Episode 10: ボロアパートを直せ!
ガラス張りの会議室に、巨大なモニターの青白い光が静かに灯っていた。
ここは、通称「正義本部」。
最新鋭の設備に囲まれた、税金によって建てられた巨大ビルだ。
どこもかしこもピカピカで、豪華。だが、同時に冷たく無機質で、人の温もりを感じない空間だった。
中央のベッドには、重傷を負ったヒーローたちが包帯まみれで横たわっている。
昏睡状態のまま、ただ呼吸を続けるだけの姿は、どこか痛々しい。
モニターの前で、スーツ姿の男たちがひそひそと声を潜める。
「チッ…総帥の自爆でヒーロー全員が戦闘不能だと?
くそ…これじゃしばらく使い物にならねえ。誰がこんな被害を想定できたよ…」
もう一人が鼻で笑い、皮肉交じりに返す。
「だが予算は湧いてくる。税金を引っ張ってくればどうとでもなる。」
会議室に漂うのは、金と権力の臭い。
正義の皮を被った、醜悪な思惑がうごめいていた――。
朝。
ボロアパートの居間で、こたつに潜りながら修二のサラダチキンをかじる。
一緒に昨晩の肉野菜炒めの残りも食べる。
塩気が薄いサラダチキンは、朝にはちょうどいい。
冷蔵庫の中には、数日分の食材がまだ残っていたが、節約しながら大事に使わないとな。
スマホなんかはまだ買えない。
現実は、相変わらず財布に厳しい。
個室には暖房がないため、俺たち4人はこたつと石油ヒーターのある居間で過ごしている。
しかし、壁の隙間から吹き込む冷風が、びゅうびゅうと容赦なく俺たちを襲う。
「この風、頭おかしくなりそうだな…」
敦史が不機嫌そうに言うと、修二は真顔で答える。
「今は耐えろ」
……いや、無理だろ、それ。
クロは「クロ……さむい……」と小さくなって震えている。
あまりの寒さに耐えきれず、勢いで声を上げた。
「このままだと全員風邪ひくぞ! ホームセンター行って、隙間を塞ぐ材料を買おう!」
理屈よりも寒さが勝った結果だった。
敦史が首をかしげる。
「……理論的には補修材が必要だろうが、具体的に何を買えばいいんだ?」
「重い材料なら筋トレになる。まあ、隙間風が亡くなるなら何でもいい」
と修二がなぜか楽しそうに笑う。
クロは「クロ…なおす…!」と目を輝かせ、触手をぴたぴたさせている。
その笑顔につられて、俺たちのテンションも自然と上がってきた。
「よし、次のミッションはホームセンターだ!」
「おう!」
全員で拳を突き上げた。
なんか、どこかの漫画で見たような決意のポーズだ。
ふと、視界の端に見える総帥の遺書。
あれから居間に置いてある。
「“弱者を守れ”か…。前に正義の連中も似たようなこと言ってたけど、あっちはどうも胡散臭いよな」
「正義なんてクソくらえだろ」
と敦史が吐き捨てた。
……まあ、今はその“正義”よりも、隙間風の方が大問題だ。
クロをリュックに隠して初の外出。
もちろん、誰にもバレてはいけない。
「クロ、外では喋っちゃダメだぞ。“シーッ”な」
「わかった…クロ、シーッする!」
触手で口元を抑えるクロのポーズは妙に可愛い。
でも、見た目は明らかに怪人だから、心臓に悪い。
警戒しながらホームセンターに到着。
中に入って驚いた。
「こたつ、3万!? 暖房器具も全部高っ!」
「やっぱあの時リサイクルショップで買って正解だったな…」
当時は土地勘もなかったけど、初手が不破さんで本当に良かった。
あの人たちには、改めて感謝したい。
資材コーナーに移動し、パテや断熱材の棚を眺めるが……
行けば何とかなるだろうという考えが甘かった。
「壁のヒビって、どうやって直すんだ? 全然わからん…」
棚に並ぶ道具はどれも見慣れないものばかりで、使い方も見当がつかない。
「断熱材ならグラスウールがコスパいいらしい。
熱伝導率的にも最適だって昔YouTubeで見た……けど、どうやって貼るんだ?」
どうやら敦史は知識はあるが実践がない。
しかも値段を見て、思わず叫ぶ。
「高ぇよ! しかも使い方わからないなら意味ないじゃん!」
そう言ったとき、見慣れた顔が視界の隅に映った。
「……不破さん?」
スプレーペンキや洗剤を次々とカゴに入れている。
「アカン…ネットで頼む暇なかったわ。
面倒やけど領収書も切っとかな…!」
「不破さん! こんなところで何してるんですか?」
声をかけると、にこやかに返された。
「お、流星やん! 店の備品が急に切れてしもて、今買い出し中なんよ。
ネットのほうが安いけど、緊急やからな~」
……やっぱり、商売人は細かい。
俺は壁の修繕について相談した。
不破さんはスマホを取り出し、すぐに検索してくれる。
「おー、あのアパートな。あれ多分、土壁か石膏ボードやろ?
パテでヒビ埋めて、大きな穴はセメントで補強、最後にペンキで仕上げたらバッチリやで」
「助かります!」
と感謝すると、修二がセメント袋を持ち上げながら笑った。
「運ぶだけで筋トレになるな」
……お前最近筋肉のことばっかりだな。
「おぉ~!若いってええなあ、パワーがあって!」
「……いや、ああいうこと言うのは修二だけで、俺たちは至って普通です」
笑い合いながら不破さんがふと思い出したように言った。
「そういや、最近政府が子供集めて何か始めるらしいで?
募集の張り紙とか見たことないか?」
「子供を……?」
「うん、なんか大きなプロジェクトっぽいけど、詳しくは知らん。
気になったら調べてみ、やたらキラキラしてて目立つからすぐにわかるで」
――その話、どこか引っかかったが、今は壁の隙間風をなんとかするほうが先だ。
必要な材料を購入。合計で約5千円。節約生活には痛い出費だ。
アパートに戻り、不破さんが調べてくれた手順を参考に、壁の修繕を開始。
パテでヒビを埋め、セメントで穴を補強。
そしてペンキを塗る。
「これで隙間風も減って、なんか“本部”っぽくなってきたな」
敦史は「セメントは6時間で固まるはず」と言うが、まだドロドロのまま。
「なんでだよ! 理論通りじゃねえのかよ!」
と焦る姿に、つい笑ってしまう。
黙々と作業を続ける修二。
その隣で、クロが触手を器用に使いながら楽しそうにパテを塗る。
「クロ……いえ……すき……!」
全員による一斉の修繕が終わり、たいていの壁の隙間は見事に埋まった。
まだペンキの匂いが残っているが、隙間風はほとんど感じなくなった。
「風こない……あったかい……!」
「まだボロいけど、まあ悪くねえな」
「これでひとまず、寒さ対策は完了だな」
「なんとか普通に生活できる家っぽくなってきたな。
次の買い出しは節約しながら計画的に行こうぜ」
「お前……なんか主婦っぽいな」
「やめろ! 俺はお前らのお母さんじゃねえ!」
笑いながら思う。
総帥が作りたかった組織って、きっとこういう――
仲間と笑い合える場所でもあったのかもしれない。
……でも。
さっき不破さんが言っていた、政府の子供募集の話――
あれだけは、なんだか妙に胸に引っかかっていた。




