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第十二話

 それから。

 もう少しで七か月になろうかという日のことだった。

 その日は朝から城内が浮足立っていて。

 もしかして、と予感と期待を抱きながら薬を作って過ごしていると、にわかに城の外が騒がしくなった。

 慌てて窓に飛びつくと、黒い影が差し、ぶわりとひと際強い風が部屋に吹き込んだ。

 眼下には、誰かを出迎えるような列がずらりと並んでいて。

 空を見上げれば、大きな翼をはばたかせる黒い竜の姿があった。


 私は部屋を飛び出し、廊下を駆け出した。

 帰ってきた。

 レイノルド様が、帰ってきた。

 きっとスヴェンのところには連絡があったのだろう。

 それで出迎える準備のために今日は城中がそわそわしていたのだ。

 服の裾が足にからまるけれど、この格好にも慣れてきてさっと捌けるようになり、足を緩めず走り続ける。

 息をきらし、階段を駆け下りると、開かれた扉からレイノルド様の姿が見えた。


 よかった。無事だった。

 飛び出したくなるのを抑えて、私はゆっくりと歩き出した。

 すぐに気づいたレイノルド様の黒い瞳が、私を見る。


「……シェリー?」


 名を呼ばれて。

 だけど疑問形なことに気づいて、足を止めた。

 戸惑いながら、はい、と返事をするとレイノルド様がわずかに目を見開いた。


「そうか。見違えたな」

「あ。そうでした。髪が伸びました」

「いやそれどころではないでしょう」


 レイノルド様の後ろにつき従っていたらしいスヴェンに言われ、そういえばそうか、と思い直す。


「背も伸びました。脚立がなくても手が届く本が増えました」

「はは! だが変わらないな。シェリーはシェリーだ」


 レイノルド様も、レイノルド様のままだ。

 その笑みに嬉しくてたまらなくなって、私は再び駆け出していた。


「おかえりなさい!」


 笑って、その体に思い切り飛び込むと、ふわりとその背に腕が回された。

 けれどすぐにその腕がぴたりと止まる。

 どうしたのだろうと見上げると、レイノルド様は片手で顔を覆っていた。


「レイノルド様……?」

「スヴェン。人間とはこんなにも短期間で変化する生き物なのか」

「獣人と同じく、成長期というものが十二、三の歳の頃にあるようですが、それは日にも当たらず部屋に閉じめられ、ロクなものも食べていなかったというので、成長が遅れていたのでしょう」

「成長期……?」


 背中に回っていた手がぽすん、と頭の上に乗せられる。


「シェリー。おまえ、いくつになる?」

「十六歳になりました」

「十六……? 人間は獣人と寿命が違うのか?」


 私と同じことを疑問に思っているようだ。

 すぐにスヴェンが答えた。


「獣人よりやや短命ではありますが、それほど違いはありません。十六ともなれば家を継いでいる者もおりますし、それがいたレジール国では既に大人として扱われる年齢です」


 顔を覆った指の隙間から、ぽつりと呟きが漏れた。


「もっと小さい子どもかと思っていた」


 やっぱり。人間と獣人では成人年齢が違うとかじゃなくて、本当にただただ子どもだと思われていたのか。

 手足も棒切れのようだったし、レジール国でも少年で通っていたのだからそれはそうかと納得もするけれど。

 悲しい。


 しょんぼりしていると、レイノルド様の顎がぽすりと私の頭に乗せられ、大きな息を吐き出した。


「そのような顔をするな。たまらなくなる」

「すみません」


 髪を両手でくしゃくしゃにされ、「わぷっ」と思わず目をつぶる。


「……まいったな」


 何か変なところがあっただろうか。

 そわそわと落ち着かなくなる。


「あの。やっぱり髪、変ですか?」

「そんなことはない」

「こういう服も、似合わないでしょうか」

「別に好きな格好をしていればいい。おまえの自由だ」

「でもレイノルド様に変だと思われたくありません」

「変ではない」

「では何故変な顔をしているのですか……?」


 わからなくて、不安になって、レイノルド様の顔を見上げると、何とも言えない顔でこちらを見ているばかり。

 それがどういう顔なのか、わからない。


「いや……。雰囲気がな。まるで違ってしまったから戸惑っているだけだ」

「雰囲気?」


 背が伸びたのも髪が伸びたのもたしかだけれど、雰囲気とは?


「表情が、ずいぶんと大人びた」

「そうですか……?」


 自分で鏡を見るときは真顔でしかないからわからない。

 でも大人びたということは、ちゃんと成長しているということだろう。

 喜びたいのに、戸惑われるとよくないことなのだろうかと不安になる。

 すると言わんこっちゃないというようにレイノルド様の後ろから歩み出てきたティアーナが口を挟んだ。


「陛下のせいですよ」

「何故だ……?」

「陛下がせっせと水をあげたからここまで育ったのです」


 水を?

 思い返すとなんやかやと水を飲ませてもらっていた。

 でもそれでここまで背が伸びたわけではないと思うのだけれど。


「まったく……揃って首を傾げるのはやめてください。私には面倒見切れませんわ」


 スヴェンも、眼鏡を押し上げやれやれと肩をすくめた。


「だからあれほど申し上げましたのに。自業自得ですよ」


 すかさずティアーナが鼻で笑う。


「スヴェンだってつい最近まで知らなかったくせに」

「ティアーナ。おまえは最初から知っていたんだな?」


 咎めるようなレイノルド様の声にも動じず、ティアーナはしれっとしていた。


「さあ、どうでしょうか」

「おい」

「知っていたとて、お伝えする必要性がありました? 客人の年齢など気にしたこともないでしょう。知れば自重してくださるのでしたらお伝えしておけばよかったとは思いますが、遅かれ早かれどうせこうなっていたでしょうし」


 何がどういうことなのかわからず戸惑っていると、レイノルド様は肩まで伸びた私の髪に指をからめ、小さく笑う声が降ってきた。


「私が悪かった。反省しよう。――だがもはや後の祭りかもしれん」


 いまさらになって、気づいてしまったからな。

 そう呟いた声は私の頭の上。

 レイノルド様は離れていた分を埋めるかのように、いつまでも私の髪をもてあそんでいた。

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