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目を覚ますと、僕は知らない空間にいた。手を後ろで縛られ、足も縛られた状態で床に座らされていた。部屋は薄暗く、段ボールが乱雑に積まれただけの広い物置のような部屋だった。
「おい、ベルモンド」
横から声をかけられて、僕は肩を大きく振るわせた。
隣を見ると、僕と同じように縛られたアーサー君がいて、僕を不機嫌そうに僕を睨みつけていた。
「あ、アーサー君…?」
「いつまで気い失ってんだよ」
「えっ?あの、これは、どういう…」
状況がわからず、混乱している僕にアーサー君は冷ややかな眼差しを告げた。
「お前は何者かに頭殴られて、捕まったんだよ」
あ、思い出した。そうだ…僕は報告書を書きに騎士団に戻ろうと思って歩いていたら、後ろから強い衝撃が来て気を失ったんだ…
「あ、そう…だったんだ。アーサー君も?」
「…ああ、お前が倒れる音がして振り返った時に殴られて気を失った」
「…そう、だったんだ…」
その時、部屋の扉がギィっと音を立てて開いた。視線を向けるとそこには見覚えのない二人の男が立っていた。
男達はどちらも見るからにガラの悪そうな人たちだった。
「お目覚めか。お姫様」
そう言って男たちは、懐からナイフを取り出し、僕の方へと来た。そして男のうち一人は僕の前に膝をつき、僕の首元にナイフの刃先を向け、もう一人は同じようにアーサー君にナイフを向けた。
そして僕の前にいる男は僕にナイフを向けたまま、ニヤリと口を開いた。
「レイ・ベルモンド、お前に頼み事があるんだが聞いてくれるよな?」
えっ、僕に頼み事?どういうことだ?
「…あ、あの…頼み事ってなんでしょうか」
混乱と警戒が混ざりながらもそう言うと、男は続けた。
「…ヴィンセントをここに呼べ」
思わぬ名前が出てきて僕は首を傾げた。
「え?ヴィ、ヴィンスさん?」
「ああ、お前と仲良しなヴィンセントだ」
「…なぜ、でしょうか?」
「用があるからだ」
「用?」
用ってなんだ?…少なくとも僕たちを拘束している時点で普通の用ではないことはわかるけど…
「なーに。ちょっと話してぇだけだよ。普通にしてりゃあ、俺たちみたいなもんがヴィンセントに会うなんて無理だろぉ?だから頼むよ」
「あの、話って…どんな…」
僕がそう言うと、目の前の男は大袈裟に眉を八の字に寄せた。
「…実はな、つい最近、俺たちの大事な仲間がヴィンセントに捕まっちまったんだが、冤罪なんだよ。それを晴らしたくて直接話してぇんだ。可哀想な俺の仲間のために協力してくれねぇか?」
「…あ…でも、そういうことなら、騎士団に行って事情を話せば聞いてくれると思います」
「いや、それはできねぇんだ。俺たちも真っ白ってわけじゃねぇ身分でな、騎士団に普通に頼ることはできないんだ。だからちょっと手荒な真似をさせてもらったってわけさ」
悲しそうにそう言う男に、僕は少し考えた。…確かにそういうことなら、ヴィンスさんに伝えたほうがいいかもしれない…
…しかし、この人たちの言うことを全て鵜呑みにしてしまって良いのだろうか?だって僕たちを殴って攫ってくるような人たちだぞ。本当のことを言っているとも限らない。ここで僕が迂闊にヴィンスさんに知らせてしまえば、逆にヴィンスさんを危険に晒すようなことになるかもしれない。
僕が迷っていると、目の前の男は僕の携帯を差し出した。
「さっ、この携帯でヴィンセントに電話をかけてくれ」
「…あの、その前に一ついいですか」
「なんだ?」
それに、今の話だと、この件に関係があるのは僕とヴィンスさんだけだ。
「あの…その…アーサー君は関係ないと思うので、解放してくれませんか」
「ああ、そいつか」
そう言って男は思い出したようにアーサー君に視線を向けた。
「お前が俺に協力してくれたらもちろん解放してやる」
「あ、あの!先に解放してください。ヴィンスさんに話すだけなら、僕がいれば十分ですよね?」
強めにそう言うと、それまで和かだった男の顔が一転して険しくなった。
「いいか?この場の主導権を握ってるのは俺たちだ。そいつを解放するのはお前がちゃんとヴィンセントに連絡した後だ。もし、お前が俺の指示に従わないなら、そいつの命は保証できねぇな」
そして男は隣の男に目で合図をして、隣の男はアーサー君の首元に当てたナイフに力を込めた。アーサー君の首からは一筋の血が滴り落ちた。
「お嬢ちゃん、俺たちも仲間のために必死なんだ。わかってくれよ」
僕はゴクっと唾を飲んだ。ここは従うしかない。この人たちの目は本気の目だ。
「…わかりました」
「じゃあ、まず携帯のロックを解除しろ。そうしないと連絡できないからな」
「…は、はい」
「おい!言うんじゃねぇ」
横からそう言われて僕は思わず口を閉じた。するとアーサー君の前にいる男はイライラした様子でアーサー君の首元に当てるナイフの力を強くして言う。
「おい、ガキは黙ってろ。お前はおまけだ。いい子にしてれば悪いようにはしねぇよ」
ナイフを持った男に凄まれてもアーサー君は男を小馬鹿にするように鼻で笑った。
「はっ、そんなの信じられるか」
「生意気だな、クソガキ。お前は顔見られたから、ついでに攫ってきただけだ。余計なこと言うなら、今すぐにでも首掻き切って殺してやる」
そう言って男はナイフを握る手に力を込めた。
「あの、パスワードはジャスミンです!花のジャスミン!なのでアーサー君にナイフ向けるのはやめてください!!」
ジャスミンというパスワードはヴィンスさんに言われて最近再設定した言葉だった。僕の国ではあまり見ない花だが、東の方では良く栽培されているらしく、ヴィンスさんお気に入りの花だ。
僕がそう言うと目の前の男はニヤリと笑った。
「…流石お嬢ちゃん。物分かりがいい」
男は僕の携帯のロック画面にパスワードを入力して、無事にロックが解除された。しかしその途端に画面に何やら文字が表示された。
「なんだ、これ?バッテリー残量が無いだと?!」
あ、確かに、昨日充電するのを忘れてたから、バッテリーがすごく減ってた気がする…
「あの、すみません。昨日充電するのを忘れてて…」
「ったく、ふざけんなよ。この画面から戻らねえじゃねえか」
「…えっと、その画面が出たら、少し充電しないと携帯の操作ができなくなるので、充電した方がいいと思います」
男は苛立ったように僕を睨みつけた。
「…もういい。ヴィンセントの番号を言え。俺の端末からかける」
乱暴にそう言う男に、隣の男が咎めるように言う。
「おい、それだと足がつくだろ。やめとけ」
「…確かにそうだけど、めんどくせぇよ」
「奥の部屋にコンセントとケーブルがあっただろ?そこで充電すればいいじゃねぇか。そんなに時間はかからねぇ」
「まあ、そうだな…」
「ああ、もう、こいつからパスワードを聞き出せすことができたんだから、充電でき次第こいつの端末でヴィンセントに電話をかければあいつを誘き出せる。そうすりゃあ、あいつを殺すのも簡単だ」
「ああ、そうだな。こっちにはお姫様もいることだし、簡単だな」
そう言って男たちはニヤリと笑った。
男達の会話を聞いて僕の心臓が嫌な音を立てた。…今、殺すって言った?やっぱり冤罪のことは嘘だったのか…?
「あ、あの!こ、殺すってなんですか?」
思わずそう聞くと、男達は僕に視線を向けた。そして正面の男がニヤリと口を開いた。
「俺たちはヴィンセントに復讐するためにお前を攫ったんだ」
「復讐?」
「ああ、数年前、俺たちのいた組織があいつに潰されちまってよぉ、あいつのせいで俺たちは全員捕まった上に、魔力を枯渇させられちまったんだ。お陰でこっちは何年もムショにぶち込まれて、魔力も奪われて、人生滅茶苦茶になったんだ。だから出所した俺たちは、俺たちの人生を壊したヴィンセントに復讐することにしたのさ」
なんだそれは?ただの逆恨みじゃないか…そんな自分勝手な動機でヴィンスさんを殺そうとしているのか?
「だからお前には餌になってもらう」
「…餌?」
「ああ。ヴィンセントのプライベートはこれまで謎に包まれていたんだが、最近はお前と一緒に頻繁に街に姿を表すようになったって情報が入ってな。お前を大層気に入ってるらしいじゃないか。だから、お前の命を盾にすれば、魔力がない俺たちでも、簡単にヴィンセントを殺せるってわけだ」
「…そんな…」
僕が絶句していると、目の前の男は下品な笑みを浮かべた。
「まっ、安心しろ。ヴィンセントを殺し終えたら、お前達も殺してやるからよっ!」
え?…それは、話が違う。
「あ、あの!僕はともかく、アーサー君は解放してくれるって…」
「はっ、顔見られてんだから解放するわけねーだろ。皆殺しだよ」
そう言って男達は顔を見合わせてゲラゲラと笑った。
僕はしばらく衝撃すぎて、言葉を失った。
その間に男達は立ち上がり、扉へと向かっていった。
「じゃあ、充電してくるから待ってろよ。…一応、忠告しておくが、ここは俺たちの組織が使ってたアジトの一つで、地下にある部屋だ。叫んでも暴れても外に気づかれる心配はねぇからな」
「その拘束じゃ何もできねぇだろうが、変なことは考えんなよ」
そう言って男達は部屋を出て行った。




