第1話:ダンジョンに捨てられた赤子、錬金術で生存を開始
暗闇。冷たい空気。腐臭。
目を覚ました俺は、まずこの環境がどういうものかを把握しようとした。
——俺は……死んだはずだ。
前世の記憶はハッキリとある。
俺は地球で化学者だった。新しい触媒の研究中、薬品が暴走し、爆発事故に巻き込まれ——そこで意識を失った。
そして今、目の前に広がるのは、見たこともない洞窟。
壁には発光する苔が生えており、ぼんやりとした緑色の光が周囲を照らしている。
だが、それよりも問題なのは——俺の手足が異常に短いこと。
「……泣き声、出せるか?」
声を出そうとすると、奇妙な高い音が出た。
まるで赤ん坊のような——いや、赤ん坊そのものだった。
俺は驚愕しながらも、なんとか自分の状況を整理する。
これは……転生だ。
転生モノの小説なら読んだことがある。だが、まさか自分がその立場になるとは思っていなかった。
しかも、転生先がどう考えても安全な場所ではない。
周囲を見渡すと、骨が転がっている。人間のものか、動物のものかは分からないが、少なくともここが生存に適した環境ではないことは明白だった。
「……なんとかしないと、餓死するな」
通常の赤ん坊なら、泣いて親を求めるところだろう。
だが、幸運なことに俺はスキルを持っていた。
《万能錬金術》
【あらゆる物質を解析・分解・再構築する能力】
しかも、転生した瞬間から使える状態らしい。
ならば、やるべきことは一つ——生存のための資源確保だ。
俺は周囲に生えている発光苔に手を伸ばし、スキルを発動した。
《解析》——開始。
すると、脳内に苔の詳細情報が流れ込んでくる。
───
【名称】ルミナス・モス
【成分】魔素、栄養素(微量)、毒性なし
【特性】発光性あり。魔素を含み、長時間食すと微弱な魔力を得る可能性あり。
───
「食えるのか?」
毒性がないなら、まずはこれを食料にできる。
俺は手に取った苔を、口に入れた。
……うん、不味い。
いや、不味いどころか、土を食っているような味だ。
だが、これしかない以上、我慢するしかない。
問題は、このまま食べ続けても栄養不足で死ぬ可能性が高いこと。
「なら、加工するか」
俺はスキルを発動し、ルミナス・モスの栄養価を再構築した。
要するに、食べられる部分を凝縮し、栄養価を最大限まで高める。
《錬金生成》——万能栄養液を作成。
目の前に、淡い青色の液体が現れる。
これが、俺の生存を左右する第一の発明となった。
口に含むと、さっきの土のような味とは違い、かすかに甘みがある。
何より、飲んだ瞬間に体が温まる感覚があった。
「これなら……いける」
俺は転生してまだ数分だというのに、すでにダンジョンでの生存方法を確立しつつあった。
しかし、この世界は甘くない。
ズズッ……ズズズ……
遠くから、何かが這いずる音が聞こえる。
暗闇の奥から、巨大なスライムがこちらを見ていた。
直径1メートル以上の半透明な身体。その内部で、獲物を溶かす消化液が揺らめいている。
普通の赤ん坊なら、この時点で泣いて終わりだろう。
だが、俺には《万能錬金術》がある。
「なら、試してみるか……戦闘用ポーション」
俺は錬金術を発動し、近くに転がっていた骨を武器へと変換した。
《錬金生成》——毒骨の短剣を作成。
手のひらには、鋭く尖った骨の短剣が握られていた。
そこに、さらに毒を生成して塗布する。
「さて、俺の初めての戦闘だ」
赤ん坊の身体だが、既に動きは普通の人間レベルにまで強化されている。
俺は骨の短剣を構え、スライムへ向かって跳びかかった——。