09
僕たちは王都のレストランへと向かった。レストランに着いた時には夕食時ということもあって、とても長い行列ができていた。これに並んでいたらいったい何時間待たされるのだろうか。たぶん2-3時間はくだらないかもしれない。しかし僕たちは行列には並ばずに、お店の前に立っている店員さんにお食事券を提示した。すると店員さんはすぐに中まで通してくれた。なんだか並んでいる人に申し訳ない気持ちになるけど仕方がない。
店内は程よくにぎわっていた。僕たちは店員さんに席まで案内された。そうして店内を歩く短い間でもヴィンスさんは多くの人々の視線を集めていた。しかし本人は相変わらず平然としていて、僕の方が緊張してしまうくらいだ。
そして僕たちは案内された席に着いた。僕たちが座った後も、ちらちらと視線を感じる。しかし視線を集めている本人は特に気にした様子もなく、そばにあったメニューを広げた。
「レイ。どれにする?」
「えっ、あ、えっと…」
そのメニューを見て僕はすごく悩んだ。どれもこれもすごく美味しそうなのだ。その中でも気になったのがオムライスとドリアだった。オムライスは写真からでもわかる卵のトロトロ具合に僕の食欲は高まった。そしてもう一方のドリアの方も四種のチーズをたっぷりと使用したもので、チーズが大好物の僕にはとても魅力的なものだった。
「あぁ、どうしよう。決められない…」
僕はしばらく頭を悩ましていたがどうしても決まらない。そして前を見ると僕をじっと見ているヴィンスさんと目が合った。そこで僕ははっと気が付く。僕はヴィンスさんを待たせてしまっている。
「あ、すみません。待たせちゃって」
「ううん。何と悩んでるの?」
「あ、えっとオムライスとドリアで…」
「そう。じゃあ僕はドリアを頼むつもりだから少しあげようか?」
「えっ、いいんですか」
ヴィンスさんからの提案に僕は目を輝かせる。
「うん」
そう言って優しく微笑むヴィンスさんは天使だ。でもヴィンスさんから一方的に料理を分けてもらうのは申し訳ないな。そう思って僕は提案した。
「あ、じゃあ僕のオムライスもヴィンスさんに少し食べてもらいたいです」
「うん。ありがとう」
僕たちはお互いの料理を分け合う約束をして注文した。
料理を待っている間にヴィンスさんと少し話しながら、何気なくお店に置かれたテレビを見た。そのテレビではちょうど騎士団関連のニュースがやっていた。内容は騎士団が最近、国際的なテロ組織の壊滅に成功したというものだった。そしてこの作戦を行ったのは騎士団のヴィンセント騎士率いる特別課らしい。このテロ組織は僕でも知っているくらい有名で、構成員全員が強力な魔力を持っている組織だった。実際に、様々な国が何度壊滅作戦をやっても失敗し、手こずっていたほどだ。そんな組織を壊滅に導くなんてやっぱりうちの騎士団はすごいな。いや正確にはヴィンセント騎士がすごいのか。
「ヴィンセント騎士ってすごいですね。あのテロ組織を簡単に壊滅させちゃうなんて…」
僕の言葉にヴィンスさんは曖昧に笑う。
「…うん」
「でもヴィンセント騎士って、すごく有名なのに名前以外は謎が多い人ですよね」
「へぇ」
そう。ヴィンセント騎士は名前こそ世間で知らない人はいないほど有名だが、それ以外が全くの謎に包まれている人なのだ。これだけ有名なら顔写真ひとつあってもよさそうなものだが、その写真すらもない。わかっているのは騎士団創立以来の天才で、数多の事件を解決してきた凄腕騎士だということだけだ。しかし何はともあれヴィンセント騎士はすごい人だ。
「憧れるなぁ。ヴィンセント騎士には」
「そうなの?」
「はい。だって、これまで沢山犯罪組織を壊滅させたり、国の危機を救ったりしてる英雄ですよ。僕も一回は会ってみたいなあ」
「そう」
僕の言葉に相槌を打つヴィンスさんは何故か少し嬉しそうだった。
そんなことを話している間に料理が運ばれてきた。僕の前には写真よりもふわふわトロトロのオムライスが到着した。それはもうすごく美味しそうだった。
ヴィンスさんの前にもたっぷりとチーズが乗ったドリアが運ばれてきた。それは熱々なのかまだチーズがぐつぐつとしていてとても香ばしい香りがした。
やばい、よだれが出てくる。それほどに食欲を引き立てる見た目と香りをしていた。
「うわぁ。すごく美味しそう。もう食べる前から幸せだ」
僕が料理を前に目を輝かせているとヴィンスさんはそんな僕を温かい目で見つめていた。
「じゃあ、食べようか」
「はい」
僕はオムライスを食べ始めた。それはとても美味しかった。卵はこれまでこんなふわふわな卵は食べたことがないと思うほどにふわふわで、口の中でとろけた。そして中にあるチキンライスの味付けも最高で卵と合わせるとすごく美味しかった。
「はあ。幸せ…」
「そう。よかった」
オムライスのあまりの美味しさににやける僕を見てヴィンスさんは微笑んだ。そしてヴィンスさんは自分の手元にあるドリアをスプーンにすくって僕の前に差し出した。
「レイ。あーん」
「えっ」
僕は驚きながらも口を開けてしまう。そしてヴィンスさんの手によって口に入れられたドリアはチーズが濃厚ですごく美味しかった。
「えっ、こっちもすごく美味しい。絶品だあ」
「ふふっ、もう一口いる?」
「えっいいんですか」
「うん」
ヴィンスさんはまたドリアをすくって僕の口元へと運んだ。
「はい。あーん」
僕もまたドリアを食べる。
あぁすごく美味しい。やばい。なんだこれは。こんなに美味しいものがあっていいのか。
…あれっ、いま何か大事なことをスルーしてしまった気がする。えっ、僕どうやってドリアを食べた?あれっ?またヴィンスさんからあーんしてもらったような…
そう思ってヴィンスさんを見ると、僕の口の前には新たなドリアが乗ったスプーンがあり、そしてそれを持っているのはヴィンスさんだった。
「はい。レイ。もう一口」
さも当然かのように三回目のあーんをされそうになった僕は一瞬口を開けてしまいそうになったが、正気を取り戻した。
「えっ、いや、ちょっと」
「ん?」
「今あーんって」
「うん」
困惑する僕をよそにヴィンスさんはキョトンとした顔をしている。…やっぱりヴィンスさんはあーんを割と軽いノリでやっちゃう人だな。これは僕が注意するべきだろう。あーんというのはラブラブの恋人にしかやっちゃいけないことだと。
「こほん。あのですね、ヴィンスさん」
僕は畏まってヴィンスさんの方を見た。
「うん、なに?」
「あーんっていうのはそんなに軽いノリでやっちゃダメなことです」
その言葉にヴィンスさんは首を傾げる。
「…うん?」
やはりあまり意識してはいないようだ。ならばここはきちんと伝えないと。
「ヴィンスさんはとてもかっこいいので、あーんなんて軽はずみにやったら惚れちゃう人が沢山出てきます。もしかしたら自分に気があるのではと勘違いしてしまう人もいるかもしれません。ですからあーんは本当に好きな人にしかやっちゃダメです」
僕は真剣にヴィンスさんに語りかけた。するとそれまで首を傾げていたヴィンスさんがピンときたように頷いた。
「うん。問題ないよ」
あ、わかってくれたか!勇気を持って伝えて良かった。
「じゃあ、あーん」
ヴィンスさんはまた僕の口にドリアをあーんしてきた。
…全然わかってない!いま僕は軽はずみにあーんはしちゃいけないって言ったんだけど1ミリも伝わってなかった。
「いや、あの、だから…」
「食べないの?」
そう言って少し悲しそうにしているヴィンスさんに、僕はやっぱり罪悪感がひしひしと湧き上がってくる。そしてついに僕は口を開けた。
…三口目に食べたドリアはとても美味しかった。あぁこのチーズは最高だ。それに中に入ってるキノコも美味しいなあ。
…いやいや、違う。そうじゃない。ヴィンスさんに伝えないと。
「あの、ヴィンスさん。だからあーんはですね」
「僕は軽はずみにあーんはしてないよ」
僕の言葉に被せるようにしてヴィンスさんは言った。
「えっ」
「君だけにしかしてないから。安心して」
「…は?」
ん?今なんて言った?僕だけにしかあーんはしてない?えっ?なんで僕だけなんだ?
「えーと、なんで僕だけにあーんするんですか?」
「君が可愛いから」
ヴィンスさんは天使のように微笑んだ。そんな微笑みに僕は思わず見惚れてしまう。
…はっ、いやいや見惚れてる場合じゃない。
え、今ヴィンスさん僕のこと可愛いって言った?この人もしかして目が腐ってるのかな?僕は男だし特別可愛い顔もしてないぞ。こんな平凡な僕を可愛いって言うなんてヴィンスさんは変わった人だ。
「レイ。早くしないと冷めちゃうよ」
そんなふうに考えていると手が止まっていたみたいだ。そうだ。今は料理を食べることに集中しよう。なんかヴィンスさんも誰彼構わずあーんをしてるわけじゃなさそうだし、ちょっと美的感覚が狂っているのは心配だけどまぁいいか。そう自己完結して僕は食事を再開させた。
そしてしばらく食べて僕ははっと気づいた。あれっ、僕ヴィンスさんにオムライスあげてない。僕は三口も貰ったというのにオムライスをあげるのを忘れていたなんて失態だ。
「あの、ヴィンスさん、すみません」
「なに?」
「ヴィンスさんはドリアくれたのに僕はまだオムライスあげてなかったなって」
その言葉にヴィンスさんは思い出したかのような表情をした。
「あぁ。いいよ。レイが食べて」
…ヴィンスさんは優しすぎる。自分はあんな美味しいドリアをくれたというのに僕にはオムライスを求めないなんて仏だ。でもヴィンスさんの優しい言葉に甘えてばかりはいられない。
「いやいや、僕もドリアたくさん貰ったので、僕のオムライスもぜひ食べてください!」
その言葉にヴィンスさんはにっこりと微笑んだ。
「そう?じゃあ貰おうかな」
「はい!ぜひ好きなだけ食べてください!」
そして僕はオムライスのお皿をヴィンスさんの方へと差し出した。こうすればヴィンスさんも取りやすいだろう。
…しかしヴィンスさんはにこにこと微笑むだけで一向にオムライスを取り分けようとしなかった。それに謎の圧みたいなものも感じる。
「…あの、ヴィンスさん?」
「ん?」
「あの、好きなだけ取ってください」
「…」
…これはもしかして、もしかしてだけど、僕にもあーんしてほしいってことじゃないだろうか?いや、流石にそれはないか…。でもそうじゃなかったらなんでオムライスのお皿をヴィンスさんの方へと向けているのに食べようとしないのか説明がつかない。いやいや、もしかしたら実はオムライスがすごく嫌いという可能性も…
「あの、ヴィンスさん、オムライス嫌いですか?」
「好き」
「あ、そうですか」
これはいよいよあーんをして欲しいという可能性が高まってきた。そこで僕は勇気を出してスプーンにオムライスをすくって差し出した。
「あの、ヴィンスさん、よかったら」
僕は恐る恐るヴィンスさんの口元へとオムライスを運ぶ。するとヴィンスさんは形のいい唇を小さく開いた。そして僕のスプーンはヴィンスさんの口の中へと入っていく。
「うん。美味しい」
ヴィンスさんは輝かんばかりの微笑みを僕にくれた。
あ、やっぱりあーんを待っていたのか。僕のあーんなんてただ気持ち悪いだけだと思うけど、ヴィンスさんはすごく喜んでくれてるみたいだからよかった。
「あの、もう一口いりますか?」
「ううん。後は君が食べて」
「あ、ありがとうございます」
あぁ。よかった。二回目のあーんは回避できた。それにしても僕のあーんが欲しいなんてヴィンスさんは物好きだなあ。まぁでもヴィンスさんが喜んでくれるならなんでもいいや。そんなふうに終わらせて僕は目の前の食事に集中した。
僕たちは料理を食べ終わり、お店を後にした。
「うわぁ、もうお腹いっぱいだ。ほんとに美味しかった」
「ふふっ。それは良かった」
美しく微笑むヴィンスさんに僕はお礼を言った。
「あの、今日はありがとうございます。こんな美味しいところに連れてきていただいて」
「ううん。また来よう」
そう言って天使のように微笑むヴィンスさんに僕は頬を赤く染める。何度見ても見惚れるような美しさだ。
「は、はい。ぜひ」
そして僕たちは解散した。それにしても今日は濃い一日だったな。ヴィンスさんに銃の練習に付き合ってもらって、ご飯までご馳走になった。でもすごく楽しかった。ヴィンスさんはやっぱりすごく優しいしかっこいい。また明日も会えると思うととても気分が高鳴った。