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第九話

 何故会いたくない人ほど会ってしまうのだろうか。

 ついていないというかなんというか。

 だが薬を売りに出て町で出くわしたのだって、よくよく考えてみればこれまで見つからなかったことが幸運だったのだ。

 最初のうちは挙動不審なほどに警戒していたのに、そのうち慣れて見つからないことが当たり前になってしまっていただけで。

 つまりはいつか来るべき時が来ただけ。


 しかしそうは考えてみても、レジール国は広いのに、何故またこんなところで会ってしまうかなあとやはり恨めしくなる。

 この場をどう乗り切ろう。

 そんなことを考えている間に、キャロルが苦しそうにもがき出す。

 見れば顔が真っ赤から真っ青に変わりゆくところだった。


「あ。ごめん」

「ぶはぁっ!! ごめんじゃないわよ! 本当にお姉様(・・・)は粗雑なんだから!」


 これではキャロルの行動を短絡的と責められない。

 とりあえずキャロルもやや冷静になったのか、騒いだ結果どうなったのかを思い出したらしい。

 やや声を潜め、きょどきょどと周囲に目をやっている。

 だが私が気にしなければならなかったのはそこだけではなかったのだ。


「なるほど」


 隣から聞こえたレイノルド様の声に、今度ははっとしてそちらを振り返る。

 完全に聞こえていたようだ。


 どうしよう。

 ここで「おまえは女だったのか?」と聞かれてもティアーナの制約があるから肯定できない。

 でもレイノルド様に嘘はつきたくないし、そもそも嘘がつける状況でもない。


「それが件の妹か」

「……はい」

「話に聞いていた通りだな」

「すみません」


 どうやらレイノルド様は私の性別に触れるつもりはないようで、一気に肩の力が抜けた。

 やはり私が男だろうが女だろうがそんなことはどうでもいいのだろう。

 ティアーナが気にしすぎなのだ。

 そもそも私はまだ十五歳で、大人なレイノルド様から見たら背格好だけではなく実年齢的にも子どもでしかないし、体も満足に成長していない。

 十歳からはまともに人と関わってこなかったから、精神的にも大人とはとても言えないし。

 なんだかしょんぼりしてきた。


「ちょっと! なんでお姉様がここにいるのよ!」


 ひそひそ声ではあるものの、声の調子は強い。

 まあそうなるのも理解するけれど、こちらが先に情報を提示するのは得策ではない。

 キャロルとレジール国の状況を聞いてから話す内容を選ばなければ危険だ。

 今はレイノルド様もいるし、巻き込みたくはない。


「キャロルこそ、何故カムシカ村に? お付きの人は――あら? あの人ではないのね」


 キャロルを守ろうとしていたあの侍女のことは覚えている。

 二十歳は過ぎているようだったけれど、後ろに少し距離を空けて怯えたようにこちらの様子を窺っているのはもっと幼い少女だ。


 キャロルは何故か嫌そうな顔をすると、ふいっと顔をそらした。


「あんなの、すぐに辞めさせたわよ」

「……そうなの?」


 随分とキャロルに肩入れしていたようなのに。


「ほんっとお姉様って何も見ていないのね」

「部屋に軟禁されていた身だもの、当たり前じゃない。あのあとのことも使用人が入れ替わったことも知りようがないわ」


 そうだった、という顔をしないでほしい。

 もうちょっと考えて喋ったらいいのに。

 キャロルは罰が悪いのか、話を変えるようにレイノルド様をちらりと見た。 


「お姉様こそ、そちらの方は?」


 仕方ない。ここは順番だ。答えるしかあるまい。


「レイノルド様よ。私を助けてくださったの」

「ノーリング伯爵家次女のキャロルです。姉がお世話になったとのこと、感謝を申し上げます」


 私が敬称をつけて呼んだことから、レイノルド様がある程度の身分だとあてをつけたのだろう。

 家名を明かさなかったことをやんごとない身分の人だと捉えて大騒ぎするか、私が社交に慣れていないと怒るか。

 身構えていたけれど、レイノルド様が見越したかのように割り入ってくれた。


「場所を変えたほうがよかろう。令嬢が揃って立ち話をする場でもあるまい」


 完全に女だとバレている。

 まあ別にティアーナとの約束は破ってないし、困ることもない。

 隠さなくてよくなったと思おう。

 ティアーナに殺されないことを祈りながら。


   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・


 私とレイノルド様はキャロルを先ほどの畑へと連れて行った。

 レイノルド様に「巻き込んでしまい、申し訳ありません」と小さな声で謝ると、「かまわない。興味がある」と返ってきて、キャロルが何かやらかしたらそれですまないのではと不安になった。

 けれどこのままキャロルを野放しにするわけにはいかない。

 キャロルに話したいことも増えたし、この場所はちょうどいい。


 お付きの侍女は少し離れたところの切り株に座って待っていてもらうことにした。

 どういう子かわからないし、話が聞こえると面倒だから。

 さて、さっさとキャロルから必要なことを聞き出そう。

 そう思ったのだけれど、口火を切ったのは怒り狂ったキャロルのほうだった。


「全部お姉様のせいなんだからね!! お姉様が勝手に家を抜け出したりするから、あんな騒ぎにまでなって」


 騒ぎになったのはキャロルのせいでもあると思うのだけれど、たしかに驚くなと言う方が無理があるかもしれない。

 口を挟む隙もなく、キャロルはけたたましくまくしたてた。


「お姉様が連れて行かれた後、町の人たちに囲まれて、さんざんだったんだから! ちゃんと家に閉じ込めておけ、あんな危険なものを野放しにするな、ちゃんと監視しておけとか。お姉様を見たことがあるって人とか、よく買い物に来てたって人まで出てきて、何度も外に出てたなんてどういうことだって責め立てられたのよ!」

「それは大変だったわね」

「ああそうでしょうね、お姉様にとっては他人事でしょうね。いっつもそうよ。お姉様には私の気持ちも苦労も、わかりはしないんだわ!」


 言われて否定できない自分に気が付いた。

 キャロルの言動について何故、と思うことはあっても、その苦労を考えたことはなかった。

 どう生きてきたのか知りもせずに何故と考えてもわかるわけがなかったのに。


「矢面に立つのはいつも私。苦労するのも、虐げられるのも、いつも私よ。私はね、『滅びの魔女』の妹なのよ。それがどういうことかわかる? 本人じゃない。だから外には出られる。だけどいつでも私はノーリング伯爵家の名を背負っているのよ」


 素性を隠し、男装していた私とは違う。

 キャロルはいつだって『キャロル・ノーリング』として社会と関わらなければならなかったのだ。


 そうして私が何もしていないのに疎まれたのと同じように、キャロルもまた何も悪くないのに、ずっと辛い目に遭ってきたのだ。

 考えればすぐにわかることなのに。

 私は、そんなことも考えなかった。

 何年も同じ屋根の下で暮らしていたのに。


「ノーリング伯爵家を名乗っただけで眉を顰められる。そんな家に来てくれる婿なんて、当然いるわけがない。だから私は私自身が伯爵位を継いで、男性たちに並び立てるよう勉強しなければならなかった」


『隙を見せてはなりません』

『女だからと軽んじられ、食い物にされぬためには他の人の何倍も学ぶ必要があるのです』

 忠義心の厚い侍女にそう説かれ、ひたすら勉強し、隙のないようマナーを身につけなければならなかったのだとキャロルは地面を睨むようにして語った。


「でも私には向いてなかった。勉強は嫌いじゃないけど、得意でもないし。あんまり人の悪意とか、裏とか……そういうのもわからなかった。使用人だって、誰を信用していいのかなんてわからないし」

「でも、お父様やお父様側のおじい様とおばあ様がいたでしょう。侍女にも『キャロル様を守りたい』、『キャロル様のために』、って随分と大切にされていたじゃない」

「だからお姉様は何にもわかってないって言うのよ」


 キャロルがキッと顔を上げ、私を睨む。

 その眦は赤い。


「私はずっとあの家に一人だったわ。お父様はいつも家にいないし、いたとしても私が問題も起こさずに存在していればそれで満足で、まったく関心もない。どんなに話しかけても気のない返事ばかり。欲しいものをねだれば執事に『買ってやれ』って言いつけるだけ。私の言葉は全部右から左へ流されていくのよ」


 それは簡単に想像がつく光景だった。

 考えてみれば、あの父がキャロルにだけは父親らしく振舞っていたなんて、そんなことはあるわけもないのに。

 初めて会ったあの日だって、父は私のことを見なかったけれど、キャロルのことも見てはいなかったのだ。

 ただ言いたい事だけを言って、さっさといなくなった。

 私にだけ冷たいのならば、守るべきキャロルに「おいで」と声をかけ一緒に立ち去っただろうに。

 キャロルもまた、私と一緒にあの場に取り残されていたのだ。


「お父様のほうのおじい様とおばあ様も、この家には近寄らなかった。誕生日に贈り物はあるけれど、それだけ。お父様と同じよ。後継ぎが存在すればそれでよくて、『滅びの魔女』が生まれた家になんて関わりたくないのよ。大事な後継ぎを一人あの家に残して。お母様の体を大事にせず、無理矢理産ませたっていうのにね。無責任で我が身だけがかわいいご都合な人たちに愛情なんてあるわけがないでしょう」


 父方の祖父母にはかわいがられているのだろうと思っていた。

 待望の初孫とまで言っていたそうだし、キャロルは『滅びの魔女』なんかではないのだから。


「だから私にとっては使用人だけが頼れる存在だった。だけど私は子どもだった。お姉様がこの家に来た時だって、私はまだ八歳よ。言われた言葉はすべて真実だと思うし、言われた通りにしていれば問題ないのだと思っていた。だけどお姉様だって考えればわかるはずよ。あの家にいる使用人というのが、どういう人たちなのか」

「どういう、って……」

「わからない? 『滅びの魔女』の家に仕えようと思う使用人なんて、みんな訳ありに決まってるじゃないの。お姉様が生まれる前からいた人たちは『滅びの魔女』が生まれてほとんど辞めてしまったし、残った人たちも年を取ってどんどんいなくなっていった。そんな中で残った人は、忠義に厚くてこの家のために尽くそうという気概が凝り固まった人。そんなところに訳ありのクセがある新しい人が入ってきたらどうなるか」


 キャロルのことだけじゃない。私はあの家にいた使用人たちに対しても無関心だった。

 けれど言われてみればそうだろうと思えることばかりだ。

 あまり優秀じゃなくてあちこちでお払い箱になった人。

 手癖が悪くて悪評が付いて回ってどこにも受け入れられなくなった人。

 いろんな人がいたのかもしれない。


「どこかで問題を起こしてきたか、最初から雇ってもらえなかった人ばかりなんだから、仕事なんかまともにできやしない。そんな人たちが、がっちりとこの家を固める古株の人たちに認められるわけがないでしょう。だけど他に雇ってくれるところなんてない。あの家に来る人は、あの家が最後の砦だったのよ。もう追い出されるわけにはいかない。そう考えたとき、どういう行動をすると思う?」

「もしかして、私に毒を盛ったのも」

「私に味方だと刷り込ませ、取り込むためよ」

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