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序:深夜の後宮にて、女侠ら立ち合う事

 慎と静まり返った春の宮を、一人の女が歩いていく。足に沓を履いていながらも、足音は殆ど立てず、衣擦れの音の方が大きいとさえ思わせる。手にした燭台には蝋燭一つ。僅かな明かりだが、それでも女の足取りに迷いはない。


 宮の主たる高貴な方は、今頃夢の中。

 女は、近くの戸口を押し開く。曇天で月は隠れ、墨を流したかのような暗闇が広がっているばかり。


 だが女は気にする風もなく、手燭一つを頼りに宮の外へと出た。

 そして、立ち並ぶ巨楼を見上げつつ、その間をするすると進んでいく。

「待て、そこの者!」

 不意に、女を呼びかける声があった。


 女が立ち止まって明かりをかざすと、人影が二つ浮かび上がる。

 浮かび上がったのは、二人の女。揃いの上着にズボン、男のような装いだ。


 二人組は、訝しむように手燭を持った女を見やる。

「こんな夜更けに、何をしている?」

 手燭の女が応じた。

「宿直にて、見回りをしておる」

 鈴が転がるかのような、声だった。


「この先は、我ら黄央宮の担当だ! 近づくではない!」

「ほう、そのような取り決めがあったのか。存ぜなんだ」

 その時、空の雲が流れて、雲間から月光が溢れた。


 寒々とした月明かりに、女が照らされる。二人組とは色違いの上着とズボンを纏い、髪は炎のように赤かった。


「その赤髪……さてはお前、玄嶺宮の新入りか」

 女の顔を見て何か思いついたのか、二人組は互いに頷きあう。そして、円を描くように歩を進め、赤髪の女を前後から挟むように位置をとった。


「何か、御用かな?」


 赤髪の女は手燭を持ったまま動かない。前方に立った一人が、薄笑いを浮かべて告げる。

「なに。長き夜の無聊の慰みに、少々遊んではいかぬか?」

 背後のもう一人がそれに和す。

「貴公、帝妹殿が招いた新人だそうだな? 後宮の先達として、一つ稽古をつけて進ぜよう」

 両者はそれぞれに腰を落として構えをとる。

 だが、赤髪の女は動かない。ただ、静かに歎息するばかり。

「行きずりの相手に、稽古と称して争いを吹っ掛けるなど、まるで無頼の輩だな」


 その言葉に込められた侮蔑を感じて、後ろの女が動いた。

「ほざけ!」

 右足が、赤髪の耳元に向けて叩きこまれる。だが、その蹴りは空を切る。

「!?」

 見れば、一瞬の間に、赤髪の女は足を開き、身を沈めていた。そのまま、くるりと回って女の蹴り足を払う。

 相方が無様に転ぶのとほぼ同時に、前方にいたもう一人が、右足を高く掲げて、振り下ろす。

 斧鉞のような勢いで、打ち下ろされた足刀は、やはり宙を切る。赤髪の女は、既に立ち上がって身を翻し、二人から離れた場所に立つ。

「おのれ、逃げるか!」

 転ばされた先の女と二人並ぶと、女たちは連携して前に出る。

 一人が拳を放てば、もう一人が肘を叩きいれる。もう一人が上段蹴りを放てば、もう一人が腹に向けて中段蹴りを放つ。見事に連携した動きだが、赤髪の女には微塵も触れることができない。ただ、女の手燭を持たぬ左手の動きだけで、いなされ、かわされる。


「ちっ!」

 焦った二人、同時に大技を放つべく、一度後ろに飛んで距離をとろうとする。

「それは、悪し」

 だが、赤髪の女は、ひたりと張り付くように二人と距離を保ったまま動く。

「!?」

 そして、赤髪の女が二人の胸を、一度ずつ、続けざまに衝いた。


 二人は息が詰まり、悶絶しながら崩れ落ち、転がる。

「確か、これは稽古だったな。痛くなければ覚えぬから、多少痛くしたぞ?」

 赤髪の女は、そう告げる。手にした燭台の火は、あの激しい動きにも関わらず、消えずに揺らめいたままだ。

 痛みに震えながら、二人組は女を見上げる。月明りを背景にした赤髪が、本当に燃える炎のように見えた。


「な、何者だ、お前……」

 言葉をふり絞り、片割れが問う。


 女は、口の端に笑みを浮かべながら、告げた。

「私は、美蘭公主の警護女官、楊紫炎なり」

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