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第七話

 私が落ちないように気遣ってか、レイノルド様は思ったよりもゆっくり飛んでくれた。

 それでも眼下の景色はどんどん流れていくし、冷たい風が頬を叩くようで痛い。

 城の裏に広がる森を抜けると、平野の先には多くの建物が集まっているのが見えた。

 遠目ではあるけれど、レジール国にある町とそう変わらない。

 その先にはまた森。

 ずっと冷たい風になぶられているせいでだんだんと手の感覚がなくなっていくようで、必死に掴まっているうちに「下りるぞ」と低く響く声がかけられ、ゆっくりと高度を落とした。


 レイノルド様が翼を下ろしたのは、グランゼイルの国境をぐるりと囲む森の開けたところ。

 さすがに村の中に下りるのは悪目立ちしすぎる。


 ――さて。レイノルド様の背中からどうやって下りよう。


 人の手にばかり頼っていると、こういう時に困る。

 しかしまごまごしている間に、ふわっと体が浮いた。

 また背中を咥えられているのか、と思ったけれど、違う。

 そこにあったはずのレイノルド様の背中もたてがみもなくなっているのだ。

 急激に落ちる浮遊感に思わず悲鳴をあげかけたところを、がっと背中を吊られ、ゆっくりと地面に下ろされる。

 助かった。落ちるかと思った。

 いや、落ちてたんだけど。


「ありがとうございました」


 くるりと振り返ると、そこには肌色のレイノルド様が立っていて。


「わあ!」


 慌てて前に向き直り、目を覆う。


「すみません! うっかり!」


 大丈夫。細かいところは見えていない。全体的に肌色だったくらいのことしかわからなかった。だから殺さないでスヴェン、ティアーナ。

 傍にいなくてもあの二人の顔がちらつく。


「服を着る。そこから動かず少し待っていろ」

「はい!」


 姿を変えられるのなら、服も魔法でなんとかならないものなのだろうか。

 急激な落下感やらなんやらと心臓に悪いものが続きすぎて、心臓のばくばくがなかなか収まらない。


 着替え終えたレイノルド様は「村はこちらの方向だったか」と呟くと、森の木々の中に入っていった。

 カムシカ村とグランゼイル国に交流などない。

 だから道などあるはずもなく、森を突き抜けるしかないのだ。

 先に立つレイノルド様が邪魔な枝や下草をならしながら歩いてくれるから、私はその後ろをついて歩くだけでよかった。

 それでも途中でぜいぜいと息が上がり、病み上がりで体力が落ちていることを痛感した。

 薬草採取に森に入ったときはこれほどではなかった。

 やはり同じ森の中といえど、道なき道を歩くのは体力を使う。


 しかしすぐに明るく日が差してきて、森を抜けた。

 そこはもうカムシカ村なのだろう。

 畑が広がり、そのずっと向こうには建物が見える。


 久しぶりのレジール国だ。

 疲れのせいなのか、緊張からか、心臓がどくどく鳴る。

 落ち着かなければ。

 不審な動きをしていると目を引いてしまう。


 私は近隣の村から初めてお祭りを見に来た人。

 そう自分に言い聞かせながら、なんとか息を整えた。


 そんな風に自分のことでいっぱいいっぱいになっているうちに、レイノルド様がいなくなっていることに気が付いて、慌てて辺りを見回した。

 レイノルド様は何かを考えるように、森と畑との境に立っていた。


「何かあったのですか?」

「いや。人間たちはこれでよいのかと思ってな」


 どういうことだろう。

 レイノルド様の傍まで戻ると、その足元には水晶が埋まっていた。

 レジール国を魔物から守るため張られた結界の媒介に水晶が使われていると聞いたことがあるけれど。

 でもそんなものがこんなところに無防備に?

 ただ刺さっているだけに見えるし。


「これでよいのか、というのは?」

「元々埋められていた場所ではないようだ」


 言われて見れば、レイノルド様のいる近くには切り株がいくつか並んでいた。

 その断面はまだ新しいように見える。

 畑に日が入らず、木を伐採したのだろうか。

 そう思い畑を振り返ると、あれ、と違和感があった。


 畑にはまだ何も芽吹いていない。

 それは季節柄不自然なことではないけれど。


「この土……。耕されたばかり?」


 土の塊がごろごろしていて、土を掘り起こしただけのように見える。

 私も庭で野菜を作る時に少しは勉強したけれど、これはまだ畑とは言えない。

 鍬で塊を崩しながら耕し、肥料やらを混ぜ込んでふかふかの土にしてからやっと種を植えられる。

 つまり森を切り拓いて開墾している途中、ということか。


 再びレイノルド様の姿を探すと、今度は森の境から離れ、畑の真ん中辺りへと歩いているところだった。

 私も後を追うと、レイノルド様は畑と畑の間の簡易的な道になっているところで立ち止まった。

 その先に広がる畑はよく見れば小さな芽があちらこちらに出始めていて、土も先ほどとは違ってふかふかだ。


「元あったのはこの辺りか」


 結界はつまりは国境を表すものでもある。

 わずかな差かもしれない。

 けれど森が切り拓かれ、畑が耕されているということは、意図的にそれをずらしたものとしか思えない。

 どうせこれくらいならわからないだろうと思ったのか。

 グランゼイル国を、竜王を恐ろしいと言いながら、これが露見して攻め込まれるとは考えないのだろうか。レジール国ごと滅ぼされるとは考えないのだろうか。

『滅びの魔女』である私の言い伝えよりもその可能性のほうがよほど現実的だろうに。


 これがスヴェンやティアーナに知られたら「舐め腐っていますね」「滅ぼす」と目を血走らせそうだけれど。

 レイノルド様はどう考えているのだろう。

 とにかくレジール国出身者として黙っているわけにはいかない。


「あの。私の生まれた国がこのように国土を勝手に拡げるなどと――」

「そもそも我らは国境など定めてはおらん。このあたりの獣人は元々森を拠点に暮らしていたからそのままそこにいるだけ。人間どもがそれらを避け、ここからここは自分の国だと勝手に線を引き、結界を張った。それだけだ」


 そういえば、結界も獣人には意味をなさないと聞いた。

 けれどレジール国で見かけることがないのは、弱い人間に興味などないからなのかもしれない。


「人間が勝手に決めた境界が狭まろうとどうでもいい。居たい場所に居る。行きたいところがあればどこだろうと行く。それだけだ」


 つまりは人間が勝手に定めた境なんかで獣人たちの行動がなんら制限されるわけでもないからどうでもいい、ということだろうか。


「では、国土を侵されたとレジール国に攻め込んだりは……」

「弱いものを従えても利はない」


 それを聞いて肩から力が抜けた。

 まさか水晶を引き抜いた人がここまでのことを知っていて意図的に国土を拡げたとは思えないけれど。

 レイノルド様がそう考えただけで、他の獣人たちも同じ反応を示すとは限らないし。

 普通に考えて国土を侵すなど宣戦布告に他ならない。


「何故水晶が移動されているとわかったのですか?」

「結界が綻びているからだ」

「結界が!?」


 周りを見回してみても、私の目には何も見えない。

 森から抜けた時にも結界を通過したと感じることもなかった。

 見えないのは私だけではないだろう。

 だからこそ水晶を勝手に移動しても平気でいられたのだ。


 あれ――。

 そういえば、『滅びの魔女』のせいで魔物被害にあった村があると噂を聞いたような。

 そうだ。

 どこかで聞き覚えがあると思ったら、それがカムシカ村だ。


「『滅びの魔女』のせいじゃなくない……?」

「関係ないな」


 ですよね。

 人為的に領土を広げようとして結界を壊し、魔物を招いただけ。


 ひどい。

 私利私欲で引き起こしたことで他人を巻き込むなと言いたい。

 何も知らない人が魔物被害があったと聞いて『滅びの魔女』と結び付け広がった噂なのかもしれないけれど、森を切り拓いた人は、そのせいで迷惑を被る人がいるなんて想像だにしなかったことだろう。

『滅びの魔女』なんてその姿を見たこともない人にとっては架空のお話と同じ。

 姿のない想像上の生き物と同じで、その苦労も気持ちも考えもしないに違いない。

 魔物に対してもそうだ。

 結界の中で暮らしていれば魔物に遭うことはないし、魔物の数自体が少なくなり、危機感が薄れ、結界を軽視するようになっているのかもしれない。


 腹が立った。

 欲をかき勝手に領土を広げた人も。

 事実など何も知らず無責任に噂をする人も。


「結界って、あの水晶が媒介してるんですよね」

「そのようだな」

「元の場所に埋めたら、結界も元に戻りますか?」

「いや」


 ということは、もう一度ここの結界を張り直さなければならないということか。

 レイノルド様が住むグランゼイルの城からそれほど離れていないためにあまり魔物被害がないのかもしれないけれど、これからも無関係な人が危険に晒される可能性がある。

 きっと水晶を動かした人もそんなこととは知らなかったのだろうけれど、知らなかったで済む話ではない。

 この村の村長に伝えなければ。


 いや。村長が知らないはずはない。

 そもそも、国を守る結界がこんな簡単に綻びるようにはできていないはず。

 こんな無防備に水晶が晒されていたのでは、害意を持った人が水晶を抜いたら終わりだ。

 そうさせないために水晶を守るための監視や砦、仕掛けか何かがあったはずで、それらが見当たらないということは、もはやこれは個人にできることではない。

 村長自身が主導し、村ぐるみで行われた可能性だってある。


 となると、直接村長に話しても無駄だし、迂闊に話せばこちらが危険を被りかねない。

 領主まで話をもっていく必要があるだろう。

 どうせ訪ねたいと思っていたからついでではあるけれど。

 こうなってくると話がややこしくなる。


 ただ単に物語好きの噂を聞いて訪ねたことにしたかったけれど、結界の話をすると何故そんなことがわかったのか聞かれることになる。

 レイノルド様が示した辺りの土を手で探ると、周りとは違い畑の土を埋めたのだろう固くない場所があり、それがちょうど私の手のひらほどの大きさの筒状になっていたから、違う場所に埋められていただろうことは、見ればわかってもらえるだろう。

 けれど移動したことによって結界が綻びていることが何故わかったと聞かれても説明ができない。

 レイノルド様の正体を明かすことは避けたいし。

 領主が相手ならある程度の身分があれば信用してもらえるかもしれないけれど、『滅びの魔女』である私がノーリング伯爵家を名乗っても追い出されるだけだ。

 また城に突き出されるかもしれない。


 とはいえ、社交界になど出たことがないから伝手もない。

 どうやってセンテリース領主に報告するべきか。

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