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翌日、僕が目を覚ますと、既にヴィンスさんはいなかった。
休日なので、特に焦ることなく、僕は眠い目を擦りながら、寝室にある時計を確認した。すると時計の針は既にお昼過ぎを指していた。
え?もう、こんな時間?!
自分が寝過ぎたことがわかり、僕は跳ね起きた。
やばい…人の家でお昼過ぎまで寝ているなんて…いくらなんでも失礼すぎる
そう思って慌ててリビングへ行くと、シンプルな私服姿でソファーに座り紅茶を飲んでいるヴィンスさんがいた。
ヴィンスさんは僕に気づくと、美しく微笑んだ。
「おはよう」
「お、おはようございます。あの、すみません。こんな時間まで寝ちゃって…」
「ううん。よく眠れた?」
「あ、はい」
「そう。よかった」
そう言ってヴィンスさんは僕を隣に座るように促した。
「レイ、もうお昼過ぎてるけど、何か食べに行こうか」
「あ、はい」
「この前行ったチーズ料理のお店行く?」
「え?いいんですか?あそこ、すごく美味しかったので行きたいです!」
僕は目を輝かせた。僕のリアクションを見てヴィンスさんも嬉しそうに目を細めてくれた。やっぱり今日も美しい。
「うん。じゃあ、そうしよう。レイの服は洗面台に用意しといたから、着替えたら行こう」
僕はヴィンスさんが用意してくれたセンスのいい私服に着替えて、身支度を整えた後、ヴィンスさんと共にマンションを出た。
そうして、僕たちはアベリアというチーズ料理屋さんまでの道をゆったりと歩いた。
お店に着くと、幸いとても空いていて、僕たちは特に待つこともなく、二人掛けのテーブルに案内された。店員さんからメニューを渡され、早速開いていると、隣から声が聞こえた。
「兄貴、なんだよ、いきなりこんなところに連れてきて、飯食おうだなんて」
聞き覚えのある声に、思わず声がした方を見ると、少し離れた隣のテーブルに、アーサー君がいた。そしてその向かいにはイアンさんが座っていた。
ーーは?
僕は咄嗟に目を逸らし、メニューの方に視線を戻したので二人が僕に気付いた様子はないが、僕は内心大きく動揺していた。
え?なんでアーサー君とイアンさんが一緒にいるの?それに、アーサー君、イアンさんのこと兄貴って言ってたよな?あ…じゃあ、前にイアンさんが話してた弟っていうのはアーサー君のことだったんだ…
それがわかって僕は、二人の会話の内容が気になった。なので前にいるヴィンスさんに小声で言う。
「あの、ヴィンスさん。ちょっとお願いがあるんですけど…」
「なに?」
「存在を目立たなくさせる魔法を、僕にかけてくれませんか?あと、ヴィンスさんにも」
僕の唐突な頼みにヴィンスさんは不思議そうな顔をしたが、頷いた。そして僕の前に手をかざし「幻影」と言って魔法をかけてくれた。そして自分にも同じように魔法をかけた。
「これで、僕たちの存在感は限りなく薄くなったから、普通の人は気づかないと思う」
「ありがとうございます」
「気づかれたくない人でもいた?」
そう言うヴィンスさんに僕は隣を指差した。するとヴィンスさんは隣の卓を見て「あぁ」と納得したように頷いた。
「あの二人って兄弟だったんですね。僕初めて知りました」
「へぇ」
ヴィンスさんは1ミリも興味がなさそうに頷いた。
「あの、僕、前にイアンさんから弟と仲良くしたいって相談されてて…どうしても二人の様子が気になるので、少し見てもいいですか?」
「…うん」
そう言うヴィンスさんの表情は少し曇っていた。
「あ…すみません。ご飯食べに来たのに…」
「ううん。いいよ。僕はメニュー見てるね」
軽く微笑んでくれたヴィンスさんを見て僕はホッと息を吐いた。
…よかった。怒ってはないみたいだ…
「ありがとうございます」
ヴィンスさんの許可を得て、僕は二人の会話に耳をそばだてた。




