54
「そんなことしたら僕死ぬんだけど」
「当たり前だろ。俺たちはお前に死んで欲しいんだからな」
「…僕、死ぬのは嫌なんだけど。お前たちが満足するまで拷問させてあげるから、殺すのはやめてくれない?」
「命乞いか?」
「そう」
その言葉を聞いて男は鼻で笑った。
「はっ、そんなの聞くわけねぇだろ。早く胸にナイフ刺して死ね」
「だから嫌だって言ってるでしょ」
そう言うヴィンスさんに、男は不快感を露わにして、僕に向けていたナイフの食い込みを強くした。
「お前が死にたくないなら、代わりにこいつを殺す。こいつを殺されたくなかったら、今すぐ自分の胸を刺して死ね」
そう言われてヴィンスさんは再び首を傾げた。
「僕が言う通りにしなかったらレイを殺すの?」
「ああ、そうだ」
「僕が言う通りにしたらレイは殺さない?」
「ああ、そうさ」
嘘だ。どっちにしろ僕たちは殺すって言ってた。しかし、僕は口を塞がれているため、伝える手段がない。
「じゃあ、言う通りにするから、レイも僕も殺さないで。僕、治癒魔法使えるから、この腕輪外してもらえれば、死なない程度なら、何度だって拷問して良いから」
ヴィンスさんの提案を聞いて、男たちは馬鹿にしたように笑った。
「ははっ、そんな口車に乗るわけねーだろ。今ここで、お前が死なないなら、こいつを殺すだけだ」
「わかったなら、さっさとそのナイフで胸を刺せよ」
男たちにそう言われて、ヴィンスさんはナイフに視線を落とした。そして再び顔を上げ、男たちに視線を向けた。
「ねえ、本当にその二択しかないの?」
「ああ。そうだ」
「僕が死んでレイを助けるか。僕が死なないでレイを見殺しにするかだよね?」
その質問に男たちは答える。
「いや、それは違う。どっちにしろ、お前には死んでもらう。それが俺たちの目的だからな。ただ、ここで素直に胸を貫いて自殺すれば、お嬢ちゃんだけは助けてやるかもしれないってだけだ。抵抗するなら、お嬢ちゃんを殺してお前も殺す。魔法が封じられ、重傷を負ってる今のお前を殺すなんて簡単だからな」
「まあ、要するにお前だけ死ぬか、お嬢ちゃんも死ぬか、選べってことだ」
そんなの、自分だけ死ぬ方を選ぶに決まってるじゃないか。
それに、ヴィンスさんが言う通りにしても、僕を助けるつもりなんか無いくせに。
ヴィンスさんは少し黙って、何か考えるような素振りを見せていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「わかった。じゃあ、レイを先に殺して」
ーその瞬間、その場にいた全員が驚いたように目を見開いた。
この場で気配を殺していたアーサー君でさえ、信じられないと言うように目をぱちくりしていた。
しばらくして、男たちは吹き出した。
「あははははっ、やっぱり無敵のヴィンセントでも死ぬのは怖いってか?人質を売って命乞いとはかっこ悪いねぇ」
「はははっ、見ろよ。お前のお姫様がショックで固まってるぜ」
正直、ショックだった。僕はどこかで、ヴィンスさんに守ってもらえると思っていた。でも、こんなにあっさりと僕を殺していいと言うヴィンスさんを見て、ヴィンスさんの中で、僕の存在は大したことなかったのだということを、突きつけられた気がした。
そんな僕を男たちは笑いながら見ていた。
「お嬢ちゃん、本当に可哀想だなあ。口のテープ剥がしてやるから、お前を見捨てたダーリンに何か言ったらどうだ?」
面白がってそう言う男によって、僕のガムテープは取られた。しかし、僕はショックすぎて何も言葉が出てこなかった。
「ほら、なんか言えよ」
何も言えない僕に変わってヴィンスさんが口を開いた。
「レイ、ごめんね」
少し眉を下げてそう言うヴィンスさんに、僕は何も返すことができない。それに、なんだろう。さっきから胸が苦しい。視界がぼやける。ダメだ。泣いちゃいけないのに…
「ははっ、ヴィンセント、お前最低だな。お前のせいでお姫様泣いちゃったじゃないか」
「そんなに自分が大切か?人の命を売ってまで死にたくないなんてお前は哀れだなあ」
そう言って男たちはゲラゲラと笑った。
「僕は別に死にたくないわけじゃないよ。だって、どの道、僕は死ぬんでしょ」
そう言うヴィンスさんに、男は愉快そうに頷いた。
「確かにそうだな。じゃあ、なんだ?自分だけ死ぬのは嫌だから、お嬢ちゃんを道連れにしようってか?それはそれで最低だな」
笑いながらそう言う男に、ヴィンスさんは静かに首を横に振った。
「違う。僕が嫌なのは僕がレイより先に死ぬこと」
「なんだそれ?言い訳か?」
「違う。僕はレイより後に死にたいの」
真剣な顔でそう言うヴィンスさんを見て、男たちは笑うのをやめて、怪訝そうに眉を顰めた。
「どういう意味だ?死ぬ順番なんてどうでもいいだろ」
「良くない」
「なんでだよ」
「レイは宝石だから」
「は?宝石?」
「そう。僕は宝石を残して死ぬわけにはいかないの」
「はあ?意味わかんねぇ。お前、頭大丈夫か?」
男たちの反応を受け、ヴィンスさんは軽くため息を吐いた。
「なんでわかんないの?いい?今レイは僕のものでしょ?でも僕が死んだら、レイは誰のものでも無くなるの。そうしたら、レイは色んな奴らから狙われることになるでしょ。例えば、お前やお前、あとお前も」
そう言ってヴィンスさんは男たちとアーサー君を指差した。
「は?俺に男色の趣味はねぇぞ」
「俺もだ」
「んん!」
男たちに同意するようにアーサー君も強く頷いていた。
「そんなわけない。だって、レイは宝石で、宝石を嫌いな奴なんていないんだから。だから、そんな奴らからレイを守るために、僕はレイより1秒でも長く生きなきゃいけないの」
「はあ?なんだそりゃ」
男たちは理解できないと言うように、ヴィンスさんに奇異の目を向けた。
「それに、お前たち以外にも世の中にはケダモノがいっぱいいるでしょ。だから僕が死んで、レイが生き残っちゃったら、レイはそんな奴らから狙われることになる。そうしたら最悪、レイは僕以外のものになっちゃうかもしれない。そんなの絶対に嫌。レイは一生僕だけのものにする。他のやつになんて絶対渡さない。僕がレイの最後の男になるって決めてるから」
え?ヴィンスさん、そんな風に思ってたの?
なんだか、嬉しい。僕のことを宝石って言ってくれるなんて…。だって、ヴィンスさんには僕が宝石みたいに綺麗に見えてるってことだよね?好きな人からそんなに綺麗に見られてるって、とても嬉しいことだ。
僕はさっきのショックなんか全部吹き飛んで、ニヤけてしまうのがわかった。
ん?でも何か引っ掛かるような…
そうだ!あれだ!
「あの!ヴィンスさん!僕はたとえヴィンスさんが先に死んでしまっても、ヴィンスさん以上に他の人を好きになることはありません!」
それを聞いて、ヴィンスさんは僕に視線を向けた。
「レイがそう思ってても、実際はわからない。だってレイは世界で一番可愛いんだよ?僕が死んだら、きっと僕のことなんて忘れて、他の男を好きになると思う。この世界には僕よりも魅力的な人なんていっぱいいるし」
え?世界で一番可愛い?…なんか照れるな…ヴィンスさんは僕のことそんな風に思ってくれてたのか…。ヴィンスさんは美的感覚に異常があるみたいだし、僕のことが可愛く見えても仕方ないかもしれないけど、それでも、僕のことを世界で一番可愛いと思ってくれるのはとても嬉しかった。
ん?いや、なんかツッコむポイントが違う気がする。ヴィンスさんの発言には何か違和感があったような…
そうだ!それだ!
「あの!ヴィンスさんは間違ってると思います!」
僕が勇気を出してそう言うと、ヴィンスさんは首を傾げた。
「ヴィンスさんはとても魅力的です。世界で一番かっこいいし優しい人です。だから、たとえヴィンスさんが死んでしまっても、僕は他の人に靡いたりしないです」
「…ありがとう。でも世界は広いから、僕以上にかっこいい人がいないとは言い切れない。僕が死ぬまでは、僕よりかっこいい人は排除できるけど、僕が死んだら排除できなくなっちゃう」
え?排除?なんか不穏な言葉が聞こえた気がしたけど、今はそこではない。
「あの!そもそも、僕はそんなに魅力的な人間じゃないので、人なんて寄ってこないと思います。それを言うなら、ヴィンスさんの方がかっこいいし、優しいし、魅力的なので、僕が死んだら色んな人が寄ってくると思います!」
そうだ。正常な価値観で言ったら、僕よりもヴィンスさんの方が圧倒的に魅力的だ。だから、むしろ、僕の方がヴィンスさんが誰かのものになってしまわないか心配だ。
「僕はレイが死んじゃっても、レイ以外を好きになることはないから大丈夫」
「それは僕だってそうです!ヴィンスさんが死んでしまっても、ヴィンスさん以外を好きになることなんてありえません!」
「…それはわからない」
え?なんで?僕の愛が伝わってないの?
「僕を信じられませんか?」
少し棘のある声を出してしまった。でも、僕のことを疑うヴィンスさんに、少しムカムカしてしまった。
「…レイのことは信じてるけど、万が一があるかもしれないから」
万が一なんて無い。なんでそんなに疑うんだろう。だんだんと、ヴィンスさんに不信感が募っていくのがわかる。
「だったら、僕だってヴィンスさんが僕以外を好きにならないって信じられません」
その言葉を聞いてヴィンスさんは不思議そうに首を傾げた。
「僕は絶対レイ以外を好きにならないよ?」
「僕も絶対にヴィンスさん以外を好きになりません!」
そうして僕たちはしばらく見つめ合い、やがてヴィンスさんは僕にナイフを向けている男に視線を移した。
「やっぱり不安だから、レイを殺して」
え?ここまで言ったのに信じてくれないの?なんか酷くないか?僕はヴィンスさんに初めて大いに腹が立った。
「あの!僕だって不安なので、ヴィンスさんを先に殺してください!」
そうだ。どうせ死ぬなら、僕より先にヴィンスさんを殺して欲しい。だって僕が死んだ後にヴィンスさんが浮気しないとも限らない。だったら、ヴィンスさんを先に殺してくれた方が僕も安心して死ねる。
「だめ。レイを先に殺して」
「いいえ!ヴィンスさんを先に殺してください!」
そうして、僕たちは互いに「向こうを先に殺してくれ」と男たちに懇願した。しかしなぜか当の本人たちは顔を引き攣らせて固まっていた。
「……なに言ってんだ?こいつら」
「…こいつら、頭大丈夫か?」
その時、いきなり、天井から二筋の稲妻が現れ、男たちの頭上に降り注いだ。




