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僕はフィル君の大きな声に思わず仰け反った。
「は?レイ君がこのバイ菌と間接キッス?は?」
え…バイ菌ってヴィンスさんのことかな?流石にそれは失礼じゃないのかな?
僕がそう思ってると、次の瞬間フィル君はすごい力で僕の腕を引っ張った。
「レイ君、早く洗いに行くよ!こいつの菌が繁殖する前に!」
「え?繁殖?」
「まだ洗剤で洗えば落ちるかもしれない。店員さんに厨房貸してもらおう」
「は?え?せ、洗剤?」
僕が困惑している横でイアンさん達も何やら騒がしかった。
「アーサー、俺も…その、あれをしたい。ダメか?」
「ダメに決まってるだろ。あんなキモいもんに影響されてんじゃねぇ!」
「…どうしてもか?」
「そうだ。忘れろ」
「…そうか。…わかった。すまない。変なこと言って」
イアンさんは落胆したように肩を落とした。
「兄貴、とにかくここは危険だ。帰るぞ!」
「え…あ…うん」
そうは言いつつも、見るからに落ち込んでしまったイアンさんを見て、アーサー君は大きく息を吐いた。
「ここでは無理だが、家でならやってやるから」
誰にも聞こえないように、耳元で囁かれた言葉は、たぶんそう言ったように見えた。事実、その言葉を聞いてイアンさんの表情がパッと明るくなった。そうしてアーサー君に急かされ、二人は店を出て行った。
一方で僕はフィル君に引っ張られ厨房に連れていかれそうになったのを、反対側の手をヴィンスさんに掴まれて止められた。
「何すんのさ!」
「レイを乱暴に扱うのはやめて」
「はあ?!破廉恥なことしたお前には言われたくない!」
「お前、レイに害だから消えてよ」
「なんでだよ!あんたの方が害だろ!変態サイコパスが!!」
今度は二人で喧嘩しちゃった…
「レイ、もうフィルと仲良くするのやめよう。こいつ、レイに害だから」
え?いや、でもフィル君は大切な友達だし…
「こいつ、僕がした親切を踏み躙るし、口は悪いし、仲良くしてもいいことないよ」
親切?あ…世界旅行のことかな?フィル君はとても迷惑がってたけど、あれはヴィンスさんなりの親切だったってやつか。
口が悪いっていうのは、よくサイコパスとかクソとかバイ菌とか、少し度の超えた暴言のことかな?
「なに変なこと言ってんのさ!お前がいつ僕に親切にしたって?!」
「前に空間魔法使って色んな国に旅行させてあげたでしょ。なのに、それをレイに嫌がらせされたって言った。僕は親切を無碍にされて傷ついた」
「はあ?!あれはどう考えても嫌がらせだろうが!嘘つくな!」
「嘘じゃない。お前が旅行したがってたから、叶えてあげただけでしょ」
「あれが旅行なわけないだろ!僕は何度も死にかけたんだぞ?!」
「旅行に危険はつきものでしょ」
「レイ君、騙されないで!こいつは僕が邪魔だったから、あわよくば殺そうとして僕を空間魔法で飛ばしまくったんだ!」
「違う。親切で旅行させてあげただけ」
二人からそう言われて僕は困惑してしまう。確かに、フィル君は知らない国に突然飛ばされて大変だったと言っていたし、死にかけたとも言っていた。だからヴィンスさんに怒る気持ちもわかる。でも、ヴィンスさんの親切も理解できる。ヴィンスさんはとても優しいから、きっと日々の激務で疲れてるフィル君を癒してあげたかったんじゃないかな?きっといつもは冷たくしてても、なんだかんだヴィンスさんはフィル君のこと気にしてたんだ。でも、二人はお世辞にも仲が良いとは言えないから、上手くコミュニケーションが取れずに、いきなりそんなことをしてしまったのかもしれない。
「あの、フィル君、確かにやり方は良くなかったけど、たぶんヴィンスさんなりにフィル君を思いやった結果、そんなことになっただけだと思う」
「はあ?!!そんなわけないでしょ!あれは絶対に嫌がらせ!もしくは殺人未遂だ!!」
そう断言するフィル君の言葉を聞いて、ヴィンスさんは一瞬、不愉快そうに顔を歪めたように見えたが、次の瞬間、僕の方を向いて、悲痛そうに目を伏せた。
「レイ、ひどいこいつ。ぼく悲しい…」
あ、ヴィンスさんが落ち込んじゃった…。きっと自分が一生懸命やった親切をフィル君に受け入れられなくてショックだったんだろう。
なんだか、フィル君、少し冷たすぎないかな?ヴィンスさんは、方法こそよくなかったけど、それでもフィル君のためを思ってとった行動を、そんな風に全部拒絶するのは良くない思う。…確かにフィル君にとってはありがた迷惑だったのかもしれないけど、大事なのは内容よりも気持ちだと思う。そうやってヴィンスさんの思いやりを全て否定してしまうのは、あまりにヴィンスさんが可哀想だ。
「あの、フィル君、そんなに否定することないんじゃないかな?ヴィンスさんはフィル君を思ってしてくれたんだと思うよ」
「は?そんなわけないでしょ。だいたい、こいつに親切だの思いやりだの、綺麗な感情があるわけないじゃん」
それは、あまりにも酷い言いようじゃないか?だってヴィンスさんは僕にとても優しくしてくれるし、少しわかりにくいだけで、とても優しくてかっこいい人なのに…
それに、そもそもフィル君はヴィンスさんに冷たく当たりすぎじゃないかな?
「あの、フィル君、フィル君はヴィンスさんのこと酷いってよく言うけど、はたから見てると、フィル君も少しヴィンスさんに当たりが強すぎないかなって思うんだけど…」
そう言うのはとても勇気がいったが、悲しんでいるヴィンスさんを見過ごせなかった。
「そんなことない!こいつはこれくらい言われても当然のことをしてきたんだよ?」
「で、でも、ヴィンスさんは前にきちんと謝ったよね?だから、その、フィル君もこれ以上攻撃的になるのはよくないと思う」
「あんな棒読みの謝罪、謝罪のうちにも入らないよ!っていうか、なんで僕が悪いみたいになってんのさ!正気に戻りなよレイ君!」
逆に責められるようにそう言われ、僕は困惑してしまう。
え?僕がおかしいのかな?
そう思っていると、隣からヴィンスさんの冷たい声もする。
「レイ、こいつに何を言っても無駄だよ。こいつは自分のことは棚に上げて僕にひどいことばっかり言う最低なやつだから」
「なんだと?!僕がいつ自分のことを棚に上げたんだよ!」
「だってお前、すぐに被害者づらする割には僕のことをクソとかサイコパスとかバイ菌とか言うよね?そんな酷い言葉、よく人に言えるね。僕はすごく傷ついてたのに」
「それは、あんたが僕に酷いことするからだろうが!」
「そうやって全部僕のせいにして自分のやったことは正当化するんだ。お前、最低だね」
「なっ…!」
確かに、どんな理由があれ、人のことをクソとかバイ菌とか言うのはよくないと思う。
「あの、僕も、フィル君のヴィンスさんへの暴言は度を超えてるなって思う時があって、その、あんまり良くないと思う」
「そ、それは…だって…」
そして追い打ちをかけるようにヴィンスさんが口を開いた。
「ねぇ、僕、お前に日常的に暴言吐かれて傷ついてたんだけど、謝ってくれない?」
その言葉を聞いてフィル君は呆気に取られたように固まった。




