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29:武侠、澤竜娘に鉄胆を譲る事

 やがて、宴席は終わりを迎えた。

「では、これにて」

 帝が太皇太后に挨拶をして、黄央宮を離れる。向かう先は、常のように玄嶺宮だ。


 帝を守る宦官達の列に先んじて、美蘭公主と警護の楊紫炎達が玄嶺宮へ向かう。

「む?」

 その道すがら、道端に立つ人影があった。

 見れば、澤竜娘が只一人立っている。おそらくは、美蘭達を待ち構えていたのだろう。


「……私が行ってこよう」

 美蘭にそう告げて、紫炎が一人で向かう。

「我が主に御用でもおありかな、澤竜娘殿」

 殺気は無いが、それでも十分に警戒しながら、紫炎は近づいていく。


 すると、澤竜娘は拱手して告げる。

「お前に用件があってきたのだ、楊紫炎殿」

「?」

「我が主よりの事伝えだ。『宴席の場において、我が子を歓待してくれたのは、其方ただ一人。感謝する』とのことだ」


 成程、と紫炎は思う。

 わざわざ礼を言いに来させるとは、麗晶も母親として穏江のことを慮っているらしい。我が子を政争の具にしたいわけではないようだ。


 紫炎は澤竜娘に返礼しつつ言葉を返す。

「こちらこそ、急場での拙き披露にて申し訳なかったとお伝え下され。次があれば、念入りに準備し、穏江様には楽しんでいただきたく候」


 と、澤竜娘が、困惑したような妙な表情を浮かべている。

「……如何いたした?」

「いや、警護女官として御側仕えしてきて、穏江様を笑顔に出来たことなど、なかったのでな。同じ警護女官である貴殿には、何故それが出来たのか、と」


 本気で考えている素振りの澤竜娘。

(世間ずれしておらんな、この娘)

 おそらくは、功夫を積むことに日月を費やして、人の間で交わることをしてこなかったのであろう。紫炎は、そう判断した。


 紫炎はくすりと笑いを一つ漏らしつつ、懐に手を入れる。

「お手をお出しあれ、澤竜娘殿」

「?」

 少々警戒しながら出された澤竜娘の手に、紫炎は先程手妻で使った健身球を渡す。


「御譲り致す。少々修練が必要ですが、貴殿ならば、手妻も容易いでしょう」

「いや、修練と言っても、どうすれば……?」

「己で試行錯誤するか、誰ぞ配下の方に聞いてみても良いのでは?」

(あれだけ警護女官が居れば、手妻の心得のある者くらい、いるだろう)


「では、これにて」

 そして紫炎は一礼すると、美蘭の元へ戻っていく。

「あ、あの、ちょっと……」

 その背後、声をかけようにもかけられず、見送る澤竜娘であった。



 玄嶺宮に戻った後、紫炎は先程のやり取りを暢康と美蘭に話す。


「そうか、麗晶様がそのようなことを……」

 暢康は感慨深げにつぶやく。

「確かに、宴という場で穏江様を楽しませようと気にかけてはいませんでしたね。反省しないと」

「まあ、次の機会に活かせば良い」

 軽く応じる紫炎に、暢康は呟く。

「次……」


 その言葉にはっとして、美蘭は肘で兄の腹をつつく。

「ど、どうした?」

 美蘭は、紫炎と兄の間で視線を移し、何かを訴えかける。


 はっと気づいた暢康は、意を決して紫炎に向き直った。

「あ、兄弟子殿!」

「ん? どうした」


「せ、先日は、流れましたが……今宵こそ、共に一献如何でしょう」

 暢康にしては、精一杯の

「なんだ、暢康? 先程の宴では、まだ飲み足りんか? はっはっは、良かろう。付き合ってやる」

 笑って応じる紫炎に、暢康の顔がぱっと明るく輝く。その横で、美蘭が見えぬように、ぐっと拳を握って快哉を現す。


 だが、何気ない紫炎の一言で、二人の動きが止まる。

「とはいえ、男二人で差し向かいというのも味気が無いなぁ……そうだ。美蘭も、付き合わんか?」



「え」

 固まった美蘭に、紫炎は不思議そうに問う。


「どうした? なにか障りでも? 同門の兄弟弟子、たまには良いではないか。なあ、暢康」

 話を向けられた暢康は、乾いた笑いで応じる。

「え……はい、まあ……」

「よし! そうと決まれば、厨で酒と肴を見繕ってくる! ちょっと待っておれ!」

 紫炎は上機嫌でぱたぱたと去っていく。


 ぽつんと残された暢康に、美蘭はぐっと顔を近づけて威圧する。


「ちょっと、兄様! 何やってんの! 私が居たら、意味ないでしょ!」

「いや、だって、兄弟子、楽しそうだし、水を差したら悪いかなって……」

 もじもじとする兄に、美蘭は頭を抱える。


(くぁー! このヘタレ兄ぃ! 帝になっても、そういうところ変わってない! やっぱり私が助けてあげないと!)

 がしっと暢康の首に手を回しつつ、美蘭はささやく。

「……私、良い感じになったら適当なところで抜けるから。あとは、ちゃんとやるのよ兄様」

「う、うむ……」

「大丈夫? 何なら酒に一服盛って、前後不覚にして服脱がして寝台に転がすところまで手伝う?」

「恐ろしいこと言うなお前……いい。私にだって、男の矜持というものがある」

「よし、なら後は宜しく」



(私が居ないところでやってほしいなぁ……)

 ほぼ丸聞こえなひそひそ話に、どう対応していいか分からず、控えていた玉英は心中で歎息した。


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