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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

拭い像 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おっはよ〜、つぶつぶ。今日はやけに早いのね?

 私? 知ってるでしょう、罰の掃除当番。正当防衛とはいえ、備品を壊したのはよろしくなかったわね。こうして別の備品の手入れをさせることで、余計な罪を重ねないか試されている……といったところかしら?

 ああ、よかったら少し待ってもらえると嬉しいかな。もう少しでこの掃除も終わるし、先生に報告しないと。


 うーん、ここのところ一週間はあのお手入れで早起きしっぱなしよ。

 もう身体の内側が「う〜」て、うなり声あげたい気分だわ。ここのところ夜更かし続きの、遅刻ぎりぎりだったから身体が驚いているみたい。

 健やかへの飢えというか、凝り固まっていたものがどんどん身体の中へ溶けだしてる感じだわ、うん。気持ちいいとは言い切れないけど、悪くはなさそうね。

 あ、そうそう手入れといえば、つぶつぶは物のお手入れって好きなほう?

 たとえそれが商売道具であったとしても、こうして強制力ない限りは、そうそう時間を割く気になれないかもだわ、私。自分の好きに使いたい時間が多すぎてね。

 もし手入れにこそ時間が割ける、という人がいるならそれはとっても貴重だと思う。ものを大事にする以外に、そうでないとたどり着けない境地があるはずだから。

 私の聞いた話なんだけど、耳に入れてみない?


 むかしむかし。

 大陸から仏教が伝わってきたあたりのことらしいわ。

 仏の教えを広めるため、日本のあちらこちらにお寺が建ち始めたころ。とあるお寺では仏様をかたどったとされる、銅像が運び込まれたそうな。

 厳密には祖師像……仏教を広めるのに、大いに貢献をした僧侶の像らしいのだけど、背もたれとひじ掛けを持った椅子に腰を下ろす、袈裟姿をしていたとか。

 実際の大人とそん色ない大きさを持つその像は、他の像たちに比べてより手を入れて、清められるのが義務付けられていたみたい。


 多い時は、日に20回を超すほどで、修行中の小僧さんなどは用事や修行の合間に、誰かしらが像みがきに精を出している様子だったとか。

 参詣に来る人には見られない奥の間で磨かれる祖師像は、銅そのものを思わせる赤褐色に染まっている。清める者がほこりを拭うのに使う布も、磨き終わるころにはすっかり同じ色を宿してしまっていた。

 色落ちしているのではないかと、心配する者もいたけれど、和尚さんからは気にせず続けるようにというお達し。

 全身をくまなく拭い、そうして汚れきった布切れは水を張ったタライへいったん集められ、落としきれる分の汚れを落とし、再利用され続けていたとか。

 この水も掃除のたび、つどお寺の境内へ撒かれて、その土の上を掃き清められていたらしいわ。



 銅像の掃除が始まって、しばらくしてより。

 夜中の掃除担当だった小僧さんが、像の足元まで拭い終わり、ひと段落しようとしたときのこと。

 縁側に置かれているタライのもとへ向かったところ、石段を踏む音がかすかに響いた。

 お寺の石段はざっと100段。上るのであれば、たいていの者は小気味よく、段を踏む音を紡いでいくだろうけど、今回の足音はひとつ踏んでから、次を踏むまでが長い。

 まるで上るたび、あたりをうかがっているかのような、不可解な気配だったとか。

 皆の眠る離れは、すでに寝静まっている。誰かを起こしに向かうも時間はかかるし、相手の正体を見極めてからでも遅くはないはず。

 そう思った小僧さんは、銅像のおさまるお堂の影に隠れながら、石段よりの気配に神経を張る。


 ゆったりとではあるものの、音は次第に大きくなっていく。

 耳を澄ませながらも、小僧さんはかすかな違和感を覚えていたそうね。なにせ石段をこする音があまりにきれいすぎたらしいわ。

 山間に建つこのお寺の石段は、そこかしこに小石や落ち葉、木の実などがひしめいていて、それらを避けて上るのは非常に困難。日々の掃除でも、ややもすれば彼らによって彩られてしまうほど、ここの石段は人気だった。

 それがいま、清掃の手が入らぬ夜中であったら、なおのこと。毎朝、時間をかけてそれらをのけている身からすれば、この時間帯にかの連中を転がす音抜きに、上り続けていくのは困難なはず。

 小僧さんはごくりと固唾を呑んで、近づいてくる気配をなお待ち続けたわ。



 いよいよ石段の音が迫ってきたとき。

 石段の下から、ぬっと境内側へはみ出てきたのはろうそくだったというわ。間を置いた二本一対のそれは、先端に橙色の炎をかかげ、わずかに揺らめいていた。

 それは相変わらずの緩慢な歩みによって、しばし止まってはまた背を伸ばし、また止まっては再度伸ばし……と、着実に自分の姿をさらしていく。

 二段、三段……石段の音に合わせ、ろうそくはまだ伸びていく。

 長い、と小僧さんは思ったわ。

 すでに見えているろうそくは、小僧さんの半身を上回る長さに感じられる。これほどのものは、お寺にもそうは置いておらず、自作しなくてはならないでしょう。

 ただならぬ執念の気に、なお目を離せない小僧さんの前に、それは姿を見せたわ。

 

 ようやく見せた頭頂からまなこを一瞥して、小僧さんはつい目を見張ってしまう。

 二本のろうそくは、その頭のわずかに茂る髪の中に根元を隠していたわ。頭にくっついているのか、それともうずめられているのかは、離れていて分からない。

 それでも後者の想像を捨てきれないのは、続いてのぞいた髪の生え際からまなこに至るまでが、ぬらぬらと赤く濡れていたためだったわ。まるで真新しい血のりのようで、ろうそくの刺したところから、いまなお垂れているようにさえ思えてくる。

 

 てかりを放つ顔におさまった双眸は、金色の光を放ちながら、ぎょろぎょろと動く。

 ただ左右を見やるばかりじゃない。左は右回り、右は左回りと、瞳はぐるぐる回りながらいささかもとどまらずにいたわ。

 周囲を警戒しているのか、元よりあのような目の性質なのかも判断がつかない。小僧さんにとって確かなのは、そのことに鳥肌を立てながら固まっている自分が、ここにいるということだったわ。

 

 また一歩、さらに一歩、顔の主の身体があらわになっていく。

 顔より下の肩も胸も腹も、一糸まとわぬ裸体。その隆々とした体つきは並々ならぬ修練の賜物でしょうが、それが顔と同じ赤一色に染まっていては素直に称えるのは難しかった。

 長いロウソクの、これまた数倍する長さの胴体。その脛あたりまでが見えたところで、すでにそいつの背は、小僧さんが身を隠すお堂の屋根ほどまでもあったわ。

 明らかに人じゃない。自分がどうにかできる相手じゃないと分かると、身がすくむ。

 やっぱり人を呼ぶべきだったと、後悔がぐるぐる小僧さんの胸の内で渦巻き始めたところ。

 

 かの者がとうとう、石段を登りきる。

 図体にたがわず、素足もまた常人の何倍もある大きさ。その第一歩が境内に踏み入ったとたん。

 ずぶりと、音を立てて片足が足首まで地面に埋まる。ほぼ同時にお寺全体が大きく揺れたわ。離れの方からもいくらか気配が湧きたった。

 しかし、かの者の歩みもそこまで。

 新しい一歩を踏み出すより先に、埋まった足がぐらぐら揺れたかと思うと、足首がとれてしまったの。

 むしられたわら束のごとき、あっけなさだった。端からほつれて、ぶちぶちとちぎれる足首はたちまち脛より上へ別れを告げる。

 完全に離れてしまった足に、均衡を崩してしまったか。かの者の巨体は大きくのけぞるまま、真っ逆さまに石段下へ転げ落ちてしまったとか。

 けれど、本来はそれに続くはずの地響きなどは、いつまでたっても聞こえてはこなかったわ。実際、他の寺の者たちと一緒にのぞいた石段の下には、どのような者の痕跡も残ってはいなかったの。

 

 でも、かの者が踏み出した境内の土は別。

 見事なまでの足の形ができていたばかりか、その周りの土もまた普段の色を失って赤褐色になり、硬度もまた石のようになっていたのだとか。

 そこに至って、小僧さんはようやくかの者の色合いが、自分たちが掃除し続けていたあの祖師像のものとそっくりであることに気づいたのよ。

 やがて現場をあらためた和尚さんの指示により、硬化した部分は削り取られ、大きな足形として奥にある祖師像と共に、お堂の奥へまつられたのだとか。

 このとき、小僧さんが清めてからさほど時間が経っていないにもかかわらず、祖師像の色はすっかり褪せきっていて、まるで何十年もの時を経たかのようなくたびれ具合だったというわ。

 

 それから大火に遭うまでの100年余り、ご利益の多い霊験あらたかなお寺として大いに知られた寺だったそうね。

 けれど大火のおりに、祖師像とともに例の足形も盗み出されてしまったのか、紛失。まもなく寺そのものも廃されてしまったの。

 しかし、かつてのご利益を知る者たちは、神力がもっとも高まるとされる丑の刻に心願成就を志して、夜な夜な参ったみたい。

 知っての通り、これがのちの丑の刻参りに転じて呪詛に用いられるようになったわ。

 奇しくも、そのおこりの姿はろうそくを頭に刺し、身体を真っ赤に染めた、あの日の者そっくりの格好だったとか。


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