07
翌日になっても気持ちの切り替えができず、なんとなく暗い気持ちで過ごしていたら昼休みになってしまった。そして僕は食堂前の売店に寄ってから屋上へと向かった。
屋上の扉を開くといつもの位置にヴィンスさんはいた。今日も今日とて美しさは健在だった。そして僕も昨日のようにヴィンスさんの隣に座った。
今日でヴィンスさんと昼食をとるのは三回目だ。なので緊張もだいぶほぐれてきて、リラックスして昼食を食べることが出来た。
僕が昼食を食べ終わるまでは、ヴィンスさんは基本的に僕をじっと眺めているだけだ。だから緊張していない分、僕はぼんやりと昨日のことを思い出してしまった。
「―。レイ、レイ」
そんなことを考えているとヴィンスさんが僕を覗き込むようにして呼んでいることに気づいた。
「えっ何ですか」
「さっきから、呼んでたんだけど。やっと気づいてくれたね」
その言葉に僕は焦った。もしかしてヴィンスさんの呼びかけを無視してしまっていたのだろうか。僕は慌てて謝った。
「あっすみません。僕、考え事してて。ヴィンスさんの声に気づかなくて…」
「ううん。大丈夫」
ヴィンスさんは少し心配そうな表情をしている。
「レイ、何かあった?」
「えっ、いや!何もないですよ」
慌てる僕をヴィンスさんはじっと見つめた。
「ほんとに?」
「えっ、あ…」
「レイ。僕には話せないの?」
「いやっ、そうじゃないですけど…」
「じゃあ話して」
強い眼差しで見つめてくるヴィンスさんに僕は逆らえなかった。
「えっと、昨日射撃場で魔法銃の練習をするって言ったじゃないですか」
「うん」
「それで射撃の練習をしていたんですけど、そこで知り合いに会って…」
「うん」
「それで、僕が魔法銃を撃てないのは僕がダメなやつだからだって言われて。…だから練習したって無理だから諦めろって…」
話しているうちにまた気分が落ち込んできた。はぁ。僕ってやっぱりダメなやつなのかな…
「そんなことを君に言ったのは誰?」
その声に思わず下げていた視線を上げてヴィンスさんを見た。そこにいたヴィンスさんの表情は険しく、声はいつもより低い。明らかに怒っている感じだった。
「えっ、えっと」
「君はダメなやつなんかじゃない。そんな酷いことを言ったのは誰?」
そう聞いてくるヴィンスさんはすごく威圧感があって、圧倒されてしまう。
「いや、その、えっと」
慌てる僕をヴィンスさんはじっと見つめてくる。これ以上ないくらいに真剣な眼差しだった。僕はその圧に耐えきれなくなり、口を開いた。
「…その、アーサーくんって言う人です…」
その言葉にヴィンスさんは目を暗く光らせた。
「へぇ。アーサー、ね。覚えとく」
「…あ、はい」
ヴィンスさんの圧に完全に固まっている僕はとりあえず頷いておいた。
「もう一度言うけど君はダメなやつなんかじゃないよ」
僕の目をじっと見て言うヴィンスさんはやっぱり少し怖かったけど、でも嬉しかった。
「ありがとうございます。やっぱりヴィンスさんは優しいですね。…でも僕は、彼が言ったことはその通りだと思うんです。僕が魔法銃を握れないのは僕が弱くて、過去のトラウマをいつまでも引きずっているからですし…」
自嘲する僕にヴィンスさんは眉を寄せた。
「それは違う」
「え」
「失敗をすれば誰だって、傷ついたり落ち込んだりする。それは君が弱いからじゃない」
「で、でも他の人は失敗しても、僕みたいにいつまでも引きずって魔法銃が撃てなくなったりしてないですし…」
困惑気味の僕に、ヴィンスさんは僕の目を見て力強く言った。
「失敗を乗り越えるスピードなんて人それぞれだよ。君だってきっと乗り越えられる」
…その言葉に僕は自然と涙が出てくる。
なんでヴィンスさんはいつも僕にこんなに優しいのだろう。それまで沈んでいた気持ちが嘘かのように胸に温かいものが広がった。それに、何故だかはわからないけれど、ヴィンスさんに出来ると言われれば出来るんじゃないかという謎の希望が湧いてくる。
「あのっ、僕はまた魔法銃が撃てるようになると思いますか」
僕の問いにヴィンスさんはゆっくりと答えた。
「うん。できるよ。君なら、絶対に」
そしてヴィンスさんは優しく微笑んだ。
「うぅっ。ありがとうございます」
ヴィンスさんに出来ると言われたことが嬉しくて僕は泣いた。そして涙を流す僕の顔にヴィンスさんがそっと指をあて、僕の涙を優しく拭ってくれた。
「レイ。よかったら僕と魔法銃の練習をしない?」
「えっ」
「僕もレイの力になりたい」
眉を下げてそう言うヴィンスさんに僕は頷いた。
「あ、ありがとうございます。じゃあお願いしてもいいですか」
「うん。よろしく」
そうしてヴィンスさんが僕のトラウマ克服に協力してくれることになった。でも魔法銃の練習と言っても何をするんだろう。疑問に思ってヴィンスさんに聞いてみた。
「あの、練習ってどんなことを?」
「…どうしようか。レイが魔法銃を向けられないのは人限定?」
「はい。そうです」
「そう」
僕の言葉にヴィンスさんは少し考えてから言った。
「わかった。僕に少し考えがある。レイはこれから仕事?」
「あ、はい」
「今日仕事終わってから暇?」
「あ、暇です」
「じゃあ、レイの仕事終わりにやろうか」
「は、はい」
そうして今日の仕事終わりにヴィンスさんと練習をすることになった。そしてそんな約束をしているうちに昼休みの時間が終わりに近づいてきた。
「あ、じゃあ僕はそろそろ行きますね。えっと僕は今日五時くらいに仕事が終わると思うので…」
「わかった。じゃあ五時にここで待ってる」
「ありがとうございます」
練習の約束を交わした後ヴィンスさんと別れて仕事場に戻った。
午後は五時までデスクで仕事をした。しかし仕事と言っても簡単な書類の作成だったので、割とすぐに終わらせることができた。
僕は五時に間に合うように仕事場をあとにした。そして、ヴィンスさんと待ち合わせをしている屋上へと向かう。