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異次元ルームシェア。

作者: 若松だんご

 なにがどうしてこうなった。


 誰か。誰か説明求む。

 目の前に立つ、あたしより若そうな男の人。多分、二十代前半。

 背が高くて、ちょっとイケメン、イイ男♡ じゃなくて。


 (どっから現れたのよ、この人!)


 日が落ちて暗くなった部屋。パチンと明かりを点けた途端現れた男。

 ワンルーム。女一人暮らしのカレシナシ。

 これに驚かずしてなにに驚けばいいのか。


 「……やっぱりビックリしますよね。すみません」


 目を真ん丸にして、スイッチを押した格好で固まったあたし。そのあたしを見て、男性が少し困ったように眉を寄せた。


 「えっと。まずは自己紹介させてもらいます。僕は、忍海(おしみ)陽斗(はると)。この部屋の住人です」


 「――は?」


 かすれた間抜けな声が出た。

 名前は置いといて。この部屋の? 住人?


 「ああ、誤解しないでください。アナタのいるその部屋の契約者はアナタご自身で、そこはアナタの部屋です」


 「……はあ」


 さらに間抜けな声が出た。

 なにその「竹垣に竹立てかけたのは、竹立てかけたかったから、竹立てかけた」的説明は。竹タケアナタナタだらけで意味わかんない。

 この部屋の契約者はあたしで。

 この部屋の住人はあたしで。

 この部屋で暮らすのはあたしだけの予定なんだけど?


 「う~ん。なんて説明すればいいのかな」


 男、自称忍海(おしみ)陽斗(はると)さんが頭を掻く。


 「とりあえず、順を追って説明してくと、僕、数年前にこの部屋を契約してた者なんです」


 「数年前? じゃあ、間違ってこの部屋に帰ってきてしまった――とか?」


 「違います。それなら、ここの住人って名乗らないんじゃないですか」


 あ、そっか。

 酔っ払って、間違えて以前の部屋に帰ってきちゃった人は、「住人です」とは言わない。「すみません、つい間違えちゃって」で帰っていくだけ。こんなふうに部屋に入り込むはずがない。


 「じゃあ、幽霊――とか?」


 ちょっとだけ声が震えた。

 見た感じ幽霊には見えなかったけど、幽霊なんて生まれてこの方見たことないんだから、「これが幽霊です!」って正解を知らない。

 この部屋の家賃、駅近、コンビニ近の築浅家具付きワンルームにしては、破格のお値段だった。相場より安すぎる。一応気になったから紹介してくれた不動産屋にも尋ねたけど。


 (事故物件じゃないんですがって、言葉濁してた……)


 事故物件じゃない。けど、入居した人がすぐに転居しちゃう部屋。

 それ以上は教えてもらえなかったし、自分も切羽詰まってたからそれ以上尋ねたりしなかった。便利で安い。その素晴らしい言葉に、一も二もなく飛びついてしまった。事故物件、幽霊出るんじゃなければいいや、ぐらいの感覚で即決。

 けど。


 「僕、幽霊じゃないし、お化けでも生霊でも、ドッペルゲンガーでもイマジナリーフレンドでもないです。生きてますから」


 オカルトっぽいもの全部否定。

 でも、「幽霊が『アイムユーレイ』なんて名乗らないよね」と心の中でツッコんどく。自分が死んでることに気づいてない幽霊なんてのもあるって言うし。


 「僕は転居したわけでも死んだわけでもなくって。その……生きてる次元、時空みたいなのが、ちょっとズレてしまったんです」


 「――は?」


 オカルト設定の代わりに、よくわからないSF設定が来た。


          *


 「朝倉さん、ダルマ落としって知ってますか?」


 テーブルを挟んだ向かい、普通に席についた忍海さんが言った。


 「ダルマ落としって。あの、だるまの下の積み木を木槌みたいなのでスコーンっと叩いてくってやつですよね」


 積み木を全部叩いて、最後までだるまが転げ落ちなければ勝ち――みたいな。


 「そうです。そのダルマ落とし。それに近い現象が僕の身に起きたんです」


 「どういうこと?」


 「例えて言うなら、今、朝倉さんが暮らしてる次元。それがだるまとその下の積み木だとします。積み木一つひとつが人と人のいる空間。それがいくつも重なって世界ができてる」


 「はあ」


 「僕は、その積み上がった世界から、ある日突然、スコーンっと弾き飛ばされたんです」


 机の上、見えないダルマを見えない木槌で叩いた忍海さん。


 「弾き飛ばされた僕は、そちらの積み上がった世界の隣にいます。飛ばされた積み木が、積み上がったままのダルマのすぐ隣に並んでる……みたいなイメージを持ってもらえればいいかと」


 「う、うん」


 ???

 よくわからないけど、わかったフリをする。


 「僕のいる世界は、そちらから隔絶されたわけじゃなくて。そちらの世界と重なっているんです。今みたいに」


 「今みたいに?」


 「ええ。朝倉さんから見て、僕は今、どういう状態に見えますか?」


 「どういう状態って……」


 お化けですとか、幽霊ですとか、ましてやアタオカ変質者ですでもなくって。


 「普通に、対面してお喋りしているように見えますが」


 触れるのかどうかはわかんないけど。でも、さっき、ギィって椅子を引いて腰掛けてたし。見た感じ、普通の成人男性に思えるけど。(頭の中は別として)


 「そうなんですよね。こうして顔を合わせて、お喋りもできる。セクハラだからやりませんけど、おそらく手をつなぐこともできますよ」


 ニコッと笑った忍海さん。

 あ、触ること=セクハラという常識はあるのね。


 「でもね。さっきから朝倉さんは僕のこと、幽霊かなにかだって思ってらっしゃるかもしれないけど。僕からしてみれば、朝倉さんは突然僕の部屋に現れた、幽霊みたいなものなんですよ」


 「あたしが?」


 「ええ。僕の場合は、経験者なのでそんなに驚きませんけど。灯りを点けようとしたら、突然明るくなって僕の部屋の中に現れた女性。それが朝倉さんなんです」


 「ってことは、あたしが幽霊、不審者ってこと?」


 「まあ、言ってしまえば。突然、僕の部屋の中に現れたんですから。不審者とか幽霊だとは言いませんけど。でもそれに近い感覚はあります」


 「そうなんだ」


 部屋の中に急に現れたってのなら、その扱いは仕方ない。――仕方ないの? この場合。


 「僕のいる次元と朝倉さんのいる次元。隣り合わせの次元が、どういうわけか、日没から日の出までの時間だけ重なる。この時間帯だけは、僕と朝倉さんは同室、ルームシェアになってしまうんです」


 「え? ヤだ!」


 即答。

 いくらイケメンでも、いくら常識ある人でも。見ず知らずの男性とルームシェアを「いいですよ」とは言えない。


 「そう……ですよね」


 音にならない、大きなため息。即答すぎて、忍海さんを傷つけちゃった?


 「あの、この部屋を出て、外で過ごすってのは……」


 あたしから見て、忍海さんは闖入者に近い。だから、女性のあたしより男性である忍海さんに、外で過ごして欲しいって思うんだけど。


 「それができれば。ムリなんですよ、僕の場合。この部屋から出られないんです」


 「それって、なんか地縛霊的な……」


 「違います。僕の場合、こちらの次元にいるのが僕だけなので、世界が広くないんです」


 「どういうこと?」


 「こっちの次元にいるのは僕だけ。僕が暮らすだけの空間しか、こちらの次元には世界が存在しないんです。そちらの次元のように、たくさんの人が暮らしていないせいでしょうね」


 「じゃあ、玄関の外はどうなってるの?」


 そもそもドアとか開けられるの?


 「玄関の外は、青とも赤とも黒とも白ともつかない亜空間ですよ。よくSF映画とかで表現されるような、なんとも言えないモヤのような渦を巻いた世界。踏み出せば何かが変わるかもしれませんが。朝倉さんは、地面があるのかどうか、上も下もわからないような場所に踏み出す勇気をお持ちですか?」


 「あ、ありません」


 そんな勇気はないです。あったとしても、それは勇気じゃなくて無茶無謀、考えなし。


 「なので、この状況が受け入れていただけないのなら、朝倉さんの方に転居願うしかないんです」


 「あたしが!?」


 驚き自分を指差すと、忍海さんが「はい」と頷いた。

 

 「この部屋、ワンルームですから、逃げ場がないんですよね。以前ここに住んでた方は、男性ですけど、『お前はクローゼットに入ってろ!』ってガチギレしてきました。おかげで、その人がいる間、ずっと夜はクローゼット暮らしでしたよ。ここ、僕の部屋でもあるのに」


 笑い話、ネタのように話してくれるけど、それってかなりキツくない?

 自分の部屋なのに、クローゼット暮らしって。あたしならブチ切れる。ブチ切れて相手をクローゼットにぶち込む。闖入者はテメエだろって。


 「なるべく接触しないように気をつけますが。この状況に納得いただけない場合は、朝倉さんに転居願うしかないんです」


 忍海さんが出ていけない、次元が重なり続けるなら、あたしが出ていくしかない。だって、あたしのいる次元は、普通に部屋の外に出られるし。外に出て、いろんなことができる。だからあたしが引っ越すのが筋。それが道理。それが普通なんだけど。


 「すみません。あたし、ムリです」


 人に出ていってって言っときながら、自分はムリって。すっごいワガママに聞こえるけど。


 「ここに越してくるのが精一杯で。引っ越すだけのお金無くって……」


 言ってて自分が情けない。情けなくて、うつむくしかない。


 「朝倉さん?」


 心配そうにこっちを見てくる忍海さん。


 「実はですね~、恋人、結婚秒読みだと思ってたカレシに、お金、持ち逃げされちゃいまして~」


 アッハッハ~。

 パッと顔を上げ、頭をペシペシ、明るくカミングアウト。


 「ヒドいですよね~。浮気されて、それを責めたら、次の日、仕事に行ってる間に、金目のもの、全部持ち逃げトンズラですよ。アパートも勝手に解約されて、家具も何もかもがスッカラカンです。ハッハッハ」


 イヤア、マイッタマイッタ。

 おかげで只今、大金欠。

 とりあえず服とか最低限はカードで買ったけど、次のボーナスが入らない限り、引っ越し費用は捻出できない。


 「朝倉さん……。すみません」


 「いいんです、いいんです。そんなカレシの本性を見抜けなかった、あたしがバカだったんですよ~」


 申し訳なさそうな忍海さんに、笑って返す。

 理不尽クローゼット暮らしを忍海さんが笑い話にしたように、あたしも元カレの所業を笑い話に、笑い話に……、わら、い……。


 「――あ、あれ? おかしい、な」


 ボロボロと流れ落ちてくる涙。笑おうと引きつる頬を幾筋も流れ落ちていく。

 おかしい。おかしいな。これって、泣くほど面白い話だっけ。


 「朝倉さん。ちょっとだけすみません」


 立ち上がった忍海さん。そのままあたしに近づいてきて。


 「ムリしなくていいですよ」


 後頭部に回された忍海さんの手が、あたしの頭を抱き寄せる。

 大きな手。温かい手。伝わる優しさ。――限界。


 「ゔっ、うあああぁん……!」


 涙も鼻水も泣き声も。理性という堤防がぶっ壊れて大氾濫。


 「うあっ、ああん、ヒグッ、グズッ、うあああぁ……」


 ワアワア、オイオイ、ワンワン、グズグズ、エンエン、ズビズビ、ダバダバ。あらゆるオノマトペを使って、涙と鼻水と溜まった感情、我慢してたものが全部溢れ出していく。


 「――大変でしたね」


 優しくあたしの髪を撫でる忍海さんの手。

 それ、セクハラですよ。

 なんて言葉は封印して、与えられた優しさに全力で甘えさせてもらう。

 撫でられるたびに、あたしのなかに詰まってたものがドンドン溢れて、あたしのなかが軽く空っぽになる感覚。とても気持ちよかった。


          *


 結局。

 引っ越し資金のないあたしと、外に出られない忍海さんは、このままルームシェアをするしかなかった。

 期間は、あたしが引っ越し費用を用意できるようになるまで。

 それまで、日没から日の出までの時間限定でルームシェアする。


 「ゴハンは僕に作らせていただけませんか」


 そう提案したのは、忍海さん。

 なんでも彼のいる次元は、日の出日の入りはあるものの、暦の移り変わり、時間の経過みたいなものはなく、彼自身、お腹が空くという生理現象が発生しないらしい。


 「でもだからって、一緒にいて誰かが食べてるのを見てるだけってのは……ねえ」


 まあこっちも、食べてるところをジーッと恨めしそうに見られてるのもなんなので、ゴハンを作ってくれるならと、二人分の食材を用意することにした。

 

 「こっちの次元って、やることないから助かります」


 あたしが用意した食材を、いそいそとうれしそうに調理し始める忍海さん。日中、あたしが用意したものは、あっちの次元に、ポコっと降って湧いたように出現するらしい。

 次元の違う忍海さんのスマホは、こっちの次元の誰ともつながらなくて。部屋からも出られないから、そういう家事を引き受けることで起きる変化がとてもありがたいんだって。

 あたしにしてみれば、仕事から疲れて帰ってきたら、いつの間にか食材が美味しいゴハンに化けてるんだからとっても助かる。

 ただ、この同居生活。一つだけ注意点があるようで。


 〝夜の間は、タンスの衣類に触らない〟


 あたしが、タンスからパーカー引っ張り出したら、顔を真っ赤にした忍海さんに止められた。


 「ごめん、それ、朝倉さんが僕の下着に触ってるようにしか見えない」


 だって。

 「うおわ!」と叫んで、パーカーを放りだしたのは言うまでもない。

 衣類と衣類、食器と食器、小物と小物。

 あたしにしてみれば、あたしの食器や小物を忍海さんが使ってるように見えてるけど、彼にしてみれば、あたしが彼の食器や小物を使ってるように見えるんだって。だから、あたしが衣類に触れるってことは、彼には、自分の服に触れられてるように見えるってわけで。


 (下着って言ってたけど。まさかおパンツじゃないわよね)


 あの真っ赤さ具合から、それが不安。おパンツ触ってるように見えたのなら、あたし、痴女じゃん。ガサゴソタンスを漁っておパンツ取り出す変態。うっかり顔を近づけたら、警察通報案件。


 そして最大の難関。

 寝る場所問題。

 最初、忍海さんはあたしが気になるだろうからって、クローゼットで寝るって言い出した。風呂場は寒いから、クローゼットでごめんって。

 でも、それは「ナイ」と思ったので、却下させてもらった。

 だって。

 彼にしてみれば、いきなり現れた見知らぬ女が自分のベッドを専有してるわけでしょ? それなのに、クローゼットでって。それはない。さすがにない。

 あたしが床で寝るから、忍海さんがベッドを使ってって言ったら、「朝倉さんは働いてるんだから。ベッドでゆっくり休まなきゃダメ」って、ベッドを使うことを固辞されてしまった。

 うーん。ここで「じゃあ一緒に寝よ?」じゃないところ、紳士だよね。

 仕方がないので、速攻でお値段以上な布団セットを購入。「いつまでここで暮らすつもりなの」って、忍海さんには笑われたけど、必要経費だ、問題ない。


          *


 朝。

 朝になると、忍海さんは姿を消す。

 こういうと、まるで幽霊みたいだけど、そうじゃない。

 日の出とともに、あたしたちの次元の重なりが終了するだけ。忍海さんは見えないだけで、朝になってもあたしと同じ空間にいる。

 まるで、時計の針みたい。

 重なる短針と長針。

 わずかな時だけ一本の棒のように重なって。時が過ぎればまた離れて。でも永遠に離れてるわけじゃなくて、また一本に重なる。離れていても、同じ時計の枠のなかに収まってる。

 忍海さんが見えなくなった部屋の中。

 あたしは、スーツに着替えて、メイクをすませる。


 (これ、忍海さんから見たら、何に見えてるんだろ)


 鏡の中、映るメイク姿にふと思う。塗っているのはアイライナー。でも、忍海さんの部屋にアイライナーはなさそうだから、彼が見たらきっと別のものを塗り塗りしてるように見えるんだろう。


 (昨日のパスタ、あたしが器用にスプーンに巻いてるように見えるって言われたし)


 パーカーが下着に見えるように。あたしも持ってたフォークは、彼にはスプーンに見えたらしい。

 なら、アイライナーは?

 どんな大喜利が返ってくるのか。考えただけで勝手にフフッと笑いが漏れた。


 朝の7時18分。

 電車に間に合うように部屋を出る。

 味気ない灰色コンクリートの三和土を、軽く靴先で蹴る。

 今朝の冷蔵庫。入れておいたのは鮭の切り身と鶏の挽肉、それとお野菜いくつか。全部、忍海さんからリクエストされて用意しておいたもの。もちろん鮭の切り身は二切れ二人分。

 それが、帰ってきたらどんな料理に変化しているのか。

 どんな料理といっしょに「おかえり」って言ってくれるのか。


 「いってきます」


 フフッと笑いたくなるのをこらえ、誰も見えない部屋に向かって声をかける。こんなふうに、帰って来るのが楽しみだなんて、いつ以来だろう。


 (帰りに、ケーキでも買ってこようかな)


 いつも家事を請け負ってくれてる忍海さんへのお礼。いっしょに食べたら、やっすいケーキでも絶対美味しい。


 ――いってらっしゃい。


 次元の先から、見えない彼の笑顔と、聞こえない彼の声がした気がした。

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