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Episode 9: 食事当番?

昼過ぎ、俺たちのボロアパートにもついに冷蔵庫とこたつ、洗濯機…そしてダイニングテーブルが揃った。


汗を拭いながら居間に腰を下ろし、俺は思わず口にする。


「よし、これでだいぶ“生活”っぽくなってきたな。」


……だがすぐに気づく。

冷蔵庫の中は、空っぽだ。

当たり前だ、冷蔵庫“だけ”を買ったんだから。


「あー……そういえば、食い物が何もないな。」


修二が冷静に頷きながら言った。


「そうだな。寒さに気を取られていたが、朝から何も食べていないし、動きっぱなしだ……腹が減った。」


その言葉に、敦史もようやく重い腰を上げた。


「じゃあ、何か買いに行こうか。」


だがその時、クロがしょんぼりと触手を垂らしながらつぶやいた。


「クロ……また……るすばん……?」


……そうだった。

クロは怪人の姿のままでは、外に出られない。

さっきも荷物を運び込む時、不破さんや古田さんに見つからないよう、風呂場に隠れてもらっていた。

昨日から今日にかけて、ずっと“留守番ばかり”のクロ。ちょっと胸が痛む。


俺が「すぐ帰ってくるからな」と声をかけると、修二が「留守番、頼んだぞ」と優しく頷き、敦史はぶっきらぼうに「……まあ、すぐ戻るからな」と付け加えた。


「クロ……まつ……!」


クロは健気に答える。

やっぱり、毎回留守番ってのは可哀想だよな……。


とりあえず、俺たち三人はコンビニへ向かった。手早く、朝昼兼用の食料を調達するためだ。


「いらっしゃいませー!」


店に入ると、俺は棚の前で値札を見ながら眉をひそめた。


「……コンビニ、高いな。これ、頑張っても4人で2,000円は軽くいくだろ……。

家具や暖房で10万近く使ってるし、そろそろ節約しないとまずいぞ。」


すると敦史が、棚の商品を見ながらポツリと呟いた。


「コンビニって……こんな安っぽいものしか売ってないのか?」


……は?

何を言ってるんだこいつ? いや、コンビニなんてだいたいこんなもんだろ。


「いや、これが普通のコンビニ価格だって。」


「……そうなのか?」


内心、「どれだけ世間知らずなんだよ」と思ったが、口には出さなかった。

敦史ってたまにこういうズレたことを言う。


一方、修二はスイーツコーナーでプリンを手に取り、じっと見つめていた。


「これ、好きなんだ。」


と呟くが、すぐに続けた。


「……でも、運動するならスイーツは控えたほうがいいな。体脂肪とか、筋肉のバランスとか……。まあ、たまに食うくらいならメンタルにも良いか。」


アスリートかよ。


「たまにはいいだろ? 買いたきゃカゴに入れとけよ。」


軽く笑って言うと、修二は小さくうなずいてプリンをそっとカゴに入れた。


余計なものは極力買わずに済ませたが、それでも会計は2,000円近くになってしまった。

節約のためにも、さっさとアパートへ戻ることにした。


アパートに帰ると、俺はテーブルにコンビニ弁当を並べながら思った。

……やっぱ、自炊したほうが安上がりだよな。

容器のゴミも面倒くさいし、これを毎日やってたら、金もゴミも溜まるばっかりだ。


「今後、経費削減のためにも自炊に切り替えていかないか? 交代制で料理を作るとかさ。」


俺の提案に、修二が反応した。


「なるほどな。でも流星、お前は料理できるのか?」


「母子家庭で、母ちゃんが働いてたからさ。

負担をかけたくなくて、俺がよく家で飯作ってたんだよ。

肉じゃがとかカレーとか……味濃いめのが得意だけどな。」


懐かしい記憶に、少し胸が締めつけられる。

でも、すぐに気持ちを切り替えた。


修二も「俺も料理はできる。栄養バランス重視だがな」と続けたが、出てきたメニューが問題だった。


「基本はサラダチキンとゆで野菜。タンパク質と炭水化物のバランスが重要で……」


……淡白すぎる、アスリートの食事なのか?


「俺、味濃いのが好きだから、夜それはちょっとキツいな……。」


するとクロが小さな声で尋ねてきた。


「りょうりって……なぁに?」


「料理ってのはな、食材を切ったり焼いたりして、美味い飯にすることだ。……でもクロ、火は危ないからな。」


「クロ……りょうり……できない……」


しょんぼりするクロに、思わず慌てた。


違うんだ、仲間外れにしてるわけじゃないんだって!

そんな中、敦史が唐突に声を上げた。


「俺、食事当番だけは勘弁してくれ!」


「どうしたんだよ?」


普段は強気な敦史が、顔を赤らめて下を向く。


「昔さ……調理実習で油こぼして服にも引火してボヤ騒ぎになったんだよ。

その時に負ったやけどは特に大したことはなかったんだけどさ。

クラスでは笑われるし、消防車も出動、教師にも怒られて、親にも連絡されて……。

帰ってからも嫌って程叱られて、それが……結構トラウマでさ……。」


「……それは、だいぶキツかったな。」


修二も「無理しなくていい」と穏やかにフォローする。


強気な敦史の、意外な一面。

ちょっとだけ、こいつの過去が見えた気がした。


最終的に、食事当番は俺と修二。掃除当番はクロと敦史に決まった。


ただ、問題は食事の“担当日”。

1日交替制だと、修二の“淡白ごはん”(アスリート飯)が一日中出てくるリスクがある。

それは流石にキツい。


「健康には良さそうだけど、丸一日は……」


結局、俺たちはこう決めた。


「朝は修二、夜は俺、昼は交代制でいこう。」


修二が少し考え込んでから言った。


「夜に普通の料理を食べるなら、朝に運動すればいい。明日から朝マラソンするか。」


……ストイックすぎるだろ。


とは思ったが、俺には到底真似できない。


そのとき、ふと思い出した。

クロ、前に寒さでキャベツサイズに縮んでたよな。


「あの姿なら、リュックに入れて外に連れて行けるんじゃないか?」


「いいアイデアだな」と修二。


「クロ……小さくなれる! そと……いきたい……!」


目を輝かせるクロに、「じゃあ、ちょうどいいサイズのリュック、探してみような」と約束すると、全身で喜んでいた。


見た目はどう見ても怪人なのに、はしゃぎっぷりは完全に子ども。

……なんか癒されるな、こいつ。


その夕方。


「駅近くのスーパーに行こう。食材と掃除道具も揃えないと。」


「安く揃うはずだ」と修二も頷く。


掃除機の購入も考えたが、敦史が意外なことを言った。


「掃除機って電化製品だし、クロが扱うの危なくない? ほうきとちり取りでいいんじゃないか?」


「……それ、いいかもな。」


節約になるし、使い方も簡単だ。今の俺たちにはぴったりだろう。


今回もクロは留守番。


「クロ……まつ……!」


健気に手(というか触手)を振るクロに、「すぐ帰ってくるからな」と声をかけて、俺たちはスーパーへ向かった。


スーパーでは、野菜、肉、調味料、ほうき、ちり取り、紙の皿、そしてクロを入れられそうなリュックを購入。

戻ると、さっそくクロがほうきやちり取りに興味津々で触手を動かしていた。


誰も教えていないのに、触手で器用にホコリを絡め取り、隙間まで掃除している。


「お前、掃除うまいな。」


敦史が感心して声をかけた瞬間――


「……負けてられないな。俺だって掃除くらいできるぞ!」


と宣言し、クロも「クロ……まけない……!」と張り合っていた。


なんだこの掃除対決……。でも、なんか微笑ましい。


敦史がクロの頭をぽんっと軽く叩きながら笑う。


「お前、なかなかやるじゃん。」


それは、兄貴が弟を可愛がるような仕草だった。


その夜。

冷蔵庫に買ってきた食材を詰め込みながら、俺は言った。


「今夜から、ちゃんと自炊しような。」


「俺のサラダチキン、朝なら問題ないだろ。」


修二が“予告”してくる。


「夜は俺が味つけしっかりやるからな。リクエストあれば聞くぞ?」


「肉! 肉多めで頼む!」と敦史が即答し、


「クロ……にく……たべたい……!」と触手をパタパタさせるクロ。


お前ら、肉に食いつくの早すぎだろ。


結局、今夜のメニューは肉野菜炒めに決定。


「たべもの……たのしみ……!」


クロが目を輝かせて言う。

その笑顔を見ていたら、狭いボロアパートの居間が、なんだかほんのり温かく感じた。


……こんな生活も、悪くない。

俺たちの戦いは、まだまだ続く。

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