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僕は携帯をしまい、イアンさんに視線を向ける。
「あの、今電話した人がここに来るかもしれません」
「…そうですか」
イアンさんは素っ気なく頷いた。そして少し迷うような表情をしたのちに、再び口を開いた。
「…あの、レイさん、もう一つ聞きたいことがあるのですが」
「あ、はい。なんでしょうか」
「その、若い人ってどのような話をするのか知りたくて…私はそういうの疎いので…」
僕もそういうのはよく分からないな…フィル君以外、同世代の友達いないし…
でも、なんとかイアンさんの力になりたいと思い、頭を悩ませる。でも悩んでも悩んでも何も出てこなかった。
「すみません。パッとは思いつかなくて…」
僕がそう言うと、イアンさんは眉を下げて困ったように微笑んだ。
「いえ。私こそ変なことを聞いてすみません」
「いえいえ!あ、そうだ」
確か、ずっと前に「友達の作り方」っていう本を読んだ時に「人と仲良くなるにはその人の良いところを見つけて褒めるといい」って書いてあった気がする。
「あの、話題じゃないんですけど、人と距離を縮めるためには、その人の好きなところを探して褒めるといいと思います」
「なるほど」
イアンさんは真剣な表情で頷いた。
「イアンさんが弟さんの好きなところとかすごいなって思うところはありますか?」
「それは沢山あります」
「例えばどんなところですか?」
僕がそう聞くと、イアンさんは目を細め、優しい目つきになった。
「そうですね…まず、弟はとても可愛いです。存在が私の癒しなんです。特に小さい頃なんかは兄さん兄さんと言って私にべったりで、まさに天使でした。今はベッタリとくっついてくることはなくなりましたが、それでも可愛いことには変わりありません」
弟さんのことを話すイアンさんは微かに口角を上げ、少し早口になっていた。うん。なんだか、とても楽しそうだ…
「あとは、努力家なところです。弟は小さい頃から人一倍努力家で勤勉でした。そういうところも尊敬しています」
なるほど。可愛くて努力家なら、イアンさんがこんなに大事に思うはずだ。
「あとは、リーダーシップもあり、私とは違って沢山の友人がいます。そういう面もすごいなと思います」
可愛くて努力家でリーダーシップもある人なのか…完璧だな。
「あと、弟は少し言葉遣いが荒い面があるんですが、そういう、少しやんちゃなところも可愛いと思います」
可愛いのにやんちゃ…確かに人にはギャップが大事って言うしな。やっぱり弟さんは完璧じゃないか。
「あとは、優しいところが好きです。最近だと、私が体調を崩した際に、カットフルーツとミネラルウォーターを部屋に置いておいてくれたんです。そういう素っ気ない優しさがあるのも魅力です」
やんちゃなのに根は優しい。確かに魅力的だ。イアンさんがこんなに弟さんのことが好きなことも納得の人間性だ。
「そうなんですね。じゃあ、今言ったことを弟さんに面と向かって伝えればいいと思います」
僕がそう言うと、イアンさんの顔が少し曇った。
「…しかし、私は弟の前となると、上手く喋れなくて…」
「…確かに、大切な人と二人きりだと緊張しますよね」
その気持ちは僕もわかる。僕だって最初の方はヴィンスさんと話すのすごく緊張したし…
「はい。でも頑張ってみます」
「はい!頑張ってください」
固い表情だったイアンさんが少し笑ってくれた。なんか嬉しいな…そしてイアンさんは卓にあったお酒をグイッと飲んだ。
僕も途中だったパスタを食べ進めた。
するとその時、後ろから僕の肩が軽く叩かれた。僕が食べる手を止めて振り返ると、そこにはヴィンスさんがいた。
え?早くないかな?まだ五分と経ってないけど…でも、今日もやっぱりかっこいいな…
「…レイ、何もされてない?」
「え?パスタ食べてました」
ん?なんか会話がおかしい気がするけど、なんなんだろう?
キョトンのする僕とは対照的にヴィンスさんは隣に座っていたイアンさんを冷たく睨みつけた。イアンさんもイアンさんで、なぜかとても驚いた顔でヴィンスさんを凝視していた。え?どうしたんだろう?
「レイと仲良くなったていうのはお前なの?イアン」
「…ヴィンセント、なぜお前がここに?」
え?二人とも知り合いなのかな?
「あの、二人とも知り合いなんですか?」
そう言うと二人とも僕に視線を向けた。
「うん。それよりレイ、イアンから何もされてない?」
それ、さっきも聞かれたけど、どういう意味だろう。別に何もされてないよな?
「あ…何もされてないです」
「そう。こいつと仲良さそうだったけど、僕よりも仲良くなったの?」
えっ?ヴィンスさんより?そんなに仲良くなってないよな。
「あ、そんなには仲良くなってないです」
「そう。じゃあこいつに惚れたりした?」
え?そもそも今日喋ったばかりだし、惚れてはないと思う。
「惚れてないです」
「じゃあ僕より好きになってない?」
そんなことは絶対にない。僕が一番好きなのはヴィンスさんだ。
「はい。僕が一番好きなのはヴィンスさんですから」
僕がそう言うと、ヴィンスさんは安堵したように息を吐いた。
「良かった」
そして再びイアンさんの方を向いた。
「イアン、レイにちょっかいかけたら殺すよ」
「…なぜお前にそんなことを言われなきゃならないんだ」
「レイは僕のだから」
そうして二人は睨み合ってしまった。
え?なんで?
…よく分からないけど止めないと
「あの!二人とも、仲良くしましょう」
そう言うと再び二人は僕に視線を向けた。
「…えっと、その、二人とも友達なんですよね?それなら、仲良くした方がいいと思います」
僕が必死にそう言うと、二人は首を傾げた。
「レイ、こいつとは友達じゃないよ。ただ騎士学校で同期だっただけ」
「え?同期だったんですか?!」
「うん」
あ、そうだったんだ。片や騎士団最強のヴィンスさんと護衛騎士のイアンさんが同期なんて、すごい世代だな…
「レイ、帰ろう」
えっ、あ…でも、まだパスタが半分以上残っている。
「あ…まだパスタを食べ終わってなくて…」
残すのは良くないと思い、勇気を出してそう言った。
「じゃあ、待ってる」
え?僕のせいでヴィンスさんを待たせる?それはすごく悪いな…僕なんかのために時間を取ってもらうなんて申し訳ない…
あ、じゃあ、二人で話してきてもらうのはどうかな?二人とも騎士学校の同級生らしいし、久しぶりに会って話したいこともあるんじゃないか?
「あの!二人とも、今から二人でゆっくり話してきてはどうですか?」
「なんで?」
ヴィンスさんは怪訝そうに眉を顰めた。
「あ、僕、食べるのにもう少しかかりそうで…待たせるのはすごく申し訳ないです…なので良かったら、同期同士で話してきたらどうかなって…」
「……」
「……」
あ、なんか二人とも嫌そうな顔して黙り込んじゃった…え?なんでだろう?あ、他人の僕に偉そうに口出しされるのが迷惑だったとか?そうかもしれない…それなら謝らないと…
「あ、あの、すみません。余計なこと言って…」
僕はしゅんとなって下を向いた。すると僕の頭にポンと軽く手が置かれた。顔を上げるとヴィンスさんが優しく微笑んでいた。
「レイ、大丈夫だよ。僕イアンと話したかったから、レイがそう言ってくれて嬉しかった」
「え?本当ですか?」
「うん」
あ、やっぱり話したかったんだ…良かった。変なことは言ってないみたいだ…
僕がホッと息をついていると、ヴィンスさんはイアンさんに「こっち来て」と言ってイアンさんを二人席に連れて行った。ヴィンスさんに連れられたイアンさんは、なぜかとても嫌そうな顔をしてたように見えたけど気のせいかな?まあ、気のせいだろう。そう考えて僕は目の前のパスタを食べ進めた。
しばらく食べ進めたところで、ふとヴィンスさんとイアンさんの卓を見ると、その卓はなぜか険悪な空気で包まれていた。二人とも一言も喋らず目も合わせていない。え?どうしたんだろう。疲れてるのかな?
あ、でも、僕の視線に気づいてヴィンスさんが笑ってくれた。やっぱり美しいな…
そして、何やらイアンさんに話しかけているのが見えた。良かった。ちゃんと話してるみたいだ…
♢♢♢
「イアン、仲良いふりして」
「…なぜ?」
「レイが心配そうにこっち見てるから」
レイさんを見つめたままそう言う男を俺は注意深く観察した。
「…さっきから思ってたんだが、お前とレイさんとはどんな関係なんだ?お前が気を使う相手なんて只者じゃないんだろう」
目の前の男はレイさんから視線を外し、俺をじっと見た。
「…レイは僕のもの。僕だけのもの」
僕だけのもの…?どういうことだ?
「…とても仲の良い友人ということか?」
「違う。もっと特別」
特別?…なんだかよくわからないが、親しい仲なことは間違いないだろう。だって、こいつ、いつもは絶対零度みたいに、冷たい目をしてるのに、レイさんにだけは、まるで愛おしいものを見るかのように優しい目を向けていた。
「…お前、人に優しくできるんだな。なんか意外だ」
「…レイだけだよ。優しくするのも、気を使うのも、我慢するのも、レイだけにしかやらない」
淡々とそう言うヴィンセントの目には、言葉とは裏腹に強い光が宿っていた。
「…そうか」
「うん。嫌われたくないから」
その言葉に俺は少し驚いた。
「お前にも嫌われたくないなんて気持ちがあったんだな」
「うん」
「…その気持ちは俺もわかる。俺も嫌われたくない人がいるからな」
俺も弟にこれ以上嫌われないように必死だ。だから、ヴィンセントの気持ちは少しわかる気がした。
…こいつに共感したことなんて初めてだ。こいつも意外と人間らしいところあるんだな…
しかし、その時、目の前のヴィンセントの眉がピクリと上がるのが見えた。そして俺を見る目に明らかな殺気が宿った。
「誰?」
そう聞く声は低くなり、俺の返答次第で、こいつは俺を殺そうとするだろうということがわかった。
…前言撤回だ。やっぱりこいつは人間じゃない。こんな簡単に人に殺意を向けるなんて、人の命をゴミ程度にしか考えていない証拠だ。
俺はこれ以上、こいつに殺気を向けられることが面倒で、率直に答える。
「安心しろ、レイさんじゃない。弟だ」
ヴィンセントはしばらく探るように俺を見つめていたが、やがて殺気を消した。
「…お前、弟いたんだ」
対して興味もなさそうにヴィンセントは呟いた。
「まあな」
俺も適当な相槌を打った。そしてチラリとレイさんの卓を見ると、パスタの量は随分減っていた。良かった。あと少しでこいつから解放されそうだ。
少し安堵して、視線を戻すと、ヴィンセントが目を細めて俺を見ているのがわかった。
「レイに手出ししたら殺すから」
そう言うヴィンセントの目には恐ろしいほどの暗い光が宿っていた。俺はその目を見て、その言葉が脅しではなく、本気だということを理解した。俺がレイさんに何かしようものなら、こいつは普通に俺を殺そうとするだろう。こいつの中での俺の価値はゴミと同じだからな。邪魔なら殺す。その程度の考えなのだろう。
「…安心しろ。手を出すつもりはない」
ヴィンセントは再び俺をじっと見つめて、しばらく疑うような視線を向けていたが、やがて「そう」と素っ気なく頷いた。
そうして、レイさんがパスタを平らげると、ヴィンセントはさっさとレイさんの席に行き、二人で店を出て行った。




