59 ※イアン
イアンは内心とても気分が良かった。ついに弟と和解を果たすことができたからだ。アーサーとは長年ぎこちない関係が続いていたが、今日、勇気を出して本音を言えたことでわだかまりが解けたように思う。これも全部レイさんのお陰だ。
「そう言えば、兄貴はいつから仕事に復帰するんだ?」
「明後日からだ」
「そうか。頑張れよ」
「ああ、ありがとう」
アーサーから応援してもらえるなんて夢みたいだ。嬉しいものだな。
俺はしばらく嬉しさを噛み締めた後、あることを思い出して、席の端に置いていたカバンの中から綺麗にラッピングされた紙袋を取り出した。
「あの、アーサー、これ、良かったら受け取ってくれ。誕生日プレゼントだ」
そう言って袋を差し出すと、アーサーは驚いたような顔をした。
「そんなもの用意してくれてたのか?」
「ああ、今月誕生日だろ」
「そうだけど…いつもは何にも無いのに、どうしたんだ?」
アーサーにこうして面と向かってプレゼントをあげるのは数年ぶりだ。アーサーが戸惑うのも無理はない。
「実は、いつもアーサーの誕生日にはプレゼントを用意していたんだが、渡す勇気がなくてな。だけど今日なら渡せると思って」
「え?そうだったのか?」
「ああ」
「…そうか。俺は何にも渡してなかったのに…」
「それは別に良い。俺がやりたくてやってるだけだから」
少し申し訳なさそうにするアーサーに俺はそう言った。
「…ありがとう。中見ても良いか?」
「ああ。気にいるかわからないけど」
アーサーは紙袋を開け、中身を取り出した。
「え、これって…」
驚いた顔をして、次の瞬間、アーサーの目が嬉しそうに輝いた。
「これ、俺がずっと欲しかった魔法書だ!どこ行っても無かったのに…」
興奮してそう言うアーサーはとても可愛かった。眼福だ…
俺がアーサーにプレゼントしたのは、炎魔法の魔法書だ。この魔法書は発売されてから、いくらか年数が経っており、すでに絶版となっているものだった。しかしアーサーはこの本をとても欲しがっていて、何件も書店巡りをしていたのを知っている。
「喜んでもらえてよかった。実はこれ、第一王子のルイ様がツテを使って取り寄せてくださったものなんだ」
「ロイヤルすげえ!俺が何年探しても見つからなかったのに」
「ああ、ルイ様に感謝だな」
「ああ!本当に嬉しい。ありがとな兄貴」
そう言ってアーサーは大事そうに本をカバンの中に閉まった。
「兄貴、俺からもプレゼント渡すよ。兄貴の誕生日はとっくに過ぎてるけど、こんなすごいもん貰いっぱなしは流石に悪いしな。何か欲しいものとかあるか?」
「いや、そんなに気を使ってもらわなくて良い。それに特に欲しいものはないからプレゼントを用意する必要はない」
「いや、そういうわけには行かないだろ。何かないのか?欲しいもの」
真剣な顔でそう聞くアーサーを見て、俺は少し考えた。
欲しいもの、何かあるだろうか?
しかし、全く何も浮かんでこなかった。俺はもともと物欲は少ない方だし、欲しいなと思ったものは大抵、自分の金で買っているから、特に今これが欲しいというものはない。
「無いな」
そう言うと、アーサーは少し落胆の色を見せた。
「そうか。じゃあ物じゃなくてもいい。俺にして欲しいこととか頼みたいこととかそういうのも無いのか?」
そう言われて俺は少し考えた。別に何も無いよな?だって俺からしたら今日仲直りできただけでもう十分だ。今、俺の欲は全て満たされていた。
そう思って口を開こうとすると、隣から楽しそうな笑い声が聞こえて、俺は反射的にチラリと隣に目をやった。
ーーは?
その瞬間俺の目には信じられないものが飛び込んできた。隣の卓には、数日前に会ったレイさんとヴィンセントがいたからだ。しかも、レイさんがヴィンセントの口にパスタを「あーん」と言って、にこにこと食べさせてるではないか。ヴィンセントも満更でもなさそうに微笑んでいた。
俺はあまりにインパクトのある光景に面食らった。
これは現実か…?あの冷血男が、あーんされて喜んでるだと?
信じられなさ過ぎて、俺は数秒の間、その光景に見入ってしまった。二人の間には甘いオーラが漂っており、二人ともとても幸せそうに微笑んでいた。
あいつ、あんなに嬉しそうに笑えるんだな…
俺はヴィンセントの新たな一面に驚きつつも、なぜだかとても羨ましいなとも思ってしまった。
大切なレイさんに、あんな風にあーんしてもらえるなんて、ヴィンセントはすごく嬉しいだろうな…
…いいな。俺もこれをアーサーとしたいな。…俺にあーんしてくれるアーサー、考えただけでも可愛い。でもそんな事できるわけないよな…。第一、あーんなんてラブラブのカップルがやるようなことだ。男同士で、しかも兄弟でなんてやるもんじゃない。こればかりは無理だ。諦めよう。
…いや、待てよ。じゃあ、これをプレゼントにするのはどうだ?さっきアーサーは欲しい物じゃなくて、アーサーにして欲しいことでもいいって言ってた。じゃあ、俺がアーサーにあーんして欲しいって頼んだら、叶えてくれるんじゃないか?
そう思って俺はアーサーに言う。
「一つお前とやりたいことがある」
「なんだ?」
「あれをやりたい」
そう言って俺は隣の卓を指差した。アーサーは俺の視線を追って隣を見た。そしてその瞬間、目を見開いて固まった。
ん?どうしたんだろう。不審に思って俺は再度言う。
「だから、あれをやりたいんだが…」
「………」
あれ?アーサーが眉を寄せて黙ってしまった。
「あの、アーサー?」
何か怒らせることをしただろうか。やっぱり「あーん」して欲しいなんて気持ち悪かったのだろうか。俺は内心焦りながらアーサーを伺い見ると、アーサーはいきなり席から立ち上がり、ズカズカと隣の卓へといった。
♢♢♢
僕たちが「あーん」をしながら食事を楽しんでいると、そこに突然般若のような顔のアーサー君がやってきた。え?なんだ?
「おい!お前ら!なんでここにいんだよ」
「あ、アーサー君?」
え?なんでそんなに怒ってるんだ?
「兄貴に気持ち悪りぃもん見せてんじゃねーよ!」
「え?気持ち悪い…」
なんだ?何を言ってるんだ?
「お前らのキショい関係を兄貴に見せるなって言ってんだよ!早くどっか行けよ」
「え?あ…で、でも、まだ料理食べ終わってなくて…」
オロオロとしながらもそう言うと、アーサー君は更に眉を吊り上げた。
「そんなの知るか!とにかく、お前たちみたいな狂人は兄貴の前に現れるな!兄貴に悪い影響与えたらどうすんだよ!早く出てけ」
「あ…ごめん。でも、少しだけ待ってくれないかな?」
「ああん?!」
僕がもごもごとそう言うと、アーサー君は声を荒げた。僕はそれが怖くて思わず下を向いた。
すると、前に座っていたヴィンスさんが立ち上がるのが見えた。
「お前、またレイに酷いことするなら、今度こそ殺すよ?」
そう言うヴィンスさんはもの凄い殺気を出していて、僕は全身に鳥肌がたった。しかしアーサー君は眉間に皺を刻んだまま、不愉快そうにヴィンスさんを睨みつけていた。
「だったら早くどっか行けよ。不愉快なんだよ」
「ねえ、レイ、こいつ殺していい?目障りなんだけど」
「え?あ…」
僕は二人の怖い雰囲気に、困惑してしまう。
するのその時、隣の卓からイアンさんがこちらへとやってきて、アーサー君を守るようにしてヴィンスさんの前に立った。
「俺の弟に手出しするなら、俺がお前を殺すが?」
そう言うイアンさんの目は氷のように冷たく、ヴィンスさんにも負けないくらいの強い殺気を出していた。
「お前、どういうつもり?」
「弟に手出しするならお前は敵だと言っているんだ」
「お前の弟から手出ししてきたんだけど?どういう教育してんの?」
「その言葉、お前にだけは言われたくないな」
そうして二人はお互いに睨み合った。




