表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/63

Episode 10: ボロアパートを直せ!

ガラス張りの会議室に、巨大なモニターの青白い光が静かに灯っていた。


ここは、通称「正義本部」。

最新鋭の設備に囲まれた、税金によって建てられた巨大ビルだ。

どこもかしこもピカピカで、豪華。だが、同時に冷たく無機質で、人の温もりを感じない空間だった。


中央のベッドには、重傷を負ったヒーローたちが包帯まみれで横たわっている。

昏睡状態のまま、ただ呼吸を続けるだけの姿は、どこか痛々しい。


モニターの前で、スーツ姿の男たちがひそひそと声を潜める。


「チッ…総帥の自爆でヒーロー全員が戦闘不能だと?

くそ…これじゃしばらく使い物にならねえ。誰がこんな被害を想定できたよ…」


もう一人が鼻で笑い、皮肉交じりに返す。


「だが予算は湧いてくる。税金を引っ張ってくればどうとでもなる。」


会議室に漂うのは、金と権力の臭い。

正義の皮を被った、醜悪な思惑がうごめいていた――。



朝。

ボロアパートの居間で、こたつに潜りながら修二のサラダチキンをかじる。

一緒に昨晩の肉野菜炒めの残りも食べる。

塩気が薄いサラダチキンは、朝にはちょうどいい。

冷蔵庫の中には、数日分の食材がまだ残っていたが、節約しながら大事に使わないとな。

スマホなんかはまだ買えない。


現実は、相変わらず財布に厳しい。


個室には暖房がないため、俺たち4人はこたつと石油ヒーターのある居間で過ごしている。

しかし、壁の隙間から吹き込む冷風が、びゅうびゅうと容赦なく俺たちを襲う。


「この風、頭おかしくなりそうだな…」


敦史が不機嫌そうに言うと、修二は真顔で答える。


「今は耐えろ」


……いや、無理だろ、それ。


クロは「クロ……さむい……」と小さくなって震えている。


あまりの寒さに耐えきれず、勢いで声を上げた。


「このままだと全員風邪ひくぞ! ホームセンター行って、隙間を塞ぐ材料を買おう!」


理屈よりも寒さが勝った結果だった。

敦史が首をかしげる。


「……理論的には補修材が必要だろうが、具体的に何を買えばいいんだ?」


「重い材料なら筋トレになる。まあ、隙間風が亡くなるなら何でもいい」


と修二がなぜか楽しそうに笑う。

クロは「クロ…なおす…!」と目を輝かせ、触手をぴたぴたさせている。

その笑顔につられて、俺たちのテンションも自然と上がってきた。


「よし、次のミッションはホームセンターだ!」

「おう!」


全員で拳を突き上げた。

なんか、どこかの漫画で見たような決意のポーズだ。

ふと、視界の端に見える総帥の遺書。

あれから居間に置いてある。


「“弱者を守れ”か…。前に正義の連中も似たようなこと言ってたけど、あっちはどうも胡散臭いよな」


「正義なんてクソくらえだろ」


と敦史が吐き捨てた。

……まあ、今はその“正義”よりも、隙間風の方が大問題だ。


クロをリュックに隠して初の外出。

もちろん、誰にもバレてはいけない。


「クロ、外では喋っちゃダメだぞ。“シーッ”な」


「わかった…クロ、シーッする!」


触手で口元を抑えるクロのポーズは妙に可愛い。

でも、見た目は明らかに怪人だから、心臓に悪い。

警戒しながらホームセンターに到着。

中に入って驚いた。


「こたつ、3万!? 暖房器具も全部高っ!」


「やっぱあの時リサイクルショップで買って正解だったな…」


当時は土地勘もなかったけど、初手が不破さんで本当に良かった。

あの人たちには、改めて感謝したい。



資材コーナーに移動し、パテや断熱材の棚を眺めるが……

行けば何とかなるだろうという考えが甘かった。


「壁のヒビって、どうやって直すんだ? 全然わからん…」


棚に並ぶ道具はどれも見慣れないものばかりで、使い方も見当がつかない。


「断熱材ならグラスウールがコスパいいらしい。

熱伝導率的にも最適だって昔YouTubeで見た……けど、どうやって貼るんだ?」


どうやら敦史は知識はあるが実践がない。

しかも値段を見て、思わず叫ぶ。


「高ぇよ! しかも使い方わからないなら意味ないじゃん!」


そう言ったとき、見慣れた顔が視界の隅に映った。


「……不破さん?」


スプレーペンキや洗剤を次々とカゴに入れている。


「アカン…ネットで頼む暇なかったわ。

面倒やけど領収書も切っとかな…!」


「不破さん! こんなところで何してるんですか?」


声をかけると、にこやかに返された。


「お、流星やん! 店の備品が急に切れてしもて、今買い出し中なんよ。

ネットのほうが安いけど、緊急やからな~」


……やっぱり、商売人は細かい。

俺は壁の修繕について相談した。

不破さんはスマホを取り出し、すぐに検索してくれる。


「おー、あのアパートな。あれ多分、土壁か石膏ボードやろ?

パテでヒビ埋めて、大きな穴はセメントで補強、最後にペンキで仕上げたらバッチリやで」


「助かります!」


と感謝すると、修二がセメント袋を持ち上げながら笑った。


「運ぶだけで筋トレになるな」


……お前最近筋肉のことばっかりだな。


「おぉ~!若いってええなあ、パワーがあって!」


「……いや、ああいうこと言うのは修二だけで、俺たちは至って普通です」


笑い合いながら不破さんがふと思い出したように言った。


「そういや、最近政府が子供集めて何か始めるらしいで?

募集の張り紙とか見たことないか?」


「子供を……?」


「うん、なんか大きなプロジェクトっぽいけど、詳しくは知らん。

気になったら調べてみ、やたらキラキラしてて目立つからすぐにわかるで」


――その話、どこか引っかかったが、今は壁の隙間風をなんとかするほうが先だ。


必要な材料を購入。合計で約5千円。節約生活には痛い出費だ。


アパートに戻り、不破さんが調べてくれた手順を参考に、壁の修繕を開始。

パテでヒビを埋め、セメントで穴を補強。

そしてペンキを塗る。


「これで隙間風も減って、なんか“本部”っぽくなってきたな」


敦史は「セメントは6時間で固まるはず」と言うが、まだドロドロのまま。


「なんでだよ! 理論通りじゃねえのかよ!」


と焦る姿に、つい笑ってしまう。

黙々と作業を続ける修二。

その隣で、クロが触手を器用に使いながら楽しそうにパテを塗る。


「クロ……いえ……すき……!」


全員による一斉の修繕が終わり、たいていの壁の隙間は見事に埋まった。

まだペンキの匂いが残っているが、隙間風はほとんど感じなくなった。


「風こない……あったかい……!」


「まだボロいけど、まあ悪くねえな」


「これでひとまず、寒さ対策は完了だな」


「なんとか普通に生活できる家っぽくなってきたな。

次の買い出しは節約しながら計画的に行こうぜ」


「お前……なんか主婦っぽいな」


「やめろ! 俺はお前らのお母さんじゃねえ!」


笑いながら思う。

総帥が作りたかった組織って、きっとこういう――

仲間と笑い合える場所でもあったのかもしれない。


……でも。

さっき不破さんが言っていた、政府の子供募集の話――

あれだけは、なんだか妙に胸に引っかかっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ