プロローグ:遺された約束
【旧『未経験四天王~』を改題】ボロアパートで節約に励む改造人間の四天王! 総帥の遺志を胸に、悪の組織復活を目指す…が、正義の影と貧乏に振り回されるコメディ+SF
二年前に一話だけ投稿した後いろいろな諸事情で全く書く事が出来ず、その後一切更新出来ていなかったのを改めてタイトルから修正し、一から描き直した作品です。
戦場の風は冷たい。血と硝煙の匂いが、どこまでも広がっていた。
折れた旗の下、俺は――悪の総帥は、ただ静かに立っていた。
齢九十を過ぎた今でも、かつての穏やかな笑みは、深い皺の奥にわずかに残っている。
けれど、瞳に映るのは遠い戦争の炎ばかりだ。
「正義か……かくも無情なものか」
掠れた声が、誰もいない荒野に消えていく。
白髪を束ねた長い髪が、風に流された。
俺の組織は、もう瓦解した。仲間たちは泥の中、命を落とした。
あれは五分五分の賭けだったが、正義の軍もまた血に塗れていた。
だが、勝敗は明らかだった。――そう、俺の夢はここで終わる。
目を閉じる。
学徒出陣の記憶が、胸を刺す。
本と詩を愛していたあの頃の俺は、ただの学生だった。未来を信じていた。
だが、戦争はそんな俺を引きずり出し、シベリアの凍土に閉じ込めた。
生きて帰ってきたとき、そこにあったのは変わり果てた故郷と、知らぬ他人の冷たい目。
世界は――俺を見捨てた。
あの日、俺の中で何かが静かに砕けた。
だが、それでも俺は諦めなかった。
……時間を少し巻き戻そう。
数刻前、本拠地が崩れゆく中、俺は遺書を綴っていた。
震える指で、一字ずつ、言葉を刻む。
かつて詩を綴ったこの手が、今は別れの言葉を綴っている。
――流星。
母を亡くしたお前の、あの純粋な笑顔。
あれは、俺が失った希望そのものだった。お前を救えたこと、それが俺の誇りだ。
――敦史。
あの生意気な口の奥に、隠していた傷。
俺は、それに気づいてやりたかった。家族に見放されたお前に、居場所を与えられたなら――俺の人生も、捨てたもんじゃない。
――修二。
施設を彷徨っていたお前が、俺を信じてくれた。
その静かな信頼が、どれほど俺の支えになったか。お前の力は、きっと新しい何かを生み出せる。
――そして、クロ。
小さな光。人間でないお前を、俺は心から愛していた。
父として守れなかったこと、それだけが、俺の罪だ。
この組織は、俺が見捨てられた世界への反抗だった。
流星のような希望、敦史のような傷、修二のような静かな力、そしてクロのような奇跡――
そういう存在を、俺は受け止めたかった。
だが、時間は無情だ。
彼らを眠らせた直後、医者の言葉が突き刺さる。
「余命三か月です」
彼らに本当のことを告げる時間すら、俺にはなかった。
「200万……はは、笑いものだな」
小さく笑いながら、封筒に遺書と札束を入れた。
ボロアパートと、わずかな金。
あの古い家は、あいつら四人が眠るポッドを隠す、最後の砦だった。
せめて、彼らが生き延びるための足がかりになれば――そう願った。
俺は目を開ける。もう、過去に浸るのはこれで最後だ。
ゆっくりと立ち上がり、華奢な体に折れた杖を支えにする。
血まみれの正義の将たちが、剣を構えてこちらを睨んでいる。
逃げ場など、最初からなかった。
「……流星、敦史、修二、クロ。俺の負けだ」
シベリアの凍土も、この世界の冷たさも、あいつらへの未練も――すべて胸に収める。
最後に浮かべた微笑みは、かつての“穏やかな紳士”のそれに、きっと少しだけ似ていた。
「だが……お前たちは、どうか自由に生きてくれ」
そう呟いたとき、初めて笑みが歪んだ。刃のように、鋭く。
「ふ……フハハハハッ、アッハハハ! 愚かな正義どもよ!」
俺の最後の高笑いが、戦場に響き渡った。
「悪を追い詰めたつもりか? 残念だったな!」
「この俺が滅びようとも、俺より遥かに強い“四天王”が残っている!」
「いずれ奴らが現れ、お前たちを絶望の底へ叩き落とすだろう!」
「束の間の平和など、せいぜい楽しむんだな――!」
そう叫び終えた瞬間、閃光が空を裂いた。
俺の体が光に包まれ、激しい爆発が戦場を飲み込んでいく。
炎と煙の中、正義の五人が吹き飛ばされ、血まみれで倒れ伏す。
「……四天王、だと?」
誰かが呟き、互いに顔を見合わせる。
倒したはずの組織の影――その残滓に、恐怖が広がっていく。
だが、誰も知らない。
あの言葉が、俺の最後の“ブラフ”だったことを。
――そして、ひと月後。
あの昭和のボロアパートの地下で、
眠っていた者たちが目を覚ます。
怪人の姿で、
200万と皮肉な“自由”を手にして――。
今回は気負い過ぎず、少しずつ書いていければと思っています。