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6:武侠、美姫と再会する事

 紫炎が頭を下げている間に、宦官たちが去り、しばらくして一人の女官が現れた。

「立て、楊紫炎」


 男装し、帯剣した黒髪の女官は、紫炎を睨みつける。

「私は、孫玉英。そなたの指導役を務める。さあ、公主様にお目通りする、ついてこい」

 ただそれだけ告げると、くるりと背を向けて大股で歩き出したので、紫炎はその後を追いかける。


 そして紫炎は、玉英に先導されるまま、大きな回廊を抜けて建物の外に出た。

(まるで小さな街だな)


 後宮内に並ぶ壮麗な宮の連なりと、行き交う女官たちの姿を見て、紫炎はそんな感慨を覚える。

(あれは、薬局……鍼灸院か?)

 鼻につく薬や藺草の匂いをかぎ取って、興味深げにきょろきょろとあたりを見合わす紫炎。その様子を、玉英はじろりとにらむ。

「現在、後宮内は慌しい。物見遊山している暇はないぞ」


 そのままずんずんと進む玉英の背を再び追いかけつつ、紫炎は心の中で首をかしげる。

(はて。この女官、何故こんなに当たりが強いのだ?)


 考えても、もちろん答えは出ない。

 やがて、玉英に案内され、一つの宮の中へと入っていく。


 活気の溢れていた他の宮と違い、ここだけはやけに静かだ。

 ちらりと辺りへ視線を向けると、うっすら積もった埃に紫炎は気づく。

(……掃除が行き届いていない。単純に女官の数が少ないのか?)


 そして、とある部屋の前で、玉英の足が止まる。

「美蘭様、件の者をお連れしました」

 そう声をかけて、玉英は扉を開く。


 部屋の中央の置かれた衝立の向こう側に、座した貴人の姿がわずかに垣間見えた。

 紫炎は、首を垂れたまましずしずと歩み出る。衝立を回って部屋の中央に歩み出ると、貴人に向かって膝をつき、口上を述べる。


「本日より、公主様のお傍にて警護を仰せつかりました、楊紫炎と申します」

 わずかな沈黙の後、貴人の声が届く。

「公主・周美蘭よ。顔を上げなさい」

 紫炎は言われるがまま、顔を上げ、貴人の顔を見た。


 そこにいたのは、美しい娘であった。髪を結い上げ、化粧をし、華麗な衣を纏った美姫。

 幼き頃に、紫炎を兄と慕ってくれたあの悪童めいた女児の姿とは程遠い。


(……ああ、でも、確かに美蘭だ)

 紫炎を見つめるその眼。爛と輝くようなその眼だけは、昔のままだった。


 懐かしさに、涙ぐみそうになりながら、紫炎はしばし美蘭を見つめる。

「………」

 唐突に、美蘭が、傍の侍従たちに何か合図を出す。それを受けて、玉英たちは開け放たれていた戸や窓を、一斉に閉めた。


 人目を憚り、薄暗くなった室内で、美蘭は俯く。

「う……」

 苦悶にも似た呼きが、美姫の口から洩れる。


 何かの異変かと、紫炎がわずかに腰を上げた瞬間、美蘭は爆笑した。


「うははははっ! あ、あの兄弟子が! 紫炎兄様がほんとに女になってる! あはははは! 嘘でしょ、わけわかんない!」


 紫炎を指差し、げらげらと笑い転げる。

「あははははっ! しかもやけに美人だし! あの紫炎兄様なのに! 駄目、おなか痛い!」

 その有様に暫く唖然とした後、紫炎はようやく事態が呑み込めてきた。


(あー、中身は昔の美蘭のままだわ、これ)

 昔から、笑い上戸だったな、と呆れながらに思い出す。



 ようやく笑いが収まると、美蘭は立ち上がって紫炎の傍にやってきた。

「ひー、苦しい。口角つりそう。ね、立って、紫炎兄様」

「う、うん?」

 言われるがまま立ち上がった紫炎。その胸を、美蘭は無遠慮に揉みしだく。


「な!?」

「うわ、結構なモノで。下はどうなってるの?」

 そして美蘭は、紫炎の服の裾をまくり上げた。


「な、なにをするかー!」

「ぬぎゃっ!」

 思わず振るわれた、紫炎の拳骨。頭頂部を叩かれ、美蘭は悶絶して蹲る。



「き、貴様! 美蘭様に何たる狼籍を!」

 それを見た玉英が、怒りを発して剣を抜き放った。


「いや、今のはこいつが悪いだろ!?」

「美蘭様をこいつだと!?許せん!」

 じりじりと間合いをつめる玉英に、紫炎はじりじりと後退る。

「ま、待って玉英!兄様の言う通り、今の私が悪いから!剣を収めて!」

 頭をさすりながら立ち上がった美園が、二人の間に割って入る。


「しかし、美蘭様……」

「お願い、玉英」

 主のお願いに、玉はしぶしぶとを収める。だが、険のこもった視線は、変わらず紫炎を捉えている。


 紫炎は、大きくため息をついた

「はぁ……見た目は変わっても、中身は変わっておらんな。十年ぶりだな、周美蘭」

 美蘭はふくれながら応じる。

「それはお互い様でしょう、紫炎兄様。いや、今は紫炎姉様、かしら?」

 ぶっ、と思わず紫炎が吹きだす。

 その顔に、美蘭もまた相好を崩す。


 二人は、しばし朗らかに笑いあった。

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