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追放された滅びの魔女ですが、竜王に餌付けされています  作者: 佐崎咲
第一章 国を滅ぼす魔女と、滅びそうにない国の竜王
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第七話

 屋敷で暮らし始めた頃のことを思い出していたからか、走馬灯のようにそれからの日々を夢に見てしまったようだ。

 目が覚めると見慣れぬ天井が広がっていて、ほっとした。

 思った形ではなかったけれど、とにかくあの屋敷を、あの国を出ることができたのだ。


 ベットにレイノルド様の姿はなかった。

 たまりかねたスヴェンに連行されたのかもしれない。


 たくさん汗をかいたのか、体がべとべとしていた。

 着替えたいけれど、着替えるものなんてない。

 レイノルド様は甲斐甲斐しく世話を焼こうとしてくれるけれど、病人なんて見たことがないのか、何をしたらいいかはわからないらしい。

 だから着替えがほしいならほしいと言わないと用意してはもらえない。

 とはいえ、今の私のなんとも言えない立場であれこれお願いもしにくい。


 せめて体を拭こう。

 そう考えてベッドの周りを見回すと、桶に水が汲んであった。

 傍には新しい布も置かれている。

 きっと水も替えてくれたのだろう。


 途中で一度目覚めた時、私の額は重くて冷たかった。

 そして髪まで雫が滴っていた。

 レイノルド様が用意した布を桶につっこんでそのままびちゃりと額に載せてくれたものらしく、それで目が覚めたようだった。

 どうだ?と聞かれて、懇切丁寧に「絞ってからそれを広げて載せていただけると大変心地よいかと思います」とお願いすると「絞ってしまっては冷たくないのではないか?」と怪訝げながら器用にぎゅっぎゅと絞ってくれた。

 レイノルド様の懸念通りよく絞られた布はほとんど水分が失われていて冷たさは感じなかったけれど、「ありがとうございます」とお礼を言うと、「こんなものでいいのか。人間とは変な生き物だな」としげしげと見られた。

 レイノルド様も変な竜王だなと思う。


 布をじゃぶじゃぶと濡らして絞り、シャツを脱いだ。

 森で倒れていたせいで土がつき汚れているままベッドを使わせてもらったことを申し訳なく思いながらシャツをそっとたたみ、下着も脱ぐ。

 祖父母の家を出てからというもの、もっぱら草食だったせいか、あまり日に当たらないせいか、男物の服を着ていれば女だとはわからないくらい、十五歳となった今も胸は隠すほどもないし、背も低い。

 森で倒れていた時も、先ほども、スヴェンは私を『小僧』と呼んでいたし、男に見えているのだろう。

 個人的には性別なんてどうでもいいのだけれど、訂正したほうがよいのか悩みながら体を拭いていると、突然ガチャリと扉が開いた。


 そこに立っていたのは、驚いたように目を見開くウサ耳の綺麗なお姉さんだった。

 たぶん、森で行き倒れていたときに「ころすわよ?」と凄んできた人だ。

 長くてピンと立った白い耳の内側は薄桃色で、くせのある長い髪も白で、シャツも白。

 その上に黒いベストを着ているのがキリッと締まった印象で、さらにはスラリとした黒のパンツというのが格好良くて、できる女の人、という印象だ。

 お姉さんはきれいな顔立ちに似合わぬ低く唸るような声で「――ちょっと」と言いながら、後ろ手で扉を閉めた。


「はい?」

「起きているとは思わなかったものだから勝手に開けたことは謝るわ。だけどあんたが女なんて聞いてないんだけど?」

「すみません、自分の性別については明かす必要があるかどうかわからなかったもので」


 低い声に加えてとんでもなく鋭い目で睨まれて怖い。

 先ほどまでピンと立っていた長い耳は私を警戒するように後ろに倒れている。

 自己紹介でもあまり自分の性別を述べる人に出会ったことはないが、男の格好をしているのに女なのだから言うべきだったか、と反省し、そういえば名前も名乗っていなかったなと気が付く。


「私はシェリー・ノーリングと申します。女です。十五歳です」


 やっぱり変な名乗りだなと自分で違和感に戸惑っていると、お姉さんは驚いたように目を見開いた。


「十五? え? あんた、女で十五歳なの??」

「はい」

「うっそでしょ……!?」


 たしかに私は成長が遅いのかもしれない。

 キャロルに初めて会った時は私のほうが少し背が高かったのに、今は抜かされているような気がする。

 並んだことがないからわからないけど。

 それにキャロルのほうがよほど女らしい体つきをしている。


 これまで町に出ても誰が何歳だなんて知らずに接していたから、比べる機会がなく、十五歳がどれくらいの身長なのか気にしていなかった。

 背が低いとは思っていたけれど、身長を測ったこともないし。

 運動はたまに山歩きするだけであまり日光を浴びていなかったし、野菜ばかり食べていたから成長しきれなかったのかもしれない。

 もうちょっと背は伸ばしたかったな、と思いながら自分の体を見下ろしていると、お姉さんが驚きからはっと覚めたように「ちょっと待ちなさい」とぶつぶつ言い始めた。


「ただでさえ陛下が母性に目覚めたかのように甲斐甲斐しく世話を焼いている異常事態だというのに、これで女だとわかったらいっそう庇護欲を掻き立てられて――しかも十五歳? 今はこんなだけどそんなのあっという間に……いや絶対だめ。だめ、絶対」


 大事なことなのだろう。二回繰り返された。


「あの、何がだめなのでしょうか」

「陛下がいきいきとして楽しそうだからよ! いつもつまらなそうなあの陛下がよ!? そんなことあっていいわけないでしょう! だから、絶対に竜王陛下に女だとバラすんじゃないわよ」


 生き生きしてるんだ。

 たしかにせっせと世話をしてくれるけれど。

 でも生き生きしてるのは本来いいことだと思うのだが。

 王としての威厳が、とかそういうことだろうか。

 ちょっとよくわからないから置いておこう。


「……だとして、嘘をついてもよいものでしょうか」

「真面目か!! じゃあいいわ。私があなたに口封じの魔法をかける」

「でも、まだ竜王陛下にも事情などお話しできていないことがいろいろとあるのですが」


 寝込んでいる中、あれこれ聞き出すのはしのびないと思ってくれたのか、明らかな侵入者である私に根掘り葉掘り聞いてくることはなかったから、まだ話しておかなければならないことがある。


「そうね……。じゃあ、自分が女だとわかるようなことを言えなくするわ。名前も男の名前を名乗りなさい」

「父がつけた『ルーク』という名前があります」

「なにそれ。そういえば服も男物だし、髪だってそんな短くて――。まさか、男として育てられたの? あんた、本当に複雑な事情背負ってんのね。話聞くのめんどくさそう」


 そう言いながら、お姉さんは私の体をじろじろと見た。


「体だってそんな痩せ細って、成長もまだまだだし……」


 少しだけその顔に憐みの色が浮かんだ気がした。

 けれどすぐに口を閉じるとつかつかと歩き出し、脱いで畳んでおいたシャツを私の肩にかけてくれた。

 そうだった。裸だということを忘れていた。

 この人もいい人な気がする。


 私がシャツに袖を通すのを待ってから、お姉さんは私の額に手を当て、ぶつぶつと何かを唱えだした。

 額にふんわりとした熱を感じる。

 これが魔法なのだろう。

 獣人は魔法が使えると聞いていたけれど、人の意思に反して言動を封じることができるなんてすごい。

 他にどんな魔法があるのだろう。

 そんなことを考えているうちに、お姉さんは「これであなたは陛下に女だと言えなくなったわ」と不敵な笑みを浮かべた。


 言葉を制御しただけなのか。

 だったら、服を脱いで見せることはできるのだろうか。

 好奇心でそんなことを考えたものの、わざわざ自分の裸など見せたくはない。

 女だと明かせないことに何の不便もないし、お姉さんのせいにできるなら良心も疼かないで済む。

 性別を明かすべきか、触れずにおいていいものかという悩みを一つ消してもらったことにもなる。


「ありがとうございます」


 だからそう礼を言うと、思いっきり顔を顰められた。


「変な子」


 祖父母とマリアとしかあまり話す機会がなかったから、対人能力が低いのかもしれない。

 キャロルや父も怒らせてしまったし、ここに来てから誤解されてばかりだし、言動には気を付けなければ。


「すみません」

「なんでここで謝るのよ。わけがわからないわ、こわい」


 もう何を言えばいいかわからない。

 しかしお姉さんはふんと鼻から息を吐き出すと、私に背を向けてドアに向かってつかつかと歩き出した。


「今日は様子を見に来ただけよ。まだ熱もあるようだけど、回復したらなんでこの国に来たのか、洗いざらい話してもらうわよ。陛下は既にお聞きのようだけど、嘘かもしれないもの。スヴェンと私も同席するわ。もちろん性別の話は抜きにしてね」

「わかりました」


 スヴェンか。また殺気立った目で睨まれるんだろうか。

 いやたぶん間違いない。


「陛下はあんたを珍しがってるけど。それが薄れればあんたみたいなただ怪しい奴なんて消されるわ」


 私にびしりと指をさすと、くるりと背を向けてお姉さんは行ってしまった。


 名前を聞くのを忘れた。

 これだから対人能力は磨いておかないと困る。

 次に会った時になんと呼びかければいいかわからなくなってしまった。

 お姉さん、と言ったらものすごく嫌な顔で見下されそうだ。


 しかし。

 お姉さんはああ言っていたけれど、レイノルド様が私を殺すところが想像できない。

 畏怖の対象であったはずなのに、すっかりほだされてしまったのは私のほうだと思った。

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