5話
気分が乗ったので久しぶりに投稿です。ご一読ください!
「んじゃ、早速だが個人的にさっきの演技を見ていて気になったところを言っていくね。」
「はい!お願いします!遠慮なく言ってください!」
とりあえずベンチに座ってゆっくり話そうということになり、本題に入る。
しかし迷うな。さすがに本音全部ぶちまける訳にもいかんし、かと言って曖昧な言葉で誤魔化すのも良くない気がする……
まずはいいとこからだな、欠点の指摘はそれからにした方がいい。そのほうが正しいだろう。
「じゃあまず、俺が思った本部さんの良いところだけど、すごく声が綺麗だ。耳に流れ込むように声が入ってきて、聞いていてとても引き付けられる。これは立派な長所だよ。」
「い、いえそんな……普通の声ですよほんとに……えへへ……ありがとう、ございます」
……くっそ可愛いな。
顔を赤らめ恥じらいながらも褒められたことが素直に嬉しかったらしく、笑みをこぼす彼女に思わず惚れそうになった。
「あ、あぁ。まぁそこがいいところかな、うん。ほんの少ししか見てないから、今はぶっちゃけこれくらいしか思い浮かばない。ごめんね……」
「いえ、少しでも褒めていただけただけで嬉しいです。それじゃあ次は悪い所、ですか?」
「そうだね……本部さんの欠点で俺が個人的に感じたことは、たった一つだけだ。俺もプロじゃないから当たり前のことになるかもしれないけど、それでも良ければ、言わせてもらうね。」
「はい!お願いします!」
メモするためかカバンから手帳とペンを取り出し、ビシッ!と姿勢を正して真っ直ぐ俺の目を見てくる。
そんな真っ直ぐ目で見られるとなんというか恥ずかしさで緊張して、色々乱れそうになるんだが……
それにしても、改めて本当にめちゃくちゃ美人な子だ。ほんとに俺みたいなぼっち陰キャが関わっていいような人間なのか?どっかの金持ちの御令嬢とかだったら多分俺、タダじゃすまねぇだろうな……
「?先輩、どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。大丈夫」
「そう……ですか?それじゃ、お願いします!」
「俺が感じたことはたった一つ。演技がぎこちないこと。これは初心者役者に多く見られる傾向なのかな。台詞に集中しすぎて動きが不自然になったりだとか、逆に動きを気にしすぎて、台詞に感情を込めるのが疎かになってたりとか。そんなふうにして、演技全体のバランスが取れなくて、結果いいパフォーマンスが出来てないのが欠点……ってどうかした?」
「……」
本部さんの方を見ると、彼女はじっと俺の目を見て、口を半開きにしながらメモする手を止めていた。
「あ、あのー本部さん?」
「先輩凄いです……ほんの少し私の演技を見ただけでそこまで分かっちゃうなんて……!」
そう言って本部さんは目をキラキラさせながらズイっと俺に顔を近づけてきた。
「ま、まぁ多少映画とか色んなドラマ見てるからそのおかげで演技の善し悪しはわかるようになったって言うかなんというか、まぁ大したことじゃないよ」
顔が近いことと彼女の周りから香る甘い匂いとキラキラした目と可愛い顔のクアトロアタックで緊張しまくり思わず早口になってしまう。
純粋無垢すぎて逆に怖くなってきたぞ、てか褒めるより欠点のほうを多めに言われているのに落ち込むどころか感心してるとか……どんだけストイックなんだよこの子。
「本当に凄いです……具体的で分かりやすいですし、とても参考になりました。」
「そ、そう?ならよかったよ。力になれたみたいで」
「はい!本当にありがとうございます!今のことを意識しながら、練習頑張ります!」
「うん、応援してるよ。素質はきっとあるから、頑張って。本部さんなら最高の演技が出来るよ。」
「日向でいいですよ。先輩なんですから、気にしないでください。」
「なら俺も誠司でいいよ。それじゃあ、えと、日向、ちゃん……」
「はい、誠司先輩。」
俺の名前を呼んだあと、トドメのにっこり笑顔。
あぁ……いいなぁ、なんかこういうの、結構悪くない......
「それであの、誠司先輩」
「え?ど、どうした?」
心地いい感覚の余韻に浸っていると、日向ちゃんが何やらモジモジした様子で話しかけてきた。
「もし良かったら、また今度私の演技を見て貰えませんか?今回言われたことを改善して評価して欲しいんです。良ければ、ですけど……」
「あぁいいよ。俺もまた日向ちゃんの声を聞きたいなぁって思ってたから」
俺は二つ返事で即答した。脳より先に口が動いていた。
「ありがとうございます!それじゃあ今日は帰って早速家で練習してみます!」
「あぁ、頑張ってな。」
「はい!あ、それじゃあその……連絡先、交換しませんか?次の予定合わせ用で」
「わかった。はい、これ俺のQR」
ぴろりん。
『日向が連絡先に追加されました』
「ありがとうございました。それじゃあ、また次回よろしくお願いします。お疲れ様でした!」
「うん、それじゃあまたね。」
そう言って軽くお辞儀をしてから帰っていく日向ちゃんを俺は軽く手を振りながら見送った。
しばらく呆然とその場に立ち尽くして俺の意識がようやく脳と繋がり始めた時、俺は脱力感に襲われ、その場で軽くよろけてしまった。
「まじか、こんなことになるなんてな……いきなりのことでついペルソナ状態になっちまった。そのせいでなんかポンポン話進んじゃってるし......マジの他人にはまだ抵抗あるって感じか」
ペルソナ状態。俺の持つ特技、というよりは俺自身を守るための防衛本能のようなもの。
ペルソナとは、心理学的意味で「自己の外的側面」という意味がある。つまり、自分を偽るための仮面ということだ。
俺は本当に信用していない人間と話す場合、この状態になる。
この状態になると、声のトーンは少し上がり、しゃべり方や表情、雰囲気がボッチの時の暗い俺とは全く別にすることができる。
男女の区別なく、普通に話せる陽キャ男子を自ら演出することができる、と言いたいが、正直この辺りはまだ発展途上だ。
人と話すのを嫌い、関わることを善としない俺がやむ負えず人と接しなくてはならなくなったとき、効率よくかつ上手くその場をやり過ごすために中学のころ編み出した技。
本当の自分が、誰からも受け入れられないことを前提に、編み出した特技である。
そんなペルソナ状態のまま、怒涛の流れで次の会合の予定が決まり、連絡先まで交換して名前呼びまで獲得した。あまりにも展開が早すぎるし、何より注意が足らない。
上手くやり過ごすにしても、少し選択を誤ったかもしれないな。
日向ちゃんのあの目を見ればわかるが、彼女は決して悪い人ではなのだろう。
だが、目だけで人は判断できない。人の内なる心ほど、怖いものはないのだから。
「……でも、いい子だったな。また、あの子と話せるのか。......案外悪くないかも」
俺はそんな、疲れたような心地いいような曖昧な心に癒しを求めるように、本来の目的地である、風香の待つ自宅へ急いだ。