06
入館手続きを終えた僕は自分の職場へと戻り、報告書をまとめた。部屋の空気は相変わらずどんよりと沈んでおり、隣の同僚も相変わらずゲームに夢中だ。そんな部屋の雰囲気に少し気持ちが憂鬱になりながらも報告書を完成させ、ミハエルさんに見せに行った。
「あの、この報告書のチェックを…」
ミハエルさんはデスクで女性のグラビアが乗った雑誌を読んでいたが、僕が報告書をチェックして貰うために声をかけると、億通そうに顔を上げる。
「あーなに?報告書?いいよそれで」
そう面倒くさそうに言って一瞬上げた視線はまた下を向いた。僕はそんな上司に心の中で溜息を漏らしながら報告書を提出しに行った。
報告書を出したあと僕は自分のデスクへと戻り、一番下の引き出しから魔法銃を取りだした。そして射撃の練習場へと向かった。
練習場には十個ほどの射撃スペースがあって、各スペースに的が一台ずつ並んでいる。僕が練習場に入ると、そこには既に何人か射撃の練習をしている人の姿があった。そこで僕は空いているブースに入り魔法銃を取り出した。
魔法銃は見た目は普通の黒い拳銃だ。そして魔力を注ぎ込むと白い線のようなものが拳銃に浮かび上がり、その線が白から緑に変わると必要な魔力が注ぎ込まれたことを意味する。そして、それが完了した後は出したい魔法を詠唱すれば、魔法銃によって魔力が自動的に変換される。
魔法銃にも発動に必要な魔力量や変換できる魔法の難易度に応じてランクがある。ランクはS.A.B.C.DとあってSランクの魔法銃が、発動させるのに最も魔力量が必要だが、強力な魔法を発動させることができるものだ。そして対照的にDランクは最も少ない魔力量で発動できるが、出せる魔法の威力は弱い。騎士団の多くの人が扱っているのはCランクの銃だ。Cランクの銃さえあれば基本的には騎士団の任務で困ることはない。そして魔力量が多い人がたまにBランクの銃を扱えたりする。そして本当に稀にAランクを扱える猛者もいるが、この何万といる騎士団でもAランクは数人しか扱える人がいない。そしてSランクに至っては、何十年に一人扱える人がいるかどうかのレベルらしい。ちなみに僕は今までにAランクを使っている人は見たことがあるがSランクは見たことない。しかし現在では一人だけSランクの武器を使える人がいるということは有名だった。それは、この騎士団でもエリート中のエリートが所属する特別課という部署のエース、ヴィンセント・ブラウンだ。彼は騎士団でも最強と言われる騎士で、騎士団の人間に疎い僕でさえも名前は知っているほどに有名だ。しかし広い騎士団でもSランカーは彼ただ一人だけだった。そして噂ではヴィンセント騎士は魔法具なしでも魔法が使える天才で、たまに武器を使う時だけSランクを使うらしい。まさに異次元の存在だ。
…そして僕が使っているのはBランクの魔法銃だった。僕は騎士学校時代から魔力量の多さと魔法銃の扱いだけは高評価を受けていたのでBランクの銃を支給されたのだった。
そして僕は射撃スペースで射撃の準備をする。まず体内の魔力を魔法銃へと注ぎ込み、銃に浮かび上がる線が緑に変化したのを確認して僕は銃を構える。そして的の中心に意識を集中させ慎重に狙いを定める。そして狙いが定まると僕は詠唱と同時に引き金を引いた。
「氷の弾丸」
すると魔法銃からは水色の魔法陣が現れ、銃口から氷でできた弾丸が発射された。その弾丸は真っ直ぐに飛んでいき、そして的の中心を貫通した。
この氷の弾丸というのは僕が扱う魔法の中で最も得意な魔法で、僕の魔力を小さな氷の弾丸に集約して放ったものだ。撃った弾丸は人の身体を簡単に貫通する程の威力を持つ。この魔法自体はとても簡単なもので、氷の基礎魔法の一種だ。故にDランクの魔法銃でも発動は可能だ。しかしDランクの魔法銃で放つこの魔法は、人に軽傷を与える程度の威力しか出ない。しかしBランクの魔法銃を使うことによって、どんなに硬い素材でも簡単に貫通するほどの強い威力に変わる。氷でできた小さな弾丸を放つという地味な魔法なので派手さはないが、とても殺傷力が強い魔法だった。
そして僕は続けて十発、氷の弾丸を撃ち込んだ。それはどれも寸分の狂いもなく的の中心に当たった。そして一旦休憩し、また何発か撃った。全てが中心に当たったことを確認して僕は射撃練習を終えた。
僕が練習スペースから出ると、そこにはちょうどぞろぞろと何人かが練習場に入ってきたところだった。そしてその輪の中心にはアーサー君がいた。
僕がアーサー君に気づいたように、向こうも練習スペースから出てきた僕に気づいたようだった。そして、何人かの取り巻きとともにニヤニヤしながらこちらへ近づいてきた。
「やあ。これはこれは、役立たずのベルモンド君じゃないか。どうしたんだい。こんなところで」
僕はいきなり7.8人の集団に囲まれて萎縮してしまう。
「あ、射撃の練習を…」
「へぇ。そうなんだ。どれどれ、君の的はっと」
そう言ってアーサー君は僕がさっきまで撃っていた的をのぞいた。そして大げさに驚いて見せた。
「いやあ、すごいじゃないか!全弾、的の中心に命中してる!大した腕前だ。さすが、的あて名人のベルモンド君だね」
その言葉に周りの取り巻きの人たちはクスクスと笑っていた。そして彼は下品な笑みを浮かべて続けた。
「あ、でも君って確か、人前だとびびって銃が握れなくなるんだったね。的には当てられても、実践では全く役に立たないなんて哀れだねえ。あはははははっ」
アーサー君は心底愉快だというように笑った。そしてそれを見た取り巻きの一人もニヤニヤとしながら言った。
「ふふっ、アーサーさん。人が悪いですよ。こいつもこいつなりに頑張ってるんですから」
「おっと失礼。確かに人の不幸を笑ってはいけないな」
そう言ってコホンと咳払いをした彼はにっこりと笑った。
「でも僕は優しいから君に忠告してあげるよ。こんなところに来て、的あてばかりやっても、君が魔法銃を握れることはないよ。なぜなら、君は人を撃つことが出来ないヘタレで弱虫でダメなやつなんだから。だから無駄な努力はやめたらどうだい。はははっ」
大声で笑うアーサー君たちに僕は言い返すことが出来なかった。
…アーサー君の言うことは全てその通りだと思ったからだ。僕はヘタレで弱虫だから魔法銃が撃てない。たった一回のミスをいつまでも引きずっている役立たず。それが僕だ。
「あの、忠告ありがとうございます。僕はこれで」
僕は下を向いたままアーサー君たちに小声でそう言って、足速に練習場を出た。
…さっきのアーサー君の言葉は酷くこたえた。やっぱり僕はもう二度と魔法銃が握れないのかな。諦めずに撃ち続けていれば、いつかはトラウマを乗り越えられるんじゃないか、そう思って射撃の練習だけは欠かさず続けてきたけど、アーサー君の言う通り無駄な努力なのかもしれない。僕が弱くてダメなやつだから魔法銃がいつまでも撃てないんだ。そう思うと自己嫌悪に陥り、気持ちが落ち込んだ。そして僕はその日一日を暗い気分を引きずったまま過ごした。