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4:武侠、女身を得る事

 泥眼道士から渡された秘薬とやらを飲んで昏倒し、紫炎が目を覚ますと、見知らぬ部屋の寝台の上であった。

 目覚めた紫炎は自分の体をしげしげと眺める。


(……ない)


 服の裾をめくり、何やら空虚な股座を見つめる。


(……ある)


 胸元をはだけて、脂肪でできた双丘を見つめる。


 まぎれもなく、女体であった。


 室内を見渡せば、珍しい玻璃の鏡が置いてある。

 覗き見ると、そこには見知らぬ赤毛の女がいた。どことなく、目つきは紫炎に似ているが、もっと柔和で美人だ。

「これが、俺か……?」

 思わずつぶやくと、鏡の中の美人も同じく口を動かす。


(どうやら、これが今の俺の顔らしい……)

 しげしげと眺めた後で再度溜息を吐き、紫炎は寝台から起き上がった。

 変わり果てた肉体。では、いままで研鑽してきた功夫はどうなったのか。


 紫炎は腰を落として内功を練ると、裂帛の気合とともに踏み込んだ。

「ハッ!」

 床板が割れる。同時に衝いた拳が風を巻く。高々と足が蹴りあがり、舞うように足刀が振るわれる。

「……いささか勝手が違うな」

 筋力が落ち、手足の長さも普段と違う。以前と同様に動けるようになるには、習練が必要だろう。

その道のりを思い、顔をしかめる。


「お目覚めですか、紫炎様」

 そこに、屋敷の使用人らしき女が一人、入ってきた。手に着替えを持っている。

「服をお持ちしました。お着替えを手伝わせていただきます」

 紫炎は笑う。

「いやいや、子供でもあるまいに。一人で大丈夫だ」

「失礼ですが、女人の服の着付けをご存じで?」

「む……」

 言われて紫炎は気づいた。


 女の服を脱がせたことはあっても、着た事はない。帯の締め方ひとつ、正直覚束ない。

 そこに、使用人の女は、畳みかける。


「着付けに髪の結い方、厠の扱い方に月の物の処理の仕方。女身であれば、覚えていただかねばならぬことは沢山ございます。私、紫炎様に一通りのことを教えるよう、仰せつかっておりますので」

「ぐぬぬ……」

 懊悩するが、どうしようもない。

「……よろしく頼む」

 紫炎は、素直に頭を下げた。



 かくして一通りの指南を受けた後、女物の衣服を着た紫炎が寝室から広間に出る。すると、そこには暢康と、二人の見知らぬ男がいた。

「おお、兄弟子殿! お目覚めとお聞きして、飛んでまいりました!」

 喜ぶ暢康に、虚ろな笑顔で紫炎は応じる。

「……まだ御加減はすぐれませんか、兄弟子殿?」

「精神的に、ちょっとな……」

 分かっていたつもりでも、男女では厠の使い方ひとつ異なる。それが、紫炎には些か衝撃だった。

「立ってすることは、当分できないかぁ……」

「はぁ?」


「なんでもない。それより、こちらの御仁は?」

 紫炎がちらりと視線を向けたのは、控えていた男の一人が立ち上がる。

 髭面の偉丈夫で、やけに背が高い。元々さほど背の高くない紫炎が、女身となって更に縮んだせいで、見上げる必要があるほどに上背がある。

「私はこの屋敷の主にして、暢康様にお仕えする、徐栄と申します」

 徐栄は拱手して、丁寧に礼をする。紫炎も、それに返礼する。

(武人か……筋骨が良い。相当の手練れだ)

 紫炎は、徐栄の立ち振る舞いに強者の気配を察する。


「江湖に名高い「赫毛天狼』にお会いできて、光栄です」

「その名で呼んで下さるな。まして今はこのような姿」

 袍の袖を広げ、紫炎は苦笑する。


 次に、徐栄の横にいた眼鏡の男が立ち上がる。

「私も暢康様にお仕えしております、尚書令の楊元明と申します。お見知りおきを」

 これも拱手の礼をとり、紫炎も応じる。

(神経質そうな顔だな)


「二人とも、私の腹心でして。此度の企てに協力してくれています」

「左様か」

 席についた紫炎に、元明が説明を始める。

「来週予定される康様の継承儀に併せて、紫炎様には後宮に入っていただきます。扱いは、帝妹であらせられる美蘭公主様付の警護女官。身の上は、同じ楊性である私の養子、ということにさせていただきます。名は……まあ、変えずとも良いでしょう」

「承知した」

 その後、後宮における夫人たちの力関係や、政局との関りについても説明を受けるが、正直なところ、紫炎にはよく分かっていない。

 それを察したのか、苦笑しながら暢康が助け船を出す。

「……まあ、そのあたりはおいおい。中で、美蘭にでもお聞きください」

「う、うむ。そうさせてもらう」

 次に、徐栄が口を開く。

「此度の犯人は、肺腑と背骨を諸共に砕くほどの剛拳使い。相当の外功を積んでいると思われます。紫炎殿には、それに留意し犯人を探し出し、可能であれば犯人を生きたまま捕らえていただきたい」

「一応問うておくが、警護すべき相手の優先順位は?」

 紫炎の問いに、場の全員が固まった。徐栄は言っていいかどうか迷い、視線を暢康に向ける。


「……第一に守るべきは、先帝のお子・穏江様です」

 やや顔を強張らせたままで、暢康はそう告げた。


(妹、とは言えぬか。立場とはいえ、辛いものよ……)

 紫炎は、暢康の胸中を慮る。

「……承知した。我が全霊をもって、お守りいたそう」

 紫炎は立ち上がると、徐栄に問う。


「さて、徐栄殿。この屋敷に、鍛錬の出来る場所はないかな?」

「離れに、練武場がありますが……?」

「それは重畳。案内願いたい」

「今からですか?もう夜も更けておりますが……」

 紫炎は不敵に笑う。


「女身となって崩れた功夫、一週間で取り戻さねばならぬとあれば、日夜を問う暇はあるまいて」

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