第四話
「お邪魔します!」
資料室の扉をバタンと開けて駆け込むと、驚いたように猫耳のおじいさんが顔を上げた。
「なんだ、騒々しい」
「あの、三百年くらい前にレジール国で戦争があったんですが。その結果どうなったか書かれている本をご存じないですか」
勢い込んでそう尋ねると、なんだ、そんなことかというようなため息が返った。
「だから言っておるだろうが。人間の国なんぞ、何度も滅んでおると」
そう言って猫耳のおじいさんは隣の棚まですたすた歩くと、一冊の本を抜き出し、無言で私に差し出した。
受け取り、中を開くとドゥーチェス国の本のようだった。
パラパラとめくり、私は顔を上げた。
「これ……、探しておいてくれたんですか?」
「整理するついでに中を検めていたらたまたま見つけただけだ」
探していたのはまさにこれだった。
ここに戦争の経緯と結果が書かれている。
ドゥーチェス国からエラ王妃が嫁いだことにより、レジール国とは同盟関係にあった。
しかしエラ王妃が亡くなり、ドゥーチェス国は国土拡大をもくろみ、攻め入ったものらしい。
同盟を結んでいる間も他の国への備えをするふりをして戦力を蓄えていたのかもしれない。
結果として、レジール国は大敗を喫し、王都も城も焼け落ちた。
やはり古い本が遺されていなかったのはそのせいだったのだろう。
けれど気になったのは、視点がレジール国側にある気がしたからだ。
ドゥーチェス国の文字でありながら、『攻め入られた』『滅ぼされた』と書かれている。
ドゥーチェス国に渡った人が書いたものなのだろうか。
気になって奥付を見ると、作者はドゥーチェス国にもレジール国にもいる名前だ。
印刷所などどこで発行されたものなのかは書かれていなかった。
ページを少し戻り、本文最後を見ると、作者の名前の後に、『ノンワールの町にて』と書かれていた。
先日レイノルド様と共に服を買いに訪れた町だ。
もしかして、と思い、本棚に並んだドゥーチェス国の文字の背表紙の本を一つ手に取り、同じように奥付を見た。
それはレジール国の王都で印刷されたものだった。
同じようにして片っ端から本を確かめていくと、ドゥーチェス国の文字で書かれたものの中に、レジール国で発行されたと思われるものがいくつかあった。
以前はレジール国でもドゥーチェス国の文字が使われていた?
だから私はこれまでレジール国の本をドゥーチェス国の本だと思い、見逃してきてしまったのか。
それは三百年前のレジール国の本など見つからないわけだ。
嘘でしょ、と胸で呟きながらあれもこれもと本を確かめては積み上げていき、ふと一冊の本の発行日を見て気が付いた。
もしかしたら。
暦もドゥーチェス国と同じだった?
「暦……、暦について書かれた本はありませんか?」
なんでそんなものを、という顔をしながらも、猫耳のおじいさんはさっと立ち上がり、どこか奥へと歩いていくと、何冊かの本を抱えて戻ってきた。
「ありがとうございます!」
パラパラとめくると、あった。
やはりそうだ。
三百年前のレジール国は――いや、正確に言えばエラ王妃が亡くなった時のレジール国の暦は、ドゥーチェス国と同じもの。
当時は、一年が三百六十日だったのだ。
今はビエンツ国にならった暦で、一年の中に十三の月があり、一月は三十日。最後の月だけ五日で、四年に一度だけ六日となる。
つまり一年は三百六十五日か三百六十六日で、変わる前の暦とは一年ごとに五日か六日ずつずれていく。
「ええと、紙、何か計算できる紙はありませんか」
「何を気にしている」
「一年の日数が、違うんです。五日か六日、ズレていくんです。三百年以上前のレジール国の暦だったら、エラ王妃が亡くなって三百年後はいつに当たりますか?!」
私の要領を得ない話を辛抱強く聞くと、猫耳のおじいさんはじっと黙り込んだ後、「三年半ズレるな」と言った。
「五百六十四年か、三年……ですか」
「つまりはあれだな。その今に伝わる『滅びの魔女』とやらの言い伝えにある三百年後は、実はレジール国の人間どもが大騒ぎする三年半も前に過ぎていたということだ」
私じゃ、ない。
『滅びの魔女』は、私じゃなかった。
「私、今、十六歳なんです。町では、エラ王妃が亡くなったのと同じ十八歳になると国が滅びると言われていました」
「じゃあおまえではないどこかの『滅びの魔女』は今、既に十九歳だ。言い伝えの通りなら、レジール国は立派に滅んどる」




