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7:武侠、女剣士と立ち会う事

「……積もる話は追々にして、事の次第を聞かせてはくれないか?」


 菓子と茶が並べられた卓を皆で囲むと、紫炎はそう切り出した。

 同座した美蘭と玉英の表情が、僅かに固くなる。


「十日ばかり前に、お前の手の者が討たれたと聞いた。そのあたりを詳しく聞かせてほしい」

 重ねて紫炎が尋ねると、しばし瞑目した後に、美蘭は語り出した。



 後宮の変事を受けて、自ら乗り込んで事の次第を詳らかにしようというのは、美蘭の発案であった。

 武術をたしなむ美蘭にとって、女侠たちが鎬を削る後宮は、ある意味で憧れだったのである。

 とはいえ、美蘭一人で後宮に飛び込むわけにもいかない。兄や徐栄らと討議した結果、かねてより周家で美蘭の身の回りの世話をしていた家中の者たちを引き連れ、入内することとなった。

 そんな家中の者たちの中で、とりわけ武術に長けた女人が二人いた。


 一人は、今ここに座す孫玉英。

 そしてもう一人の名が、孫照玉。

 二人とも、美蘭が都にやってきて以来の朋輩である。


(孫……?)

 紫炎はその姓にひっかりを感じて玉英を見る。その視線に気づいた玉英は、やや声を震わせながら、告げた。

「……照玉は、我が妹だ」


 美蘭たちの調査は遅々として進まなかった。

 後宮に居するのは、先帝の実母・太皇太后と先帝の姪にあたる祥薫女、先帝の道児・穏江とその母にして皇后であった麗晶夫人。そして、第二夫人の爽玉に、第三夫人の妙蓮。


 これらの貴人それぞれが、多数の警護役の女官を抱えており、互いに反目しあっている。

 いずれが敵か分からぬ中で、美蘭たちさえも外からの刺客と疑うものまでいる始末。

 この一月程、美蘭たちは徒労を重ねるばかりであった。


 そんな折のことであった。

「少し、確かめたいことがある」

 そう告げて、夜の見回りを兼ねて探索に出た照玉が、翌朝変わり果てた姿で発見された。

 臓腑と背骨を砕かれて、鉤針のようにねじれた姿で、木に吊るされていたのだ。


 ぎり、と玉英が歯噛みする。

(なるほど、玉英の尖った態度、これが一因か)

 肉親を失った玉の心中を察し、紫炎はわずかに瞼を伏せる。


「照玉が倒れていたのは、中庭。夜中のうちに殺められたようだけれど、正直なところ、手掛かりはないわ」

 花のような顔を曇らせながら話す美蘭に、紫炎は更に問う。


「照玉殿の屍は、今何処?」

「まだ、殯の最中よ。棺は、後宮の西側の霊安所に」

「……ならば、見聞させていただきたい」

 その言葉に、玉英は立ち上がり、激昂した。


「貴様、妹を辱める気か!」

 玉英を剣の柄に手を伸ばし、抜き打ちの気配を漂わせる。見かねた美蘭の声が飛んだ。

「おやめなさい、玉英!」


「いいえ、止めませぬ! 例え美蘭様の兄弟子といえど、勘弁ならぬ! そもそも、陰陽変じた男など、去勢された馬に同じ! 功夫を無くした武術家が、何の役に立ちましょうか!」


 玉英の罵倒に、紫炎は落ち着き払った様子で応じる。

「ならば試してみるか?」

「紫炎兄様!?」


 とかく武術に関してだけは、紫炎といえども退く気はない。

 美蘭の制止はもはや届かず、かくして両名立ち会うこととなった。


 立ち合いの場は、美蘭たちの居住する玄嶺宮の練武場である。

「後宮内に、斯様な場所があるとはな」

 紫炎は思わず独り言ちる。

 練武場には、習練に用いる木人や調具のみならず、壁には槍の類まで並んでいて、徐栄の屋敷の練武場より、見事であった。


「好きな得物をとれ」

 紫炎に向かってそう言いながら、玉英は壁にかかっている木剣をとる。

「結構。無手にて、仕る」

 紫炎はそう告げて、半身に開いて構える。


「……では、参る。骨の数本は、覚悟しろ、生成女!」

 獰猛な言葉と共に、玉英は打ちかかった。


(早い!)

 玉英の剣速は、紫炎の想像以上であった。木剣にも関わらず、紫炎の髪が幾条か、切り落とされる。

(だが……)

 剣先に、あまりに感情が乗り過ぎていた。だからこそ、紫炎には読み易い。


 続く払い、突き、また払いと、玉の連撃は悉く宙を切るばかりでかすりもしない。

「!?」

 それだけではない。紫炎は剣をかわしつつ、間合いの中へ更に足を踏み入れてくる。

「ちっ!」

 間合いを保とうと玉英は後ろに跳ぶが、張り付いたように紫炎はついてくる。

 必殺の間合いから更に内側へと入られて、玉英に焦りが生じる。その利那、紫炎が告げた。

「では、次はこちらから」

 言葉と共に、玉英の剣握る手に痛みが走った。


 甲を、強かに打たれたのだ。剣を取り落とさぬよう、何とかこらえて反撃する。

「がっ!?」

 しかし玉英が剣を突いた瞬間、打たれた肘に痛みが走り、今度は剣を取り落としてしまう。そして体勢が崩れたところを、するりと足が払われた。

 世界が回り、痛みと衝撃が玉英の背を打つ。


 気が付けば、玉英は天井を見上げて大の字に転がされていた。

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