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第十二話

「取引……?」

「二つ。私はキャロルの役に立つだろうことを知っているわ。それを話す代わりに、一つだけお願いを聞いてほしいの」

「妹に取引を持ち掛ける? あくどいわね」


 他にお願いを聞いてもらえる方法を私は知らない。


「普通にお願いしたら聞いてくれた?」

「それは内容によるわ」


 ですよね。

 キャロルはそれほどためらうこともなく「わかったわよ」と頷いた。


「まずは話を聞かせて。それから判断するわ」


 その一言に、まだ十三歳のキャロルのほうがこういう交渉に慣れているのだと気づく。

 信じていたはずの使用人が信じられなくなり、自分で考え、行動しなければならなかったのだ。

 その苦労が見えた気がして、胸が痛くなる。


「……まずは薬についてだけれど、作り方を書き記したものがあるわ。試行錯誤の記録のようなものだけど。キノコの日照率だとか育て方も書いてあるし、見れば同じように作れると思う」

「そんなもの、お姉様の部屋にはなかったわよ?」

「ああ。ドゥーチェス国の文字で書いてあるからそれだとわからなかっただけじゃないかしら。もし使用人が掃除を名目に入ってきた時に見つかったら、何のために薬を作ろうとしてるのか問いただされて面倒だと思って。毒を作ってるとでも言われかねないし」

「そういうところ、本当お姉様って狡猾だわ」

「用心深いと言ってほしいわね。本棚に一つだけ背表紙に何も字が書かれていない深緑の本があるはずよ。好きに使って」

「……いいの?」

「ええ」


 努力の結晶だ。

 本当なら手元に置いておきたいけれど、今一番必要としているのはキャロルだ。

 作り慣れた薬は一通り覚えているし、何よりこれ以上キャロルを巻き込んで火の粉を被らせたくはない。

 薬屋に持ち込んで高値で売るなりすれば、あとはそれを元に薬を作るだろう。

 それが出回るようになれば噂も落ち着くはず。


「ありがとう……。でもどうしてドゥーチェス国の文字なんて読み書きできるの?」

「それは……」

「ドゥーチェス国に逃げるつもりだったから?」


 気まずさに静かに頷くと、呆れたようなため息が返った。


「本当に周到ね。本棚にあった本もそのために町で買ってきたの?」

「あれは外に出るようになる前に、叔父様にもらっていたのよ」

「ああ……。そういえばお姉様が『滅びの魔女』だと周囲に知れ渡ったのは自分のせいだからって、時々訪ねていると聞いたわね。その後ろめたさにつけ込んで逃亡準備を手伝わせたの?」

「巻き込むつもりはなかったわ。もし何かあった時に逃亡の手助けをしたと知られたら、それこそ処罰されかねないもの。薬や『滅びの魔女』にまつわる本を差し入れてもらっただけ。その代わりに叔父様の仕事の手伝いだってしていたし」


 脅していたわけではないし、きっかけは後ろめたさを利用していたけれど、最終的には相互利益の関係になっていたはずだ。


「叔父様の仕事って……。お城に文官としてお勤めなのよね? 手伝いなんて、まさか、お城まで行っていたの?!」

「さすがにそこまで大胆なことはしないわ」

「町に出ているだけでも十分大胆よ」


 すみません。


「ドゥーチェス国からの書簡や何かを翻訳していただけよ。あ、そうそう。タムール地方の水害だけれど、あれも『滅びの魔女』のせいではないわ。ドゥーチェス国の灌漑工事が原因よ。叔父様に伝えて、レジール国から補償を求める書簡も書いたわ」

「……何よそれ。なんで国はそれを公にしないの?」

「人が亡くなっているのよ。ドゥーチェス国に恨みが向けば、戦争の火種になりかねないわ。レジール国としても納得できるだけの賠償を引き出せればそれでいいし、ついでに恩も売れるもの。二国間で公にしないと合意済みよ」


 国は金で解決できても、大切な命を失った人は簡単に納得できない。

 憎しみがくすぶり続けることもあるし、それがいつか大きな火に育ってしまうこともあるだろう。

 キャロルは険しい顔で腕を組んだ。


「幸いにも馬鹿な国民は『滅びの魔女』のせいだとか噂しているから非難もかわせる。見事ななすりつけね」

「私には何の利益も還元されないのにね」


 呑気にそんなことを言ってしまったからか、キャロルがきっと私を睨む。

 結果としてキャロルまで巻き込んでしまっているのは申し訳ないけれど、私のせいじゃないと声高に叫んだって誰も信じてくれはしない。

 こういうことがあるたびに、どうにもできずにただ悔しい思いをするばかりで、そのうち自分が苦しむことすら不条理だと思い至り、なるべく軽く流すようにしていた。

 キャロルの腹立たしい気持ちもわかるけれど、一つ一つまともに食らってしまっては心がもたない。


「ねえ……。そんな大事な話をお姉様が知ってしまっていいの?」

「どうせ叔父様にとって軟禁されている私には耳も口もないのと同じだもの」


 もちろん叔父の仕事を私が手伝っているなんてことは誰にも言っていないだろう。

 キャロルは「それでいいのかしらね……」と呆れたようなため息を吐いた。


「それで、もう一つの役に立つ話っていうのは何なの? 今の水害の話ではないでしょう?」


 私が「話していいでしょうか」とレイノルド様を見上げると、「かまわない」とどこか楽しそうな返事が返った。

 どうやら一連の話もレイノルド様の興味を満足させるに足るものだったようだ。

 よかったのかどうかわからないけれど。


「カムシカ村に魔物が入ってきた原因よ。あれも私のせいではないわ。結界が壊されたからよ」

「結界が? どうして?」


 私はキャロルを促し、国境を越えて広げられた畑とそこに埋め込まれた水晶を見せながら説明した。

 それから畑の間に水晶が埋まっていただろう跡を見せる。


「本来はここが国境だったっていうの? それを勝手にいじったから結界にほころびが生じた、ってこと?」

「そう」

「お姉様はなんでそれがわかったの? 結界なんて目に見えないし、それが壊れてるかどうかなんてわからないじゃない」


 不思議そうに問われ、どうしようかなと悩んでいる間に、レイノルド様がぱさりとフードを脱いだ。


「私が獣人だからだ。結界も、そのほころびも見える」

「その角……もしかして」


 キャロルが驚いたように目を見開く。


「牛の獣人?」


 キャロルはやっぱりキャロルだった。

 よかった、竜王だとバレなくて。

 大騒ぎされて面倒になる気がする。


「そのようなものだ」


 レイノルド様が淡々と応じると、キャロルは「へえ」とまじまじとレイノルド様の角を眺めた。


「あれ? っていうことは、お姉様が捨てられた森って」

「竜王の森よ。私は今まで、グランゼイル国にいたの」


 さすがにそれは想像もしていなかったようで、キャロルは呆然と口を開けた。


「まさか……それって、処刑も同然じゃない」


 まあ、そういう目論見もあったと思う。


「実質そうだろう。これは死にかけていたからな。意識が戻るまでに三日三晩、回復するのにひと月近くかかった」


 レイノルド様に言われ、キャロルは複雑な顔で黙り込んだ。


「今は問題なくこうして出歩けるわ。レイノルド様のおかげでね」

「でも、それをどうやって信じてもらうの……? レイノルド様がレジール王家に説明してくださるの?」

「まさか! レイノルド様を巻き込むつもりはないわ。私も考えたんだけれど、結界が壊れていることを直接説明する必要はないのよ。そもそも国境を越えて勝手に領土を広げるなんて、戦争になってもおかしくないわ。それが王家に伝わるだけで、あちらで勝手に結界が壊れていることにも気づくでしょう」


 一般に知られていなくても、王家の命令で結界が張られたのだ。

 水晶が動かされていることが伝われば、識者にはそれがどういうことかわかるはず。


「まあ、なるほどね」

「それでお願いなんだけれど。センテリース領主にキャロルの名前で手紙を書いてほしいの」

「領主に? 村長に言えばいいじゃない」

「村のはずれとはいえ、畑を作っているのよ? 村長が知らないわけがないわ。それで放っておいているってことは、知っていて放置されているか、共犯か、はたまた主犯かもしれない。とにかく直接話していい方向に行く相手とは思えないわ」

「それはまあ、たしかに」

「それと領土のことと一緒に、訪問の許可をとってほしいの」


 どうしてよ、とキャロルが訝しげに私を見る。

 

「ここの領主は物語好きって叔父様に聞いたの。『滅びの魔女』を題材にした古い本を持っているかもしれないわ。それを見せてもらいたいの。元になった王妃の言葉は何なのか、今伝わっている内容がどこからきたのか。それがわかれば、国が滅ぶようなことはないと言えるかもしれない。『滅びの魔女』なんて劇や本の中で娯楽のために作られた存在だと証明できるかもしれない」

「それって、私の名前で訪問するってこと?」

「ただの『ルーク』や『シェリー』として訪ねたとして、平民が取り合ってもらえるとは思えないもの」


 貴族の名を使いたいけれど、私の名を明かしても怖がって追い出されかねない。

 キャロルの名でも断られそうではあるけれど、領土のことで恩を売れれば、可能性はある。

 結界のほころびのことまで王家から伝わってくれればなお効果的なのだけれど。

 そもそも本を見せて欲しいというだけのことだし、害も不利益もないのだからそれくらいならと了承してくれるかもしれない。


「一つだけって言ったのに、二つお願いされているような気がするのだけれど」

「一つよ。キャロルの名前を貸してほしいってことだもの」

「詭弁じゃない」

「そんなことはないわ。そもそも結界のことはキャロルの目的でもあるはずよ」


 魔物騒ぎでここまで来たことを思い出したのか、キャロルはぶつぶつと悩み始めた。


「それくらいのことなら……。でもノーリング伯爵家の名で訪問するのは……」

「悪い結果になったとして、訪問を断られるくらいのことなのだから、キャロルに不利益もないでしょう?」


 キャロルはしばらく悩んでいたようだったけれど、やがて「わかったわ」と頷いた。


「『滅びの魔女』の言い伝えが本当のところどうなのかわかれば私にとっても今後の人生のためになるし」


 二歳の差はあるけれど、悲しいかな身長にそれほどの差はない。

 顔もますます似てきた気がするし、社交界でキャロル本人がセンテリース領主に会うことがあっても誤魔化しきれるだろう。


「ありがとう。『滅びの魔女』はいない。私はそれを証明するわ。まだまだこれからだけれど、真実がわかったらその時はキャロル、あなたにも知らせるから」

「当然でしょ! 私は巻き込まれただけなんだから」


 そう言ってふいっと顔をそむけたけれど。

 私はふふ、と笑ってその横顔にもう一度誓った。


「必ず。平穏に暮らしましょう」



 さて。私にはもう一人、大事な話をしなければならない人がいる。

 長いことキャロルとの話に付き合わせてしまったけれど。

 もう先延ばしにはできない。

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