実がひたひたと迫ってくる。

壁の修繕で隙間風はかなり減ったが、まだペンキの匂いがかすかに残っている。

色あせた畳やほこり臭い廊下は、このアパートの歴史そのものだ。


「クロ……おいしい……!」


サンドイッチに触手を伸ばして、レタスをちぎりながら食べているクロ。

その素直な喜びに、俺たちの表情も自然と和らいだ。


「パン、ちょっとパサついてるな。もっと具を詰めればよかった」


と不満げな敦史に、修二が真顔で返す。


「筋トレ後の食事なら、これで十分だ。シンプルなほうが栄養を吸収しやすい」


……さすがに、筋肉で味は変わらないと思う。


「そういえば、食器洗剤がない。

ゴミ袋もないし、ティッシュもトイレットペーパーも未購入だ。

トイレットペーパーなんて設置されていたのがもうすぐなくなる…

でもこのまま何でもすぐ近場でホイホイ買っていたら、すぐにお金が底を尽きる」


俺の言葉に、敦史が怪訝そうに尋ねる。


「え? 普通に買ってくるんじゃダメなのか? 何が違うんだ?」


ニートだった彼は、買い物の経験も少ないらしい。

どこも同じだと思っているのだろう。


「近所のスーパーも悪くはないけど、あそこは特に安いわけじゃない。

収入も何もない今……節約が俺たちの命綱だぞ。生活費がゼロになったら終わりなんだ」


そんな中、修二がふと思い出したように提案してきた。


「この前のランニング中に、家の近くにドラッグストアを何軒か見つけた。

同じようなチェーン店だけど、そこなら安いものも揃ってる。

無銘良品でトイレットペーパーを見たときは1ロール150円だったが、ドラッグストアなら12ロールで498円だった」


「それはいいな! そこで洗剤やふきんもまとめて買えば節約にもなる」


クロが目を輝かせて「…かいもの?」と小さく呟いた。

すると敦史が、珍しく提案をする。


「予算の節約って言っているときに悪いけどさ…ちょっと購入したいものがある。

掃除のときクロと話して思ったんだが、クロってどの程度の知識があるんだ?

絵を描かせてみたら面白いかもと思ってさ。

文房具があれば、クロの知能の目安にもなるかもしれない、そういう道具を買いたい

ドラックストアなら安いのか?」


いつもは無関心そうな敦史にしては意外な提案だった。


「あるとおもうぞ。

節約と教育、一石二鳥だな、いい采配だ」


俺が冗談っぽく返すと、すぐに「采配ってなんだよ!」とツッコミが入る。


「クロ…なにするの…?」


と不思議そうにするクロに、修二も頷いた。


「好奇心を試す価値はある。いいアイデアだ」


こうして、全員でドラッグストアに向かうことになった。


「今日は俺がクロのリュックを持つよ」


と敦史が申し出た。先日の修繕作業でクロと協力したことで、少し絆が生まれたらしい。


「気をつけろよ。動きが目立つとバレるぞ」


修二が釘を刺す。

クロのモゾモゾとした動きは、背負っていると意外と気になる。

敦史も「揺れると動くんだな。目立たないようにしないと」と小声で呟いていた。



到着したのは、有名チェーンのドラッグストア。

清潔で明るい店内には、生活用品がぎっしり並んでいる。


「ここ、思ったより安いな!来てよかった」


スーパーより安い商品も多く、カゴに必要な洗剤、トイレットペーパー、ティッシュ、ふきん、ゴミ袋などを次々と放り込む。


「この洗剤、匂い強すぎないか? クロにも優しいやつがいいよな」


棚を眺める敦史に、クロも興味津々にリュックの中で触手を動かしているようだ。


シャンプー棚の前では、修二が意外にも「このデザイン、悪くないな」と呟いていた。

どうやら派手な色合いが好みらしい。


文具コーナーに移動した敦史が、意気込みながら戻ってくる。


「これでクロの知能をテストする!」


手にしていたのはスケッチブックと12色の色鉛筆のセット。



食材コーナーには乾麺や加工品があるが、生鮮食品は少ない。


「ドラッグストアでは生活用品や加工品、スーパーでは生鮮品。

うまく使い分けた方が良さそうだな」


レジで「ポイントカードは?」と聞かれ、「今は持っていない」と答えると、キャンペーン中だからと勧められた。


「ポイントが貯まるなら地味にありがたいな」


ただし登録にメールアドレスが必要。スマホがない俺たちにはハードルが高い。


「今は仮登録でOKです。ポイントだけは貯まりますよ」


それなら、とカードだけ受け取り後で登録することに。

パンフを眺めていた敦史が呟いた。


「へぇ、ポイントってこういう仕組みなんだな」


「うまく使えば節約につながる。3倍デーとかもあるし、こまめにチェックすればお得なんだ」


修二も感心していた。


「流星はこういうの慣れてるんだな。俺もやったことはあるが、ここまで徹底していなかった」


その言葉でふと思い出す。

うちは家計が厳しかったから、こういう節約術は母から教わったんだ。


クロがリュックの中で色鉛筆を見て「…キレイ…!」と反応する。


「でも、店内では静かにな」


と修二が小声で注意すると、クロは素直に「クロ…シーッする…!」と笑った。

その言葉に、なんだか疲れも吹き飛ぶ。





ふと掲示板の張り紙が目に入った。


《キミのチカラが、世界を変える☆ 次世代ヒーロー、大募集!》


……不破さんが話していた、政府の募集。

あれ、本当にあったんだな。

デザインはやたらと若者向けにキラキラしていて、まるでアイドル候補生募集のポスターのようだ。

条件は「14歳以下」。内容は曖昧で、目的が不明瞭。


「これか…なんか嫌な感じがするな、子供がターゲットなんて」


近くで、店員と客が世間話をしているのが聞こえてきた。


「ねえ、見た? あの政府のポスター…ヒーローの募集ってやつ」

「うんうん。『未来を変える力を君に!』とか書いてあったよね~、なんかテレビの企画かと思ったよ」

「そうそう、私も最初CMかと思った~、あれ、何なんだろね?」

「最近ああいうの多くない? 若い子向けのやつ」


……まるで流行のキャンペーンか何かのような扱い。

その温度差が、逆に引っかかる。




アパートに戻り、買ったものをこたつの上に広げる。 ホコリ臭い廊下を抜けて六畳半の居間に集まるこの時間が、どこか心地いい。


「なあ、リュックが揺れるとクロがモゾモゾ動くんだけど……」


敦史が冷静に報告してくる。


「安定させるならクッションを入れる? それともリュックを買い替える?」


「ある程度の対策と、クロ自身に“揺れたら動かない”ように教えるのも必要だな」


修二が真面目に返す。


「クロ……がんばる……!」


ピシッと触手を上げるクロ。その様子に、思わず笑ってしまった。

敦史が色鉛筆とスケッチブックを渡す。


「何か描いてみろ。なんでもいい」


クロは嬉しそうに花や家、人を描き出す。 それはまるで、家族の肖像画のようだった。


「クロ……いえ……だいすき!」


その笑顔に、俺の心も温かくなる。


「名前も書いてみろ」


と言うと、クロはキョトンとしたまま固まる。


「クロ……なまえ……?」


どうやら文字自体を知らないらしい。


「そうか……簡単な文字から教えてみよう」


敦史が呟き、クロに対する新たな責任感がにじむ。

クロの学びを支えることが、仲間としての絆を深める一歩なんだと、俺も感じた。

壁にクロの絵を貼りながら、ふと思う。

こういう存在を守ること、それが“弱者を守れ”という遺書の意味なのかもしれない。


その気持ちを察したのか、修二がしみじみと言った。


「自由に暮らすなら、こういう日常が一番だな。派手な戦いより、こういう時間が大事だ」


「クロなら、守ってやってもいいよな……」


照れくさそうに呟く敦史。その言葉に、こたつの温もりが一層深まった気がした。




――不破さんの「政府が子供を集めてるらしい」という話は、最初はただの世間話だと思っていた。

けれど、あの奇妙なポスターを目にして以来――胸の奥に妙な引っかかりが残り続けている。

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