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エピローグ

 グランゼイルのお城に帰りつき、自室へと戻りいつもの服に着替えると、どっと力が抜けたのか、私はそのままベッドに倒れ込むようにして眠ってしまった。

 夜中に目覚め、コップに水を注いで飲み、気が付いた。

 水が注げた。

 人間だ。

 私はいつの間にか豚にならなくなっていた。


 後でレイノルド様に聞いたら、ティアーナが解いてくれたということだった。

 レジールの城でティアーナが着替えさせてくれた時かもしれない。


 それから。

 レイノルド様の部屋に朝食が運ばれてきて、一緒に食べた。

 運んできたのはティアーナで、思いっきりギロリと睨まれ、チィィッと大きな大きな舌打ちをされた。

 本当に許してくれたのかどうか、とても疑わしい。


 その後、廊下で会ったスヴェンには、呆れたような顔で見られ、やれやれと肩をすくめられた。

 どういう意味でしょうか。


 変わらないようで確実に変わっていく日々を過ごし、一年後、レイノルド様と私は結婚式を挙げた。

 キャロルには招待状を送ったけれど、『獣人の国なんて怖くて行けるわけがないでしょう!』と返ってきて、それはそうかと諦めた。

 あれからキャロルはノーリング伯爵家を継ぐため、日々社交や領地の管理など忙しくしているらしい。

 さっさと後継者になって、父とは関わらずに生きていけるように一人立ちしてやると息巻いている。


『私はお姉様みたいに他所の国で生きていけるほどたくましくはないから』


 そう手紙に書いてあったけれど、逃げ出さず、守るものを持ってその場に踏ん張り続けるキャロルは強く、たくましいと思う。


 二年が経ってもレジール国は滅ぶことなく、さらに時が流れた。

 町中ではとある本が人気を集めていた。

 それを書いたのは、叔父だ。

 あの後、『人の裏を読めない人間に城勤めは向いていない』と言って文官の仕事は引退し、家にこもって物語を書くようになったのだという。

 これまで形式の決まった仕事上の文書を作るのが退屈で退屈でたまらず、いつか物語を書いて暮らしたいと思っていた夢が叶い、毎日が忙しいらしい。


 叔父が書いたのは、隣国から嫁いできた王妃の物語だった。

 その王妃は冷遇されるも、自らの機知で国を救い、徐々に居場所を得ていく。

 けれど戦争になり、生まれた国へと帰される。

 そこで病にかかり亡くなる間際、こう言い残すのだ。


『私に力があれば生まれ変わってやり直したかった。でもそのような力などない私は、両国の和平を心より願う』


 それはエラ王妃を彷彿とさせる物語で。

 生まれ変わりなんてできないと王妃が語るところに、叔父の優しさを見た気がした。

 どんなに悔いを抱えて亡くなったって、好きな時に生まれ変わるなんてできはしない。

 そうして『滅びの魔女』の言い伝えを上書きしてくれたのだろう。

 生まれにより背負わなければならない業などないと。


 そのうち、『滅びの魔女』の名が町の人たちの口にのぼることはなくなった。

 代わりに、今は『救国の聖女』の物語が流行っているのだという。


 最初の一冊目を世に送り出したのは、もちろん叔父だ。

 生贄として生まれた主人公が隣国に逃げ出し、そこで愛と力を得て、生まれた国の危機を救う。

 その本は売れに売れて、あとからどんどん似たような物語が生まれていった。


 叔父も負けじと様々な物語を書いた。

 父親に虐げられ、薬を作らされていた少女が才能を開花させ、家を出て独立する話。

 政治の道具として利用されることを嫌い、旅に出た主人公が歴史の嘘を暴く話。

 愚かな王家の闇を暴き、国王にその罪を突きつけ、追い落とす話。


 なんだかどこかで聞いたことのあるような話だけれど、町の人たちには新鮮だったらしく、どれも売れた。

 そうしてどこかの誰かの物語が、いつでもどこかで紡がれていて、形を変え、伝わっていく。

 人にとっての娯楽である限り、それが絶えることはないだろう。


 言い伝えも、昔話も、物語も、誰かの命を奪うために紡がれたわけではないはずだ。

 ただそこに伝えたいことがあるだけ。

 そういう力を持つものであってほしい。

 そして今を生きる人が、そこから力を得て、日々を進んでいけるものであってほしい。


 叔父が最後に書いたのは、生まれ持った宿命から逃げた先で竜と出会い、臣下である獣人たちから厭われながらも徐々に信頼を築き、竜と結婚し、三人の子どもをもうけ幸せに暮らす話。


「ねえねえ、おかあさまぁ。言い伝えなんて、ぜんぶうそじゃない! この本には、なぁんにも本当のことなんて書いてないわ」

「そうね。言い伝えは過去の話。本当のことなんて、そこにしかないのよ。今には今の物語があるだけ」


 どの物語も誰かが紡いだもので、事実とは異なる。

 私の物語を知るのは、私と、隣に寄り添ってくれる愛しい人たちだけだ。

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