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第五話

 何もかもが、過ぎたことだった。

 私は体から力が抜けて、へなりと座り込んだ。


「ふん……。さんざんに振り回されおって、ご苦労なことだったな」

「よかった……」


 ぽつりと漏れた呟きに、猫耳のおじいさんが眉を上げた。


「『滅びの魔女』の言い伝えは、起きなかったんです。レジール国は、滅びなかった。だれも、傷つかなかったんです」

「誰も……?」


 おまえがいるだろうが。

 猫耳のおじいさんはそう呟いたけれど、私は首を振った。

 恨みがないわけじゃない。

 だけどそんなことよりも今は、私が背負っていた滅びの謂れなんてなかったのだということが何よりも大きかった。


「まあ、そうやって不確かなのが言い伝えというものだろう。どうせおまえがそれを言っても、『国が滅ぶのは十八歳じゃないのかもしれない』だとかなんだとか言い出す輩もいるに違いない。そうやってあれこれと好きなように妄想して広げられていくのが言い伝えなのだ。消えることはないかもしれん」


 たしかに、十八歳の時に、というのは言い伝えそのものというより、町の人たちが勝手にそう噂していただけのものだ。

 完全に払拭することはできず、私ではない誰かに『滅びの魔女』が押し付けられるだけかもしれない。

 その日を避けようとしていないのだから、何人もその日に生まれた人はいるはずだ。

 魔女探しがされ、混乱が起きるかもしれない。


 そう考えて、ふと気が付いた。

 暦が当時とは違うなんてことを王家が知らないわけがない。

 だとしたら、王家は『滅びの魔女』が私ではないことを知っていたのではないか。

 けれど真実を公にしても私ではない誰かが『滅びの魔女』にされるだけ。

 だから黙って秘密裏に逃がしたのではないか。

 そう考えるとしっくりくる。


 いや。そもそもレジール国は一度滅びているのだ。

 そうしてレジール国は新しくクラハイムという国としてドゥーチェス国の王弟が治めた。

 それも長くは続かず、八年で旧レジール国の騎士がそれを倒し、旧王家の王子を担ぎ上げ、レジール国を取り戻したようだ。

 その間に国民たちはドゥーチェス国から、高い税を取り立てられ、土地も金も作物も搾り取られ、悪感情が募っていた。

 それでレジール国を取り戻した後、文化をビエンツ国に寄せたようだ。

 言語も暦もまるきり変えるというのは、よほどのことだ。

 暦も一年を三百六十五日か三百六十六日とするビエンツ国にならい、レジール暦という名のまま敗戦後も、王座を取り戻した後も二百七十八年、二百七十九年と数えられていった。

 クラハイム国となっていたことなどなく、ずっとレジール国が続いていたかのように。

 また新たに一年から始めることはレジール国が一度途絶えたことを受け入れることになり、それを国民も王家もよしとしなかったのかもしれない。

 そうして三百年前の文化は消し去られ、高い山を越えた隣国でありながらビエンツ国寄りの文化を育んできたのだろう。


 このことも今の王家は知っているはずだ。

 三百年も待つことなく既に滅びているのだから、『滅びの魔女』などただの言い伝えに過ぎない。

 そう公言してくれさえすれば、国民の不安も『滅びの魔女』も安穏と暮らせるようになるのに。

 レジール国が負けた歴史を晒したくないのかもしれない。

 歴史を勉強しても、そのことに触れられているものはない。


 だとしたら。

 王家には頼れない。

 こんなに強い根拠があるのに。それを口にすれば消されかねない。

 残された道は、言い伝えは人為的に広められた創作だと証明するしかないのかもしれない。


 改めてグランゼイルの資料室の本を見てみても、多種多様な本が集められているから、エラ王妃が題材となった本はいくつもなく、その変遷まではわからない。


 もう一度。

 もう一度、センテリース領主に会いに行くしかない。


 怯えさせてしまうかもしれない。

 けれど、私が『滅びの魔女』ではないことを説明したら、受け入れてもらえるのではないか。

 その期待を胸に、私はレイノルド様の元へと向かった。


   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・


「歴史を隠すなど国民を馬鹿にした話だな」

「胸糞悪いことですね」

「やっぱり人間の国なんて滅ぼして『幸せうさみみ帝国』を建国してやろうかしら」


 資料室で調べた事実と推測を話すと、三人それぞれの反応が返ったけれど、王家に対しては総じて「クソだな」という感想だった。

 私も国の思惑が推測通りだとしたら腹が立つ。

 けれど、国としての判断ならそうなるだろうとも思う。


「それで、もう一度センテリース領主に会いに行きたいのです。国が黙っている事実を公にすることは危険を伴いますから、やはりエラ王妃の言い伝えの変遷を辿り、創作だったとするのが一番角が立たないと思うのです」

「大丈夫なのか?」

「私が『滅びの魔女』ではなかったことを説明すれば、会ってもらえるのではないかと」

「いや。それはそうかもしれんが……。そうだな。それならシェリーが傷つくこともなさそうだ」


 私を気にしてのことだったのか。

 ああして泣いたりしたから、心配をかけてしまった。


「大丈夫です。あまりに自分が『加害者』として責め立てられてきたのでその意識が強かったのですが、みなさんが国が滅ぶのなんてたいしたことないと教えてくれましたので」


 なんでも自分のせいで、と思うのはよくない。

 心が強い時は『私が悪いわけないじゃん』と思えるのに、あまりに長いこと『加害者』扱いされてきたことで、不意にまともにくらってしまうときがある。

 けれど今は一人ではないから。


「そうか」


 レイノルド様は優しく私を見つめ、口元を緩めた。

 うう……。

 そんな顔をされると胸がぎゅんとなる。

 優しいレイノルド様が好きだ。

 脇に置いておこうと思っても、不意に帰ってきてしまう。

 今はそれどころではないのに。


「だが一つ気になっていることがある。あれは『滅びの魔女』に怯えていたのか?」

「え……?」

「その前から様子がおかしかった」


 そうだっただろうか。

 じっとあの時のことを思い出す。

 私は緊張していて、話すことを忘れてしまわないように、頭の中で用意したセリフを漏れずに言うことに必死で、エドワルド様が変だなと思ったのに流してしまった。

 そうだ。たしかに『滅びの魔女』という言葉を出す前だった。

 エラ王妃の名前を出してから?


 だとしたら、私が『滅びの魔女』だとわかったから追い出したのではない?

 エラ王妃の話に触れられたくなかった?

 何かを隠しているのだろうか。

 何か、知っているのだろうか。


 考え込んでいると、頬杖をついたレイノルド様がスヴェンに顔を向けた。


「スヴェン。センテリース領主を探れ」

「探れ、とは。密偵ですか?」

「おまえにそのようなことは頼まん」

「……あれですか」

「あれだ」


 あれ……か。

 ティアーナの目が楽しげににやにやし始める。


「いえ、ですが、私はセンテリース領主に会ったことなどありませんし、先祖の記憶を探ったとて当代とは生きている時代が違うのですから」

「今のセンテリース領主がエラ王妃に関して何かできたわけもない。あの辺りはエラ王妃が輿入れの時に滞在し逸話が多く残っているということだった。当時のセンテリース領主が何か関りがあった可能性がある」


 だからスヴェンなのか。

 センテリース領主に真っ向から突撃しても、触れられたくないことに突っ込んでくる者に戸を開けるとは思えない。

 対話に持ち込めるだけの何かが必要だ。

 期待の目でスヴェンを見ると、レイノルド様も無言でじっと見ている。

 三者の視線で囲まれたスヴェンは観念のため息を吐き、「わかりましたよ……」と立ち上がった。


 先日の謁見の間のように広くはないけれど、スヴェンが腕立て伏せをするだけの広さは十分にある。


「今回の鍵は『センテリース』……ですね。先祖に関わりのある者がいるかはわかりませんが」


 スヴェンは何度もため息を吐きながら、床に手をついた。


「いきます」


 そう宣言し、激しく腕立て伏せを始めたけれど、フン、フンッ、という勢いのある息が続くばかりで、何も言葉が出てこない。

 記憶が見つからないのだろうか。

 聞き洩らさないようにじっと口をおさえていると、やがてぽつり、ぽつりと言葉が出始めた。


「今年のセンテリースは不作だってね」

「センテリースに行くのかい? いいじゃないか、最近領主も変わって、だいぶ暮らしやすくなったらしいよ」


 同じように他愛のない会話が繰り返されたあとに聞こえた言葉に、はっと耳を澄ませた。


「センテリースの領主はエラ王妃の元護衛だったんだろ? 何かあっても安心だな」

「センテリースにいる親戚から聞いたんだけど、エラ王妃が三百年後にこの国を滅ぼすって恨んで死んだんですってね」

「センテリースから来た商人に聞いたわ。エラ王妃って、側室の時に王妃から虐げられてたんでしょ?」


 エラ王妃の元護衛だったのか。

 それも驚いたけれど、初めて恨んで死んだという噂が聞こえた。

 これがいつのことなのか知りたいけれど、会話からでは時代まではわからない。

 でもこの口ぶりだと、エラ王妃が亡くなってすぐのことなのではないだろうか。

 それに、虐げられていたという話も初耳だ。

 よくありそうな話ではあるけれど、他国から嫁いできた側室を虐げるなど、国家間の問題に発展しかねないのではないだろうか。

 まさか、それが戦争の火種になった?

 前回スヴェンが記憶を探った時に、エラ王妃のせいで、という言葉も聞かれた気がする。


 しかしそれ以上新しい情報が得られることはなく、スヴェンが滝のような汗を流しているのに気づいてレイノルド様を見ると、「そこまででいい。十分だ」と声がかけられた。

 スヴェンは「はっ」と短く返事をすると、膝をついて荒い息を繰り返し、震える腕で体を起こした。


「スヴェンさん、ありがとうございます」

「別にあなたのためではありません。陛下のご命令ですから」

「よくやった。これならセンテリース領主を卓に引っ張り出すことはできるだろう」

「はっ! ありがたきお言葉」


 顔からも首からも汗は滝のように流れているのに、まるで疲れなど感じていないかのようにしゃきしゃきと喋るのがすごい。

 きっと人前でそのような姿は見せるつもりがないのだろう。


「『元護衛』……でしょうか」

「ああ。そこをつつけば出てくるかもしれん」


 レイノルド様が笑う。

 珍しく悪い顔だ。


「そうとなれば、行くか」


 立ち上がったレイノルド様に慌てる。


「え、今からですか?」

「どうせ今からでも明日でも変わるまい」


 平然と言ったレイノルド様に、思わず笑ってしまった。

 どうせ約束を取り付けようとしても断られるのはわかりきっている。

 だったら真正面から行くのみ。


 突撃だ。

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