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第一話

 どうやらレイノルド様は私を子ども扱いしてきたことを反省しているらしい。

 私も慣れてしまっていたからあまり気にしていなかったし、「大丈夫ですよ?」と声をかけると、何故かまたもや髪をくしゃくしゃにされた。

 ええ、どういうこと?


 その後は帰ってきたばかりのレイノルド様はやることが山積みで、すぐにスヴェンに連れられて行ってしまったけれど、「夕食を一緒に摂ろう。待っていてくれるか?」と声をかけてくれた。

 それからそわそわと過ごし、いつもの夕食の時間を過ぎた。

 部屋で資料を読みながら待っていると、聞き慣れたノックの音が響く。

 レイノルド様だ。


「はい、どうぞ」


 返事をするとすぐに扉が開き、レイノルド様が部屋へと入ってきた。

 ワゴンには二人分の食事が載せられている。

 レイノルド様は食堂に行って食べるものだと思っていたけれど、以前と同じようにこの部屋で一緒に食べてくれるつもりらしい。

 正直言って、嬉しい。

 この部屋では二人きりだから。

 給仕や他の人たちがいると、態度や会話の内容に気を使わなければならないし、今日は余計なことを気にせずゆっくりと話がしたかった。


「遅くなった」

「いえ、本を読んでいるとあっという間ですから」


 ノーリング家にいた頃は、ついつい本を読むのに夢中になって食べ損ねてしまうこともあったし。

 テーブルに二人分の食事を並べ、向かい合って座ると少しだけ緊張する。


「冷めぬうちに食べるといい」

「はい。いただきます」


 本来であれば給仕が前菜から順に運んでくるのだろうけれど、レイノルド様は私に食べさせていた時と同じように最初からすべて並べ、好きなように食べていく。


「おいしいです……。すごく、すごくおいしいです」


 レイノルド様がこの城を発ってから、なんだか味がしなかった。

 けれど温かいスープがお腹に染みていくと、満ち足りた気持ちになっていく。

 今日のパンはトーストされカリッとしていて、これもまたおいしい。

 ああ、私が待ち望んでいた日常が帰ってきた。

 そう感じた。


 気づけばレイノルド様の手は止まっていて、食べている様子がない。


「食欲がありませんか?」

「いや。シェリーを見ていた」


 真正面からそんなことを言われると恥ずかしい。


「シェリーがいない日々はつまらなかった」

「私もです。今日帰ってくるかもしれない。明日帰ってくるかもしれない。毎日そう考えながら過ごしていました」

「ああ。思ったよりも時間がかかってしまった。滅ぼしてしまうのは簡単だがそれをするとシェリーが泣くからな。バーニンをしっかり躾けなければならんし、そうこうしている間に他の国まで動き出す気配があり、ついでにすべて片を付けてきた」


 ティアーナから聞いてはいたけれど。

 七か月もの間一人戦い続けていたなんて。

 けれど、レイノルド様がすっきりと笑っていたから。

 とにかく無事に帰ってきてくれてよかった。


「あの。私も報告したいことがあります。エラ王妃の遺した言葉がわかったのです」


 何度も読んで覚えてしまったその一節を諳んじると、レイノルド様が「なるほどな」と顎に手を当てた。


「その後書かれた本に、エラ王妃を題材にしたと思われる王妃が『このままでは国が滅んでしまう』と演説する場面がありました。物語の中では、それを聞いた国民たちが憎しみ合うのをやめ、互いに平和を選んだという結末を迎えるのですが。やはりたくさんの創作物に影響を与えているようです」

「しかし、そこから国を滅ぼすというような恨み言に変わっていくのは違和感があるな」

「はい……」


 そのまま何百年も正しく伝わっていくことなんて難しいのだろうけれど、人を諭し平和に導く言葉が、何故国を呪った破滅の予言にすり替わってしまったのか。

 その間に何かあったとしか思えないのだが、そこがわからないままでいる。


 そうして互いにこれまでにあったことなどを報告しあい、食事の時間を終えた。

 夜になり、豚の姿に変わると私は廊下に出た。

 そうしてレイノルド様の部屋の扉を蹄で小さくノックした。

 私からこうして訪れるのは初めてのことだ。

 けれど今日だけは。

 もう少し傍にいたかった。


 ややして扉が開き、ほっとして見上げると、レイノルド様は明らかに戸惑っていた。

 その様子にショックを受ける。


「どうした……? 眠れないのか」


 それでも優しく声をかけてくれて、私は慌てて頷いた。


「そうか。では水でも飲むといい」


 そう言って私を中に招き入れてくれた。

 いつもと違って、扉を大きく開けたまま。


 いいのだろうかとおずおずとしながらも、レイノルド様が深い皿に注いでくれた水をごくごくと飲む。

 レイノルド様は立ったままそれを見ていた。

 何故か片手で顔を覆い、小さくぶつぶつと何か言っている気がする。


「――いや、駄目だろう」


 何が駄目なのか。

 首を傾げると、レイノルド様が呼吸を整えるように細く長い息を吐き出した。


「落ち着いたら、ゆっくりと眠るといい」


 そう言って、扉のほうへと導くように歩き出す。


 ――一緒に寝てくれないんですか?


 言葉にならず、「グガッガッ……」と小さな音が漏れる。

 たたらを踏み、扉の傍から動かないレイノルド様を見て諦め、とことこと部屋を出る。

 レイノルド様はそのまま私を部屋まで送ると、「また明日だな」と小さく笑って扉を閉じた。


 追い帰されてしまった。

 一緒に寝てくれると思っていた自分が恥ずかしい。

 レイノルド様だって疲れているのだから、ゆっくり一人で眠りたいはずだ。

 それなのに私はわざわざ起こしてまで、自分のことしか考えていなかった。

 穴があったら入りたい。


 私は枕に顔を伏せ、「ンガーーーッ」と一頻り鳴き、自己嫌悪に疲れ果てて眠りについた。


   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・


 翌朝もレイノルド様は二人分の食事を運んできてくれた。

 お昼はレイノルド様は忙しくて時間がとれず、一人で食べたけれど、夕食も一緒に食べた。

 その顔はいつもと変わらない。

 会話も、いつも通り。


 だけど。

 だけど、何だろう。

 何かが違う。


 何が違うのだろう。

 ずっとそればかりを考えていて、夜布団の中ではっと気が付いた。

 レイノルド様との距離が、遠い。

 触れてくれなくなった。

 以前は頭にぽんと手を置いたり、頬や髪に触れたり、豚の時もすぐに抱き上げて運んでくれた。

 帰ってきたレイノルド様を出迎えた時には前みたいに髪をふわふわともてあそんでいたけれど、あの時以来その手が伸ばされることがない。


 ――なんで?


 何か嫌われるようなことをしてしまっただろうか。

 レイノルド様は何も変わっていないと思ったけれど、私が変わってしまったのだろうか。

 自分ではわからない。

 どうしたらいいのだろう。

 ごろごろと布団を転げまわり考えるけれど、まったくわからない。


 ――寂しい。


 レイノルド様に触れたい。

 触れて欲しい――。


 じわりと涙がにじみそうになって、私は慌てて枕に顔を突っ伏した。

 レイノルド様はもう私への関心がなくなってしまったのかもしれない。

 観察なんて一通り済んだだろうし、戦いに出て忙しくなった。

 仕方のないことだ。

 だけど、『滅びの魔女』の言い伝えの件が片付いたら、いよいよ私もこの城を出なければならないのだと思うと、胸がぎゅっと握りつぶされそうに痛い。


 ずっとここにいたかった。

 けれど前のように触れられもせずここに居続けるのは辛いのだと初めて気が付いた。

 居心地のいいこのお城に、レイノルド様の傍にいるだけでいいと思っていたのに。


 きちんと心の整理をしなくては。

 そう自分に言い聞かせ、でも聞いてくれなくて、そうしてほとんど眠れないまま夜が過ぎた。




 翌朝。

 朝食を終えた後、レイノルド様が一通の手紙を手に部屋へとやってきた。


「妹から手紙が届いた」

「キャロルから? センテリース領主から連絡が来たのでしょうか」

「そのようだ」


 一緒に手紙を覗き込むと、センテリース領主が王都から戻ってきたとの知らせがあり、訪問を受けてくれるとのことだった。

 恩に着せることにも成功したようで、感謝の言葉が綴られていた。


「これでやっとエラ王妃に関する言い伝えの変遷が追えるかもしれません」

「ああ。では返事を出しておこう」

「お願いします」


 言ってから、はっと気が付いた。

 口に手を当て考えこんでいると、レイノルド様が覗き込むようにして首を傾げた。


「どうした?」


 久しぶりに顔が近くて、どぎまぎしてしまうのを隠しながら、「いえ、あの――」と言葉を探しながら話し出す。


「服が――。その、荷物を何も持って来ておりませんので」

「ああ。そのようなことか。ではこの後レジールの町に買い物にでも行くか」

「ええと。その……」


 当然お金もない。


「気にするな。と言っても気にするだろうがな。薬師としてこの城に勤めているのに何も対価を与えていない。その代わりと思って受け取っておけ」


 いいのだろうか。

 レイノルド様にはいつもいつも与えてもらうばかりで、薬だってまだまだそれほど数も出ていないのに。

 でも――。


「楽しみだな」


 レイノルド様がそれはそれは楽しそうに笑っているから。

 それが嬉しくて、私も「はい」と返事をしてしまった。

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