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第五話

 夕食も相変わらずレイノルド様が運んできてくれて、やっぱり口を開けとスプーンを差し出してきた。

 それを黙ってもぐもぐといただいた後、私は意を決してお願いをしてみた。


「あの。森に行かせてもらえませんか?」

「かまわないが。なぜだ?」

「薬草を採取したいのです。森で彷徨いながら熱を下げる効果のある葉を探していた時、他にもいろいろな薬草があるのを見つけまして」

「どこか具合が悪いのか?」

「いえ、私はすっかり元気です! ただ、私がこのお城に置いてもらえる間、何か恩返しになるようなことをしたいと思いまして。何か役に立つような薬を作りたいのです」


 というのも本心だけれど、一番のきっかけは資料室で会った猫耳のおじいさんだ。

 膝の痛みに効く薬と物々交換で資料を見せてもらえないだろうかと企んでいる。

 弱みを見せたくないということだと、そんな薬などいらん! と突っぱねられそうな気もするけど。

 既に私は言い当ててしまっているから弱みを知っている。

 それにつけこもうというのだから、私も悪いやつだ。


「そのようなことは考える必要はない」


 レイノルド様はそう言ってくれると思っていた。

 けれどその言葉に甘えているようではいつまでも私は邪魔で不審な余所者のまま。


「人の役に立ち、信用を勝ち取らなければ居場所は得られません」

「なるほど。たしかにそれはそうかもしれん。だがそんなことはしなくてもここにいればいいと私が言っているのだ。気にすることはない」


 そうはいかない。

 そもそも既に虎の威を借りようとして失敗している。

 あの猫耳のおじいさんはレイノルド様の名前を出してもがんとして譲らなかったし、そのことを告げてレイノルド様になんとかしてもらうつもりもない。

 そんなことをしたら金輪際信用してもらえなくなるだろう。


「レイノルド様だって、私を観察しようと思ったからこのお城に置いてくれているわけですよね? 異物を受け入れるには無害であることの証明が必要で、できないならそれに代わる利益が必要です。レイノルド様が庇ってくださっても、それこそが反感を買う要因にもなるかもしれませんし」


 濁したが、実際には毎日反感しか感じていない。

 レイノルド様にとって私が無害である証明が不要なのは誰にも負けない強さを持っているからで、レイノルド様が私を置いてくれている理由は他の人たちにはまっっったく利益になりえない。

 むしろ怒りしか買ってない。

 それらに代わる何かが必要で、それは待っていても手に入らない。

 私が自らの行動で示してみせねばならないのだ。


「皆さんに不安を抱かせたり、苛立たせたりするのは本意ではありません。それでも、グランゼイル国でしかできないことがある。そしてそれはこれから私自身が生きていくために大切なことなので、できるだけ迷惑をかけずにここにいたいのです」


 続けた私の言葉に、レイノルド様はじっと考えるように黙り込んだ。


「グランゼイル国にとって危険性のある私が受け入れられるためには、私自身にこの国に対する価値があると認められる必要があるのです」


 そこまで言って、言葉が返るのをじっと待つと、レイノルド様は「そうでもないと思うがな」と呟いた。


「だが真理ではあるだろう」


 ほっとして肩を下ろしたのもつかの間、レイノルド様の言葉は続いた。


「わかった。ならば私も森へ行こう」

「それでは意味がありません! 私が自分の力で成さねばならないのです」

「そうか。まあ城を出てすぐのあの森ならば魔物も獣も棲みつかない。危険もないだろう」

「そうなんですか?」


 そういえばさんざん歩き回っても生き物の気配を感じたことはなかったような。

 よくよく考えれば魔物に襲われて死んでいたかもしれなかったのに。

 何故魔物に襲われないのかなんて気にする余裕もなかった。

 植生が違っていたのも生き物がいないからかもしれない。

 植物が育つということは虫くらいはいるだろうけれど。


「私の気配が強く漂っているからな」


 レイノルド様を恐れて近寄らないということか。

 でもそれならば私一人でも大丈夫だろう。

 あの時は疲労から倒れてしまっただけで、森を歩くのには慣れているし。


「では明日、森に行ってまいります」


 そう元気に宣言すると、レイノルド様はふっと笑った。


「ああ。帰りを待っていよう」


 何故だか一瞬、胸が苦しくなった。

 レイノルド様が優しく笑うから。

 帰りを待っているなんて言ってくれるから。

 きっとおじい様とおばあ様を思い出して胸が苦しくなるのだ。

 久しぶりに人の温もりに触れたから。


 私はその夜、豚に姿が変わった後もなかなか寝付けなかった。

 瞼を閉じるとレイノルド様の顔が浮かんで、つい、はっと目を開いてしまう。

 私にとって、今一番落ち着く存在なのに。

 何故だか落ち着かなくなってしまった。 


   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・


 無事森でいくつかの薬草や花、樹皮やらを採取し、戻ってくると早速薬を作り始めた。

 乳鉢と乳棒の代わりに厨房ですり鉢とすりこぎを借りて、ごりごりと材料を混ぜる。

 無心になれるからか、煩悩が削ぎ落されていくようだ。

 手に馴染んだ作業を続けるうち、すっかり自分を取り戻せたような気がする。

 後々道具も自作していこう。


 そうして出来上がった薬を持って資料室へ向かった。

 ノックをしても応答がないから、今日はいないのかもしれない。

 ひとまず中で待とうと扉を開けると、猫耳のおじいさんがそこにいた。


「わあ」

「おい。出ていけと言っただろう」


 出て行ったじゃないですか、とはさすがに相手を苛立たせるだけだから言わない。

 こういうところが相手との関係をこじらせるのだと学習済みだ。


「今日は、交渉をしにまいりました。ひとまず中に入ってもよろしいでしょうか。許可をいただくまでは資料に手を触れませんので」


 そう言って猫耳のおじいさんの返答をじっと待つと、かなりの間黙り込んでいたけれど、場所をあけて私が中に入れるようにしてくれた。


「ありがとうございます」


 扉を閉めると、おじいさんは手短に話せ、というように顎をしゃくった。


「その膝の痛みを楽にする薬を作ってきました。これを差し上げますので、資料を読ませてもらえないでしょうか」

「薬だと?」


 これです、と瓶に詰めた薬を差し出すと、おじいさんはその場から動かずにただじろじろと眺めた。


「そんなものは信用できん。毒ではないといかに証明する。効き目があるかどうかもわからん」


 たしかにいきなり知らない人間から渡されても怖くて使えないだろう。

 私だってノーリング伯爵家の侍女に同じことをされたら手も触れずに逃げる。


「毒でないかどうかは私が証明できます」


 言いながら、瓶から少し薬を指でとると、自分の手の甲に塗って見せた。


「毒の場合、肌に赤みが出たり、湿疹が出ます。こちらを見ていていただければわかるかと思います」


 おじいさんは胡乱な目で私の手に視線をやっているけれど、困った。効き目があるかどうかはどうやって証明しよう。

 城内に薬師や医師がいれば証明を頼もうと思ったのだけれど、そういう人はそもそもグランゼイル国にはいないと言われた。

 多少の怪我は魔法で治せるし、大怪我を負うような人は弱者とみなされるのだそうだ。

 薬師や医師がいないのは、そのような弱者にかける労力など不要ということなのだろう。

 きちんと療養して怪我を治せばまた戦えるのに。

 そんな悠長なことを言っていられない環境なのかもしれない。

 レイノルド様がグランゼイルを治めるようになってからは国内でも争いはなく、他国や他の大陸から攻め入られることもほとんどないそうだけれど。

 そうしてこの国は守られてきたのだろうから、外から来た私が何かを言えるわけでもない。


 となると、どうしよう。


「効き目については、そうですね……。私が使って『効いた』と言っても何の証明にもなりませんし。公正な第三者に頼むとか? でもこの国でそんな実験を受け入れてくれる人なんてレイノルド様くらいしか――」

「バカもんが!!! 竜王陛下にそのようなことを!! アホ!! 愚か者!! 痴れ者!!」


 知っている限りの罵詈雑言を集めたというように唾をまき散らしながら怒ると、おじいさんはぜいぜいと息を切らし私を睨んだ。


「おまえ、作った薬をもしや陛下に渡してなぞおるまいな?」

「いえ、まだです」

「まだではない!!! 今後もするな!!! まったく……」


 まあ、予定もなかったけれど。

 本当は真っ先にレイノルド様に作りたかったのだけれど、どんなにじっくり眺めても、話を聞いても、体に具合の悪そうなところが見当たらないのだ。


「しかし、どんなに言っても私がいないところで渡しそうだな」


 たしかに。必要そうだったら渡すかもしれない。

 黙っていると、おじいさんはギッと私を睨み、「それをよこせ」と手を差し出した。


「使ってくださるんですか?」

「陛下に使わせる前に私が害がないことを確かめておかねばならん」

「ありがとうございます! 一日二回塗ってください。治るわけではありませんが、歩くときの痛みは楽になると思いますから。一瓶で五日くらいはもつと思います」


 安心してもらえるようニコリと笑ってみたら、おじいさんは嫌な顔をして顎を引いた。

 作り笑顔が過ぎたらしい。


「これはあくまで陛下に害がないよう私の所で食い止めるために受け取ったものだからな。別に私は膝なんぞ痛めておらんし、普通に働ける。わかったな?」

「はい」


 やはり、この国では弱みを見せることは命取りになるのだろう。

 そうだとすると、日々の小さな怪我や、ちょっとした不快感は隠して過ごしているのかもしれない。

 そんな中でわざわざそれを暴き立ててしまったのはさぞ不快だったと思う。

 だけど、そのちょっとした不快感を薬を使って早く治したり、抑えられたほうが、より大事な場面で存分に体を動かせると思ってもらえたら、私も少しは役に立てるかもしれない。

 そのためには焦らず、急がず、少しずつ。

 まずはこの城にいる人たちに挨拶をして、話をして、害意はないとわかってもらい、信用してもらうしかない。

 今日はそのための大事な一歩を踏み出せたけれど。

 長期戦を覚悟しながら「それでは」と挨拶をして資料室を退室した。


 翌日、資料室を訪ねるとおじいさんの姿はなかった。

 昨日は待ち構えられていたことを考えると、許してくれたのかもしれない。

 都合よくそう解釈することにして、私は遠慮なく資料探しを再開し、夜に向けて三冊ほど借りて部屋へと戻ったのだけれど。


 三日後のことだった。

 いつものように資料室の扉を開けると、奥のほうでごそごそと物音がした。

 音がするほうへ進んでいくと、あの猫耳のおじいさんが棚から本を取り出し、並べていた。


「こんにちは」


 関係性を構築する第一歩は挨拶だ。

 そう物の本に書いてあった。

 しかしおじいさんはジロリと私をひと睨みすると、すぐに作業に戻った。


「何をしているんですか?」


 めげない。というより気になってつい声をかけるとおじいさんは手を動かしながら口を開いた。


「誰かが適当に並べたようだからな。分類別に直している」


 もしかして、と思ってはいたけれど。


「ここの管理人さんですか?」

「それ以外にこんなマメに足を運ぶやつなどおらんだろう」


 たしかに。ここでおじいさん以外に会ったことはない。

 いつの頃からか仕事をしなくなり、今は城内の部屋に閉じこもっているらしいと聞いていたけれど、それは膝の痛みのせいだったのかもしれない。

 ということは。


「薬、効きました?」

「さあな!」


 私がにやっとしてしまったせいかもしれない。

 おじいさんは怒ったようにそう言うと、ぷりぷりとしながら奥の方へ行ってしまった。

 どうやら今日は出ていけとは言わないらしい。

 これで腰を落ち着けて資料探しに集中できそうだ。


 ちょうど一つ気になる記述を見つけたところだ。

 たしかめるためにはレジール国に行かなければならないけれど。

 ちょっと怖い。

 ご飯の時にレイノルド様にも相談してみようと決めて、資料探しを再開した。

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