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第八話

 竜王の森にいると、行き倒れた時のことを思い出す。

 あの時レイノルド様が助けてくれなかったら、私はあのまま死んでいただろう。

 レイノルド様は森に侵入者があればわかるのだという。

 構わず放っておいたものの、それがいつまでもとろとろとしか動く気配がないから、まさか森に住むつもりなのかと様子を見に来たら私が倒れていたということだった。


 森にも通い慣れてくると、いつも採取する薬草が生えている場所はだんだんわかってくる。

 とはいえ同じところから採り続けるわけにはいかず、いくつか場所を見つけて間隔を空けるようにしている。


 今日は城からそこそこ離れた場所。

 とは言っても、疲れるほど歩く必要もない。

 相変わらず鳥の鳴き声も生き物の気配もなく静寂が満たす中、しゃがみ込んで薬草を探していると、目の前に黒い影が落ちた。

 はっとして見上げる間もなく、頭から何かを被せられる。

 ガサリ、と少し離れたところから草の音が聞こえたかと思うと、真後ろから、ちっ、と舌打ちが聞こえて、私の足は宙に浮いた。

 担ぎ上げられたのだ。

 レジールの城で目隠しをされた時とほとんど同じような状況だ。

 ただあの時は正面から来たけれど、今日は背後からの不意打ちだったというだけ。


 私は思い切り息を吸い込むと、思いっきり吐き出した。


「キャーーーーーーーッ!!」


 という悲鳴と共に。

 腹の底から思い切り叫ぶなんて、人生でそうあることじゃない。

 今だとばかりに何度も叫ぼうかとも思ったけれど、あんまりうるさくすると殴って気絶させられたりするかもしれない。

 殺されるのも嫌だし。

 ということで私は黙って連行されることにした。


 馬車に乗せられると、後ろ手に縛られた代わりに、頭から被せられていた袋を取ってくれた。

 振り向いて顔をみてやろうとしたけれど、がっと頭を掴まれ、すぐに目隠しをされた。


 そうして馬車に揺られ、歩かされ、階段を昇らされ。

 手の紐だけを解かれて部屋の扉が閉められてから、目隠しを取ると、そこは見覚えのある部屋だった。


 一度だけ来たことのあるレジールの城。

 窓から見える景色も、内装も。

 外から鍵のかけられた、あの部屋だった。


 私は再びレジール国に捕まったのだ。




 なーんて。

 知ってたけど。


 レイノルド様が侵入者に気づかないわけがない。

 私を狙って人がやってくるだろうこともわかっていた。

 みすみす連れ去られたのではなくて、連れて行ってもらったのだ。

 ティアーナも私の後をつけてきているはず。


 レジール国の人たちはあれほど口々に恐れていたくせに、すっかり忘れているのかもしれない。

 レイノルド様は竜王だ。

 そしてここは獣人の国グランゼイル。


 舐めるなよ、レジール国。




 どういうことかと言うと、二週間前に遡る。

 キャロルから手紙があり、ノーリング家の屋敷に訪問者があったこと、その男が私の居場所を知っているか聞いてきたことを知った。

 男は黒い髪を綺麗に撫でつけ、いかにも文官というような恰好をしていて、その灰色の瞳はキャロルが嘘をついていないか見定めるように油断なく、ただ者ではない雰囲気だったという。

 その容貌は、私をレジールの城から連れ出した男と同じだ。

 つまりは王家に雇われている可能性が高い。


 私の居場所を聞いてきたということは、連れ戻すつもりなのかもしれない。

 何のために?

 まさか、今さら私を処刑するつもりなのか。

 王家は『滅びの魔女』がただの言い伝えであると言える根拠のうちいくつかは知っているはずだと思ったけれど、まさか一つも知らないとか?

 そんなことがあるだろうか。

 だが竜王の森に置き去りにしておきながら今さら探しているのが何故なのかわからない。


 とにかくノーリング家に帰ってきていないのなら、まだグランゼイルにいると考えるだろう。

 その男が私を探しに来る可能性を考え、レイノルド様やスヴェン、ティアーナと話し合っていた。


 のだけれど。


「あれえ。おかしいな。この部屋に入っていったと思ったんだけどなあ」


 侵入者のわりにはでかい独り言を漏らした男は、帽子をかぶっていたから髪の色がわからない。

 しかも夜だったから瞳の色もよく見えない。

 そう。男が私の部屋の窓から侵入してきたのは、夜だったのだ。

 夜に来られたら私はただの豚だ。

 聞き出すも何も、そもそも意思疎通が図れない。

 だからとにかく今回はやり過ごそうということになった。

 この男を捕まえても知りたいことを知っているとは限らない。

 今の段階で私を害するつもりがないのなら、依頼者の元に連れて行ってもらうのが近道で、そのためにはもう一度きちんと人間の時の私を狙ってもらうしかない。


 男にも私が元『滅びの魔女』だとはわかるまい。

 だから気が抜けて思わず独り言が漏れたのだろう。

 まさか本人が部屋の真ん中でそれをじっと見ているとも知らずに。


「なあ、豚さんさあ、この部屋で飼われてんの? 『滅びの魔女』ってのは趣味が変わってんだなあ」


 なあなあ、ご主人はどこよ? と聞かれても「グガッガッガッ」としか答えられない。

 ちなみに「人に聞く前に名を名乗れ」と言ったつもり。


「もしかして、夜は自分の部屋で寝ないのか? 男か――」


 ちょっと待って欲しい。

 合ってる。

 合ってるけれど、それは違う。

 そして変なことを言うのはやめてほしい。

 扉の外か窓の外かはわからないけれど、すぐにこの部屋に飛び込めるところにレイノルド様がいるはずだ。

 そんな大きい独り言を聞かれたくはない。気まずい。やめて。


「さては、竜王とデキてたりしてな」


 やめてえ、と恥ずかしさに身もだえて倒れた。

 床をゴロゴロと転げまわる。

 たしかに私はレイノルド様が好きだ。

 レイノルド様も想いを返してくれた。

 けれど、そこまでだ。

 だって、レイノルド様は王なのだから。

 対して私はただの人間。レジール国では既にいないはずの存在だから戸籍すらなくなっているだろうし、もはや貴族でもない。

 レイノルド様と結婚するなら、王妃になるのだ。

 そんな私が王妃になどなれるわけがない。

 だから、私はレイノルド様の傍にいられればそれで十分で――。


 いや。王妃になれないのに、本当にずっと傍にいられる?

 いつかレイノルド様も結婚して子を成さなければならなくなるのでは。

 そんなの嫌だ。

 レイノルド様が他の誰かと結婚するなんて、見ていられるわけがない。


 どんどん我儘になっていく。

 グランゼイルに居させてもらえれば。このお城に居させてもらえれば。傍に居させてもらえれば。

 こんな風に何かを望んだことなんてない。

 レイノルド様のことだけだ。

 でもそれは叶わないこと。


 いや。そもそも最も強い者が王になるこのグランゼイルでは、王は世襲制ではない?

 だとしたら、何も持っていない私でもずっと傍にいることはできるのだろうか。


 そんなことを考えながらごろりんごろりんと転がっていたら疲れて、「ブュヒィッ、ギュフィ」と荒い息を繰り返すはめになった。


「ははは! 面白い豚だな。今日は収穫もなさそうだし、せめてこれでも持って帰ろっかな」

「ギュフィーー!!」


 泥棒!!


「うわ、うるせ! こんなん持ってたら忍んでなんていらんねえな。置いてこ」

「グガッ」


 賢明な判断だ。


「でも困ったなあ。おまえが連れてったんだから連れ戻して来いとか、無茶ぶりがすぎるだろ。落とし物じゃないんだからさあ、移動しちまうに決まってんじゃんか。なあ?」


 やはりあの男だったか。

 しかしこんなに盛大に事情を漏らしていてこの男は大丈夫なのだろうか。

 しかも忍び込んでいるのにぶつぶつ喋りつづけているし。

 わざと聞かせている? いやいや何のためかわからない。

 この手のことに手慣れていて、よほど見つからない自信があるのだろうか。


「夜なら警備も手薄だし、さくっと連れていけるかなと思ったけど、竜王のベッドにいるなら無理中の無理だしな。作戦練り直しか~」


 そうして男はぶつくさ言いながら窓枠に足をかけると、「じゃあ、ご主人によろしくな~」と私に手を振って窓からひらりと姿を消した。


 そのようなわけで、男の目的はわかった。

 レジール国王家に自分から近づきたくても正面からでは叶わない。

 だったら連れていってもらえばお互いの望みは叶うわけで。


 私は連れて行かれることを前提に支度をし、さっさと事を運びやすいように森で時間を潰していた。

 薬草を採取したら枯れてしまうから無駄にはしたくなくて、探すふりだけしていたのだ。

 ああ、暇だった。


 いつ仕掛けてくるかわからないし、手荒な手に出るかもしれないから念のためにとレイノルド様かスヴェン、ティアーナの誰かが常時姿を隠して私の傍に張り付いていてくれて、もっと暇だったと思うけれど。

 森で少し離れたところに隠れていてくれたのはレイノルド様。

 私が害されるのではと咄嗟に飛び出してしまったものらしく、草を踏む音が聞こえてどきりとしたけれど、私が思い切り悲鳴を上げたから男はそれどころではなく一目散に逃げ出した。

 ちなみに、こちらの意思を無視して連れ去ろうとすることに腹は立っていたから、耳ぐらい痛くなればいいという悪意はあった。

 反省はしていない。


 さて、王家はどういうつもりなのか。

 話を聞かせてもらおうじゃないか。

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