第2話 カーテン越しの別れ
私は屋敷に入るとすぐに両親の元に行き、泣き腫らした顔で先程見た出来事を話した。
その話を聞いた両親は顔面蒼白になり、父は即アルカネラ邸へ早馬を送った。
シュレオが我が家に来た頃には、黄色みがかった空からオレンジ色にゆっくりと変わり始めていた。
私はシュレオの顔を見る勇気も同席する度胸もなく、隣の部屋で壁越しに中の様子を窺っている。
「あの…緊急のご用件という事で急いで馳せ参じました。遅くなりましたが…両親の葬儀に際しましてはご多用の中、御会葬いただきありがとうございました」
「……ああ」
「…あの…如何されましたか?」
挨拶を述べるシュレオに対して、そっけない返答をする父。
いつもとは違う雰囲気を感じているのだろうか…シュレオが緊張している事が声から伝わって来た。
「…エ、エルナーラは今日はご不在ですか? 会って直接渡したかったのですが…この花を彼女に渡して頂けますでしょうか」
お花…? いつものガーベラの花束かしら?
会えない時はガーベラの花束が届いていたっけ…
「まだまだなれない領地運営にかまけてしまい、なかなか彼女と会う事ができず、申し訳なく思っております」
両親からの言葉がない事で緊張に拍車がかかり、シュレオは一人で話していた。
だがその時……
「申し訳ないと思っているのなら、なぜエルナーラを裏切った!!」
ダアン!!と机を殴り、大声を上げる父の声が部屋中に響いた。
「あなた! 落ち着いて下さいっ」
父を宥める母の声が聞こえる。
「う、裏切るって…僕がエルナーラを!? いったい…っ」
突然怒鳴り声をあげた父に戸惑い、言っている事が理解できない様子のシュレオ。
「この期に及んで惚けるつもりか! よそで女を囲い、しかも子供までいるそうだな!」
「え!?」
「今日、エルナーラが見たそうだ! 貴様とそっくりな顔をした小さな男の子と長い金髪の女性と3人で仲睦まじげに歩いているところを!」
「あの子…泣きながら話していたわ…」
「!」
シュレオは何も言わなかった。
様子は見れないけれど、部屋の張りつめた空気を壁越しでも感じた。
「本当の事なのか!? どうなんだ!!」
「…そ…れは…」
父に問い詰められ、言い淀むシュレオ。
誤解だと!
訳があると言って!
お願い!!
私は最後の僅かな希望に縋るように、心の中で叫んだ。
けれど、その願いは次の言葉で無惨にも砕け散った。
「………僕の……子供です…」
ドカッ! ガッシャーン!!
「あなた! やめて!」
父がシュレオを殴ったのだろう。
必死で止める母の声。
「婚約破棄及び慰謝料諸々の話は、今後弁護士を通して行う! 二度とその顔を見せるな!!」
「…誠に……誠に申し訳ありませんでした」
シュレオの力ない謝罪の声が聞こえた。
口を押さえている両手が震える。
次から次へと流れる涙に、シュレオの裏切りを実感した。
私はふらりと立ち上がり、窓際へゆるりと向かう。
閉じられていたレースのカーテンの隙間から外を見ると、ちょうど馬車に乗り込むシュレオが見えた。
シュレオがこちらを振り返ったが、薄暗くなった中で彼の顔がよく見えない。
私はカーテンを引き、窓に背を向け、その場にしゃがみこんだ。
暫くするとバタンと扉が閉まる音がし、馬車は蹄を鳴らしながら門へと遠ざかって行った。
これでお別れなのね…
6歳であなたと出会い、婚約を交わしてから10年。
まさか貴方が私を裏切るなんて夢にも思わなかった。
だって私たちはお互いに想い合っていたから…
なのに2年以上も前から浮気をしていたのに、彼の様子がおかしい事に気づいたのが数か月前だなんて、私もどれだけ鈍いのかしら…
「ふふ…何も知らない私を二人で笑っていたのかな…愚かな女と…。けど、シュレオはすぐに顔に出るのに…よく今まで隠し通してきたもの…よ…ね…」
私は自分の言葉にハッとした。
そう…シュレオは隠し事をするのが下手な人だ。
例え嘘をついても、すぐに表情や態度に出るから必ず分かる。
伊達に10年も婚約者をやってきてはいない。
シュレオがきれいな女性と小さな男の子と…家族のように歩いている姿を見てパニックになってしまったけど冷静になって考えると……
そうよ!
二年以上前からの関係なら、私が気が付かないはずがないっ
彼の様子がおかしい事に気が付いたのは数か月前から。
なら関係はその頃から?
じゃあ子供は? とてもじゃないけど、生まれたばかりの赤ちゃんには見えなかった。子連れの女性を好きになったの?
でも…あんなにシュレオにそっくりなのに、他人のはずがいないわ!
だったら…
「……だったら…やっぱり私が単に気が付かなっただけって事よね……ふ…何いろいろこじつけようとしてるのかしら…結局は裏切られた…それがまぎれもない現実なんだから…」
私は立ち上がり、両親がいる隣の部屋へと赴いた。
「お父様…お母様…家名に泥を塗るような事になり…ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
私は両親に深々と頭を下げた。
婚約破棄
しかも、婚約者に妻と子供がいた。
こんな醜聞、社交界ではいい物笑いの種だ。
両親にとって、私は家名の恥以外の何者でもなくなってしまった…
「何を言っているの! エルナーラ! あなたには何の落ち度もないわ!」
「そうだ! お前が頭を下げるような事は何一つない!」
「お母様…お父様…」
私は両親に抱きしめられながら、床に散らばっていたガーベラを見るともなく見ていた…涙で視界がぼやけるまで…